5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

(*`Д´)家族との思い出の味(´Д`*)

1 :もぐもぐ名無しさん:02/12/21 17:25
その手のスレが軒並み消えてしまったみたいなので立ててみました。
かぁちゃんのいつもの弁当だったり、おとんがはりきって作った失敗作だったり
ばあちゃんの素朴なおやつだったり、じーちゃんのご馳走だったり…
美味しかったもの・不味かったもの全部ひっくるめて、あなたの
記憶の底に残る味を教えてください。

関連スレは>>2あたりに。

2 :関連スレ:02/12/21 17:26
母ちゃんの作ってたもの、あれは何だったの?
http://natto.2ch.net/food/kako/985/985441286.html
お母ん!弁当のおかずなんとかならんか?
http://food.2ch.net/food/kako/974/974053076.html
お母ん!弁当のおかずなんとかならんか? Vol.2
http://food.2ch.net/food/kako/1022/10227/1022727194.html
ママ(´д`)お母さんのおやつ(´д`)ママ
http://natto.2ch.net/food/kako/992/992767338.html
ママ(´Д`) お母さんのおやつ 2つめ(´Д`) ママー
http://food.2ch.net/food/kako/1027/10276/1027686059.html
父の作った忘れられないもの
http://natto.2ch.net/food/kako/1003/10032/1003257996.html
父の作った忘れられないもの 第2章
http://natto.2ch.net/food/kako/1020/10207/1020705865.html
思い出に残る食事
http://piza.2ch.net/log/food/kako/951/951552846.html
ちょっとせつなくなった食事の風景
http://food.2ch.net/food/kako/1013/10134/1013483641.html

3 ::02/12/21 17:31
まぁ立てるだけじゃなんなので、一応自分の話を…
時期ネタですが、家の母はクリスマスになるとケーキを家で焼いて、
わしら子供でデコレーションをするのが恒例ですた。
誕生日もそうだったので市販のケーキってお客さんがお土産で
持ってきてくれた時位しか殆ど食べられなかった記憶が…
(当時は買ったケーキに憧れていた…)

母が20年以上使ってるオーブンは、少々温まりにくくなったり焼きムラは
ありますが今も実家で現役で頑張っています。
オーブンレンジもあるけど、使い慣れたほうがいいんだって。

4 :もぐもぐ名無しさん:02/12/21 18:31
>2
料理板の名スレリンク集ですな(´Д⊂ヽ

5 :もぐもぐ名無しさん:02/12/22 00:16
あげてみる。

年末はママンの作った煮物食いに家に帰ります…

6 :もぐもぐ名無しさん:02/12/22 18:34
 

7 :もぐもぐ名無しさん:02/12/24 11:44
おおぉ・・・嬉しいです、このスレ。
今後のご発展を祈りつつage。

8 :もぐもぐ名無しさん:02/12/24 14:49
クリスマスイブですねえ…
ママンの焼いてくれた鳥モモが食卓にあがらなくなったのは
何時からだったかな…
兄弟みんな仕事とか旅行とか行っちゃうようになっちゃったからね。

でもケンタのチキンは買ってくるママンなのであった(w

9 :もぐもぐ名無しさん:02/12/24 20:50
時期ネタですが、家の母はクリスマスになるとケーキを家で焼いて

10 :もぐもぐ名無しさん:02/12/24 21:58
オナレェェ!
キョロキョロo(゚д゚o≡o゚д゚)oキョロキョロ
http://hkwr.com/

11 :もぐもぐ名無しさん:02/12/25 06:35
少々温まりにくくなったり

12 :もぐもぐ名無しさん:02/12/27 10:23
正月は、親父の実家に親戚が全て集まって
お膳で正月料理を食べていた。
今はみんなばらばら・・・(;_;)ウルウル

13 :もぐもぐ名無しさん:02/12/27 10:50
うちの正月の味っつーと鮭とハムなんだが(苦笑)

ハムはお歳暮で送られてきたやつが出てくるし、鮭は親戚から年末に
生のが3〜4匹送られてくるので、おかんが狭い台所でさばいてた。
1〜2匹にはイクラが入ってくるので、それはしょうゆ漬けになってて
ご馳走だった。
今は送ってくれた叔父さんも亡くなっちゃったから、正月の鮭はないけどね〜

14 :もぐもぐ名無しさん:02/12/29 22:34
あげ。

15 :もぐもぐ名無しさん:02/12/29 23:13
だったり
ばあちゃんの素朴なおやつだったり、じーちゃんのご馳走だったり

16 :もぐもぐ名無しさん:02/12/30 09:43
なんか執拗にここでコピペで遊んでる人いるね。

17 :もぐもぐ名無しさん:03/01/08 12:48
弁当のおかずなんとかならんか

18 :もぐもぐ名無しさん:03/01/08 14:59
>>16
コピペ上げしてる人は、dat落ちしないよう必死なんだろうけど
最近のdat落ち傾向から分析すると
出るくぎは打たれるの法則で
かえってdat落ちしやすくなると出てます。

19 :もぐもぐ名無しさん:03/01/08 15:49
味かったもの全部ひっくるめて、あなたの
記憶の底に残る味を教えてください。


20 :もぐもぐ名無しさん:03/01/10 09:30
母上が作ってくれた天丼。
但し、弁当・・・・。
見た目悪くて恥ずかしかったけど
おいしかったよ。
でも、弁当に天丼は無いだろう
母上。

21 :もぐもぐ名無しさん:03/01/10 11:30
↑あんた贅沢だね。修行してこい!カーツ!!!!!
点丼うらやますい。

22 :もぐもぐ名無しさん:03/01/15 12:30
age

23 :もぐもぐ名無しさん:03/01/15 12:33
>>22
必死だな
dat落ちが怖いか?

24 :もぐもぐ名無しさん:03/01/16 22:52
必死ってほどでもないです。
ただ、天丼のうらやましい後フォローを待っていたのですが、
余りに沈みまくっていたもので

25 :もぐもぐ名無しさん:03/01/16 23:21
うちの母親が作る卵焼きは塩味だったんだ。
それが普通だと思って育った。
結婚して同じ味付けの卵焼き作ったら
旦那が「この卵焼き、塩と砂糖を間違えてない?」って・・・
23年目にして初めて、他の家の卵焼きは甘いものなんだって知ったよ(^^;

今では、どっちの味付けでも作るけど
私的には、塩味が好きかも・・・慣れだろうね。
子供も旦那も甘い味を好むから殆ど甘い味が主流。


でももしかして・・・甘い味が普通じゃないよー!って人いる?


26 :もぐもぐ名無しさん:03/01/16 23:29
>25
うちの実家、玉子焼きは甘くないですよ。
なので未だにおすし屋さんやお弁当の甘い出し巻き卵が
苦手だったりする。
幸いうちの旦那は「食えりゃどっちでもいい」人なので文句は
今のところ出てませんが(w

小さい頃に家で出てたハンバーグはやたらとカラフルですた。
母が野菜食べさせようと、ニンジンもピーマンも微塵にして
混ぜ込んで焼いてたかららしい。
お正月に実家帰って「これ持ってきな」って作り起きの冷凍ハンバーグ
持たされたのを先日食べたら肉と玉ねぎでできてやんの。
ちょっとがっかり(w

27 :山崎渉:03/01/20 09:23
(^^)

28 :もぐもぐ名無しさん:03/01/21 10:27
↑変化無し?

29 :もぐもぐ名無しさん:03/01/21 15:05
当のおかずなんとかならんか

30 :もぐもぐ名無しさん:03/01/21 18:52
オーブンレンジもあるけど、使い慣れたほうがいいんだって

31 :もぐもぐ名無しさん:03/01/21 19:06
このスレに執拗に拘って荒らしてるのか、たまたまレスが少ないんで
スクリプト荒らしが目に付きやすいのか…

32 :もぐもぐ名無しさん:03/01/21 20:41
age

33 :もぐもぐ名無しさん:03/02/04 00:10
あの頃、うちは駅からバスで20分の団地に住んでた。
今となっちゃ、お粗末な住宅だけど、当時は「都心の新興住宅地」なんて
呼ばれちゃって、若い夫婦には結構人気だったらしい。
週末になると、家族揃って駅までバスに乗って買い物に行ってた。
そして買い物の最期に、夕飯を食べて帰るんだけど、いつも決まった
某百貨店の最上階のレストラン。最上階っていっても5階くらいだったな。
それでもウキウキして、兄妹揃ってメニューから一生懸命選んだもんだよ。
迷ったあげくスバゲッティーミートソースを頼んでた。いつもいつも。
パスタなんて洒落た言葉も無かった時代。チーズをかけるだけでもドキドキ。
そんな幾つもの家族の、色々な思い出が詰まってただろう百貨店も、
10年前にあっけなく潰れてしまった。そして漏れもあの街から巣立った。

いまでも、スバゲッティーミートソース好きだよ。

34 :もぐもぐ名無しさん:03/02/04 00:38
おふくろの味、というと、なんとなく
茄子を揚げて甘辛く煮込んだものが思い浮かぶ。
マイ母のレパートリーの中で一番おいしかった。

35 :もぐもぐ名無しさん:03/02/04 00:45
揚げナスの甘辛煮、おいしいよね。
ひき肉が入るとなおよし。


36 :もぐもぐ名無しさん:03/02/06 10:13
test

37 :もぐもぐ名無しさん:03/02/14 22:49
家庭菜園が流行りだした約20年ちょっと前のこと。
ウチの母親も引っ越して庭がだだっ広くなったのを機会に早速始めますた。
どーせ失敗するだろう、と思って大量に種をまいたら何故か大豊作!
近所のスーパーの売り場に置いてあるより沢山のカリフラワーが採れたので
毎日毎食、大量のカリフラワーが食卓に並ぶ・・・
塩茹、バター炒め、中華炒め、サラダ、カレー、八宝菜・・・
あまりレパートリーが無かった為、上記の物がローテーションで。
元々好きじゃなかったので「もう嫌だ、他のメニューにしてくれ」と頼んだら
カリフラワーのヌカヅケと味噌汁が出ました。

今でも時々、母とその話が出て笑ってます。
そうして実家で遊んで、自宅へ帰る際のオミヤゲは
母が家庭菜園で作った 自家製野菜 です。

38 :もぐもぐ名無しさん:03/02/14 23:35
ちとすれ違いだが。
あげる相手もいないの、バレンタインに台所占領してチョコ系のお菓子を
作っていた自分を生暖かく見守ってくれたのを感謝しているw

作ったものは妹弟のおやつになった訳だが。

39 :もぐもぐ名無しさん:03/02/25 10:27
思い出は脳内にしまっておけ。

40 :sage:03/02/25 11:31
sage

41 :もぐもぐ名無しさん:03/02/25 11:34
親父の転勤で新しい家に引っ越してからの1週間。
荷物の整理が出来ていないのと、引っ越しついでに
新調した冷蔵庫がまだ届いてなかったのもあって、
1週間ずっと、ごはんのおかずは鯖缶と大根下ろしだった。
いつも夜遅い親父も、この1週間だけは早く帰ってきて、
家族全員で車座で炊飯器を囲んで鯖缶を食べてたよ。

今でも鯖缶を食べると、当時のことを思い出す。

42 :世直し一揆:03/03/02 20:44
<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ・もっともらしさ(偽善)に騙され
るな!!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」、了見が狭い)
●他人に異常に干渉し、しかも好戦的でファイト満々(キモイ、自己中心、硬直的でデリカシーがない)
●妙に気位が高く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする
(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際にはた
いてい、内面的・実質的に負けている)
●本音は、ものすごく幼稚で倫理意識が異常に低い(人にばれさえしなければOK!)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本
の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者にはへつらい、弱い者に対してはいじめる)
●あら探しだけは名人級でウザイ(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため性格がうっとうしい(根暗)
●単独では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者、狭量)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、人の目を異常に気にする(「〜みたい」とよく言う、
世間体命)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度
も言ってキモイ)
●表面上協調・意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をしストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬
する(不合理な馬鹿)  
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。包容力がなく冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い(例:「俺のほうが男
前やのに、なんでや!(あの野郎の足を引っ張ってやる!!)」)

43 :もぐもぐ名無しさん:03/03/05 13:44
思い出は脳内にしまっておけ

44 :もぐもぐ名無しさん:03/03/30 09:17
弁当のおかずなんとかならんか

45 :もぐもぐ名無しさん:03/03/30 09:35
「一杯のかけそば」っていう話しがあるんだけどみんな知ってる?

46 :もぐもぐ名無しさん:03/03/30 16:02
思い出は脳内にしまっておけ

47 :もぐもぐ名無しさん:03/03/30 16:12
辛い事だけど、いつかは母上は死んでしまうけど、
母の味は自分が受け継げばさみしくない。
当方女ね、ちなみに。

48 :もぐもぐ名無しさん:03/03/30 16:19
>>47
ぜひそうしてあげてください。
あなたが母上の生きた証なのだから。

49 :もぐもぐ名無しさん:03/04/11 01:26
保守

50 :もぐもぐ名無しさん:03/04/11 05:39
ばあちゃんが死んで一年半が過ぎた頃、
食卓の真ん中にいつも置いてある梅干を見てポツリと
「それ、ばあちゃんが漬けたやつやで。」
と母が言った。
そろそろ三回忌近いがデカイ漬物皿にぽつんといっこだけ残ってた。


51 :もぐもぐ名無しさん:03/04/11 05:47
http://yahooo.s2.x-beat.com/html/yahooobbs.html

52 :もぐもぐ名無しさん:03/04/11 05:49
>>50
梅干は良く味わって食べて残った種はお守りにして下さい・・・

53 :山崎渉:03/04/17 14:01
(^^)

54 :もぐもぐ名無しさん:03/04/19 00:14
小5の時、弟が骨折で入院して母が付き添いで病院に泊まってました。
その間父がご飯を作ってました。 15の時から大工してて、飯場で
仕事とかしてたんで料理は一応できました。
ある日、じゃが芋の入った焼き飯を作ってくれて、味はよかったん
だけど、プラスチックのしゃもじで炒めたもんだから口の中でゲジゲジと・・
お父ちゃん、おいしかったけどプラスチックって熱に弱いんだよ・・

55 :もぐもぐ名無しさん:03/04/19 01:16
食べてる最中って、自分の食欲を満たすことしか考えてない。


56 :山崎渉:03/04/20 02:08
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

57 :もぐもぐ名無しさん:03/04/22 18:03
良スレだと思うんだが。

58 :もぐもぐ名無しさん:03/04/22 18:24
ネタがないのですよ…

59 :もぐもぐ名無しさん:03/05/02 20:28
金があった頃は毎晩2000円くらい食材買ってたなぁ。

60 :もぐもぐ名無しさん:03/05/08 00:16
うちの母親は、いわゆるキッチンドリンカーってやつで、
全然家事も料理もしない人だったんだけど、
唯一記憶に残ってるグラタン。すげー美味しかったなぁ。
中学の時に死んじゃってから10年経った今でもまだ思い出す。

父親も不憫に思ってんのか思い出に浸ってたのかわかんないけど、
母親死んでしばらくの間、ずーーーっとグラタンばっかり作ってた。
今や父親の腕が上がりまくって、グラタンもスゲー美味しくなっちゃって、
それでもたまーに母親の作ったグラタンの味思い出す時があったり。

あの時ってなんだろなぁ。冷蔵庫に入ってるグラタンが嬉しくって、
おなか一杯なのにあっためて食べたりして。

この先、あたしが母親になることがあったら、
できるだけ家族一緒にあったかいごはん食べたいなって思います。

61 :もぐもぐ名無しさん:03/05/08 13:12
俺には食事を楽しむ習慣がない。

俺がものごころついた時から食事の時間は苦痛だった。
母親と祖母の仲が悪くて、食事時間によく喧嘩してた。よくある話だ。
俺は罵り合う声を聞くのが嫌で、いつも5分ぐらいでメシをかっこんでた。
食事なんて行為は単なるエネルギー補給になってた。ウマイもマズイもなかった。

俺も大人になり、人並みに結婚して、娘が生まれた。
相変わらず食事は単なるエネルギー補給だった。
幼い頃の癖が治らなかった。

娘が8歳の時、離婚することになった。娘は俺が引き取った。
離婚して8ヶ月ほどたった頃、娘が「ママに会いたい。」と言うので、
クルマで8時間かけて会いに行った。

晩飯は3人で焼肉を食いに行った。
8ヶ月ぶりに母親に会った娘は、とてもうれしそうだった。
その時の焼肉はとてもウマかった。
俺はゆっくりと食べた。
この食事時間が永遠に続けばいいと思った。

62 :もぐもぐ名無しさん:03/05/16 16:16
俺にとっての家族との思い出の味は”毛がに”
北海道なんで食卓に上る事は珍しくなかった。
その毛がにがある意味俺にとっては嫌な思い出。
俺の親父マジ自己中なの、俺のために世間はある
なんて思っているタイプ、そのくせ女々しいところも
いぱいあった。
毛がにのときは、こんな旨いものはガキ食わすのは
もったいないって感じで、まずは親父が手をつける。
あしの関節の太いほうや足の付け根のところの
食べやすいところは全て親父の胃袋へ、ミソなんて
当然残らない。
そして一通り食った後はじめて三つ上の兄と俺に
食って良しのゴーサイン!横で母が残った食べ
づらい小さいほうの関節に食べやすいようナイフを
いれてくれたのを、ある意味チマチマ、ある意味黙々
と食った。
それでも消防まではとにかく腹を空かせていたから
気にしていなかったものの、厨房になり友人や他人
のうちの食卓のことなど知恵がついてきてからは
親父の「毛がにの仕打ち」が許せなくなっていた。
(他にも許せない理由も一杯あり拍車がかかった)

兄も親父の事での一番の思い出がこの「毛がにの
仕打ち」といっている。
俺、今は40才だがカニは大好きであるが自ら進んで
食べたいとこのおかげで思えない。

そんな親父も、昨年死亡、酒乱で家族や他人にも
迷惑をかけ酒におぼれて死んでいった。
どうか、あの世では自己中でいませんように。

63 :もぐもぐ名無しさん:03/05/24 21:21
山崎すら来ないこのスレに幸あれ

64 :もぐもぐ名無しさん:03/05/24 21:23
ここ値下げしたみたいよ

 http://www.dvd-yuis.com/index2.html

65 :山崎渉:03/05/28 11:08
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

66 :もぐもぐ名無しさん:03/05/31 18:36
いいスレのはずなのにねぇ

67 :もぐもぐ名無しさん:03/06/01 23:34
体調が悪くなると、小さい頃食べたものが食べたくなるです。

コーンポタージュとか、カリフラワーのホワイトソースグラタンとか。
じいちゃんが作ってくれてた。

68 :もぐもぐ名無しさん:03/06/02 00:23
じいちゃんハイカラだなあ…

69 :もぐもぐ名無しさん:03/06/02 12:16
小さい時、風邪引いたら絶対リンゴのすりおろしたやつを飲ませてもらってた
何でリンゴだったのかわからないけど
一人暮らしの今でも風邪気味のときは
条件反射的に「リンゴジュース買わなきゃ」と思う

70 :もぐもぐ名無しさん:03/06/02 12:39
俺はやっぱ、俺が15の時に死んだ母親の造るカレーだな。
それとナン。
家で食べるカレーと、外で食べるカレーライスは全然違うものだった。
お袋のはドロドロしてなくてサラッとしてた。
その代わりスパイスの香りは全然別物で格別だった。
最近やっと、本当のインド料理屋でお袋の作ってたカレーに近い物が
食べられるようになった。
褐色の肌の美人のお袋は、あのカレーと共に俺の自慢でもあった。

71 :もぐもぐ名無しさん:03/06/02 17:14
煮込みうどん。
学生の頃、風邪ひいて熱出して休んだ時、母親が作ってくれた。
卵が入ってるだけの素朴なものだったけど、うまかった。

72 :もぐもぐ名無しさん:03/06/05 07:48
父はどんな料理でも3分で全て食らう。
「だから時間かけて作ってもしょうがないのよー」と、
母は5分で作る。
でもウマかったりするw

煮物はほっときゃ煮えるしー、と
鍋に火をかけたまま昼寝して、
鍋ごと焼死させること、しばしば。
でも構わず母は焼死体を食卓に出す。
父は3分でそれを食らうw

そんな家族の好物は、母特製「煮みそ」であった。
さすがにこれは、5分では作れなかったなw
長文スマソ。


73 :元書店員:03/06/05 13:44
>>72
(・∀・)ノ<良質なポエムのようでつ。
情景が目に浮かびまつ(^∀^)

74 :もぐもぐ名無しさん:03/06/08 23:34
父の作るホットケーキ。
未だに謎だが、ベーキングパウダーは明治屋!と言い切る父。
明治屋の茶色の缶が食卓に現れると、家族中で覚悟した。
うず高く積み重ねられるホットケーキ。
得意満面の父の見守る中、
ただひたすら食べ続けるのであった。
(味はヨイ。父の名誉のためw)


75 :もぐもぐ名無しさん:03/06/11 14:15
(*`Д´) この顔好き

76 :もぐもぐ名無しさん:03/06/11 19:07
>>74
いいなあ。家の父はカップ麺しか作れんかった(w

母は果汁100%ジュースしか基本的に買わない人だったので、
たまに父と一緒に出かけた時に買ってくれたファンタがうれしかった。

77 :もぐもぐ名無しさん:03/06/12 13:51
祖母が作る手打ちうどん。うちの方ではちょっとした事があると
うどんを打つ習慣があった。例えば親戚が泊まりに来るとか赤飯
とまではいかない程度の本当のちょっとした事(因みに関東)

で、手打ちと言えども所謂捏ねた後は、足で踏んづけて今で言う
パスタマシンみたいなヤツで伸ばして、その更にその機械で切る。
でかい鍋で大量に茹でて作るんだが、汁は煮干か鰹節で辛めの
しょっぱいヤツ。糧(副食みたいなもの)は茹でたナスとか
ほうれん草。

で、うちのは全くと言って良いほど「コシ」が無い。
多分、入れ歯の祖父、祖母が食うからだと思うんだが、今の讃岐
ブームマンセーの冷凍麺までコシがあるのばかりだと、昔祖母が
作ったコシの全く無い、ボソボソ切れてしまうようなうどんも
再び食べて見たい・・・無理だけど。

78 :もぐもぐ名無しさん:03/06/23 21:01
>>77
関東って、うどん文化の地域が結構広いよね。
小平あたりはうどんが打てないと嫁に行けなかったらしいし。

そうめんにゆでた茄子、ってうちの母親もやります。

79 :暗黒の女王:03/06/25 23:11
お父さんが、勝手に私の刻みキャベツに
「ノンオイルしそドレッシング」とマヨネーズをかけやがった。
おかげで混ざって変な味。しかも私はキャベツは何もかけないのが
好きだったのに。

80 :もぐもぐ名無しさん:03/06/26 14:10

142 :大人の名無しさん :02/03/09 15:53 ID:qCmk5gge
4歳の頃、祖父が死んだ。葬式に出て出官の時に「これからどこにいくの?」と
訊ねた私に「おじいちゃんを焼きに行くんだよ」と父。何の事だかさっぱりわからず
寝てしまい。気が付くと家に。しばらくして「ご飯よ〜」と母。で、その時のメニュ
が豚の生姜焼き。急に感極まった父が泣きながら食っているので、その肉を間違いなく
おじいちゃんだと思って食べはじめた私。祖父が大好きだったので、私も泣きながら
「おじいちゃんおいしいね」と言うと父はさらに激しく泣き始めて、母が「おじいちゃん
みえるの?」と私に聞くので、目の前にある肉が祖父だと確信している私は「おじい
ちゃん目の前にあるよ」と答えると両親は二人で泣き出し、私も泣き出し、どうしようも
ないお馬鹿家族状態に。(豚の生姜焼きは祖父の大好物だったのをしるのは10何年後)
それから肉が我が家の食卓に上がると私は決まって「だれ?これだ〜れ?」と聞いた
そうだ。そのたび母は「だれじゃないでしょう・・・な〜にと聞きなさい」と小言。
本当に恥ずかしい話だが、小学4年位まで肉は全て人肉だと思っていた。なぜか
給食の肉?(南蛮鯨)はベトナム戦争の犠牲者だと思っていた。だから手を合わせて
いただきますと言うのだと思っていた。
- - - - - - - - - -


81 :_:03/06/26 14:16
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

82 :もぐもぐ名無しさん:03/06/26 15:08
>>80
懐かしいコピペだ。

83 :もぐもぐ名無しさん:03/06/26 16:52
3年前に離婚して一人暮らしの父
3年前に一人暮らしを始めた俺

妙に話が合う。

実家帰ったら料理勝負(`・ω・´)


家族との思い出の味って言えば、なんだろう。
母が日曜の朝に作ってくれるフレンチトーストだったな。
日曜はいつもこれ食ってから遊びにでかけてた。

84 :もぐもぐ名無しさん:03/06/27 08:01
うちの親父は威厳もくそもない。家族からは「じい」と呼ばれ、異様な食い意地のため冷蔵庫も別。
ワープロ、パソコンと一念発起して買ったはいいが結局接続すらままならず放置。趣味の盆栽棚にオカンに車ごと突っ込まれる始末。
それもこれも親父の頼りなさと微妙なわがままが原因。

そんんな親父の唯一いいとこは子供と遊びいくのが好きなこと。

小さいころは休日はいつもあたしと弟をどっかに連れていってくれた。雪国生まれの親父が好きなのはスケート。夏が終わると毎週これだ。それがなかなかうまい。
わまりの人たちを追い越してスイスイ得意げに滑る父。たまに調子こきすぎて転倒することもあったが、滑ってる親父はとっても楽しそうで輝いてた。故郷を思い出してだろう、あたしらが帰ろうと言ってもひとりでねばっていた。

そしてその後かならず寄ってくれるのが「ケンタッキー」。母には内緒で。あたし達はチキンが大好きだった。始めて覚えたジャンクフードだった。
6ピースを買って2個ずつ食べる。すっごくうまかった。脂でぎとぎとになってるあたしらを見て、親父は満足げ。今から思えば、一番親父にとって幸せな時期だったのだろう。

それから数年後あたしは今年二十歳。すっかり思春期からの親父嫌いも板につき弟もうざがっている。母は子供が巣立ったら即離婚のもよう。
ここで白状すると、この前実は親父の財布から金を抜き取ろうとした。その中で見てしまったあたし達の小さい頃の写真。涙が溢れてきた。ごめんねじい。
どんなに威厳がなくても子供のことを思ってくれてる父は最高だよね。今までごめんね。ほんとごめんなさい。

じじい、老後はあたしにまかせて。

料理作ってもらった話じゃないのでゴメソ・・・しみじみしちゃった。

85 :もぐもぐ名無しさん:03/06/27 08:25
俺が中学ぐらいの時、両親の仲が悪くて、俺もひねくれてて
みんなぎくしゃくして、家の中がすごい荒れてた
どんくらい荒れてたか今じゃわからない
その時の食事風景の記憶が怖いぐらいないんだよ
ただうっすら覚えてるのは会話が無かったことぐらい
親父が塩とってって言ってもみんな無視
ずっとこんな感じだったんだと思う

そんな時期に、幼馴染の家に呼ばれて晩飯食べにいった
その時のことがすごい印象に残ってるんだ
友達のおっちゃんが冗談言って、おばちゃんとか友達とかがつっこんで、笑って。
俺も一緒に冗談いったりして、すごい楽しかった
そんでさ、晩御飯食べ終わってもみんなテーブル囲んで座ってるんだよ
本当に楽しかった。

その後、自転車漕いで家に帰ったら、やっぱり親父とお袋の間の空気おかしくて
自分の部屋行ってから、耐え切れずに泣いちゃった
なんで、そうなんだよって呟いてたの今でも覚えてる


一番悲しかったさ

86 :85追記:03/06/27 08:29
今は両親は離婚しちゃったけど
父と母の間以外はいい感じになってる。
今になってわかるが、男と女は難しいよね

つーか、朝っぱらから書く事じゃねーなw
学校いてきます

いつかまた、家族みんなで飯囲めますよーに!

87 :もぐもぐ名無しさん:03/06/27 09:01
マスコミの 「盗聴/盗撮」 は許されるの?その1http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html
これであなたも盗聴器博士http://teltel.8bit.co.uk/touchouhakase.html
盗聴、その傾向と対策http://teltel.8bit.co.uk/touchoutaisaku.html
☆★☆★探偵裏事情 Part3☆★☆★http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/company/1054703706/
ラブホテルの盗聴波http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/radio/1052415002/
探偵を使ったリストラ工作−5http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/company/1055063612/
盗聴法(通信傍受法)総合スレッドhttp://society.2ch.net/test/read.cgi/regulate/1051322043/
携帯電話の盗聴って可能ですか?http://pc.2ch.net/test/read.cgi/network/1004530391/
長期間電話盗聴解析システムhttp://www.999.co.jp/Rec_Introduction/
トイレの盗撮がコワイよ〜☆Part2http://human.2ch.net/test/read.cgi/wom/1041936717/-100
盗撮放置は国家レベルの女性差別http://love.2ch.net/test/read.cgi/gender/1052172126/-100
ラブホの盗撮ってほんとにあるの?http://love.2ch.net/test/read.cgi/ex/1056370991/l50
文芸誌の書き手に盗撮されてるのですが…http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1050463002/-100

88 :もぐもぐ名無しさん:03/06/27 12:28
ボクのママンが作る卵焼きは甘くて絶妙の味なんだ。

よく朝の食卓に並ぶのはただの手抜きなわけだが。

89 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 05:04
確かにすき焼きが大御馳走だった。
みんなでわいわい食べたなあ。今みたくテレビもつけて無くてな。

90 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 12:05
俺が小さい頃、貧乏だったので中流家庭で食べるような物が
ご馳走だったよ。ハンバーグ、焼肉、ケーキ等は何かのイベント
の時だけ食べさせてもらえた。友達の家で初めて手作りピザを
食べて、家でも作ってくれってダダこねたら、母ちゃんは料理の
本見ながら、冷蔵庫にある材料でピザ作ってくれた。
キノコの代わりに椎茸、家庭菜園で作ったトマト、生ハムのかわりに
薄切りハム。給食の残りで貰ったチーズ。生地は小麦粉と塩を水で
練ってフライパンで焼いた。少し焼いた生地を持ちやすい大きさに
カットしてその上に具をのせてオーブントースターで焼いた。
出来上がった頃に毎日のようにやっている夫婦喧嘩が始まり、
なんだか悲しい気持ちでそのピザを食べた。せっかく楽しい気持ち
だったのにって泣きながら食べたのを覚えてる。
楽しい家族団欒を見ると、羨ましいと今でも思う。

91 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 12:42
DQN両親で貧乏だったから嫌な思い出ばっかりだよ…。

母の料理は嫌々作ってるのがよくわかる愛情のない手抜き料理。
贅沢は言わないけど調理法などの要望を言っても完全無視。
自分が食べたいのばっかり買ってくる。
小遣いは少なく自分のおやつは買っても子供には買ってくれない。
食べ物をラップもしないであちこち放置する。
味付けが異常に濃いし油も使いすぎ。

…本当に食べたい物が食べれなかったし外食もほとんどなかった。

その反動で働き始めて金が自由に使えるようになってから
ジャンクフード食べまくってそれが唯一の楽しみで太りまくりますた(w

今は摂生と運動で普通体系に戻ったけど太ってた頃は連日体型の事で
嫌味言いまくり、でも相変わらず味付けが濃く油まみれの料理しか
出さないから親の料理に一切口に入れなくなったね。見るのも嫌。

今は毎日自分で食事作ってます。そのほうが美味しいし健康にもいい。

92 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 12:50
>>91
俺なんかまだピザ作ってくれただけマシか・・・。
ほんと、子供の時苦労すると社会人なってから
が楽しいよね。

93 :91でつ:03/07/06 12:57
親が個人的に気に入ったモノが連続で続くのも辛かったなぁ…。

たしか玉ねぎの油炒めとツナをパンに乗せてマヨネーズかけたのが
毎朝続いて油ギトギトだからとうとう吐いて見るのも嫌になったな…。

94 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 13:03
>>91
毎朝・・・。おえぇ。
ってか朝から油ギトギトさんは勘弁。
紅茶とパンにバターだけってのは
しょっちゅうあったな。おかげでよく
朝礼の時貧血起こした。

95 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 13:28
仕事に逝くわけでもなく学校が給食で弁当作る手間もないのに
ガキの頃はちゃんと調理した朝食って目玉焼き程度だったかな?

単にご飯とふりかけだけ、味噌汁ご飯、トーストとマーガリン、
余りご飯の雑炊、親がうどん屋に仕事に逝き始めてから毎朝うどん。

どれも消化が早すぎてすぐお腹がすいたなぁ…。

96 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 13:33
親の料理は常に手抜き、いい加減、ものぐさ。

パスタを茹でる時に袋から塩を入れようとしたから塩が大量に
入って恐ろしく塩辛いパスタを食わされた。普通は捨てないか?

97 :もぐもぐ名無しさん:03/07/06 16:45
とんでもない失敗作はよくたべさせられたなぁ。
文句言うと食事抜き。
正直、親が作る料理まずすぎて
自分で作るようになった。
お陰で彼女も驚くほどの腕前になった。

98 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 03:22
ハンバーグは単なるガチガチの肉団子だった。変に肉厚にして
中心にくぼみを入れないから火の通りも悪く表面はコゲ、固い。

99 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 10:27
家のハンバーグはやたら色んな野菜が入ってた。
ニンジン・ピーマン・椎茸等々…
あるものはとにかく刻んで入れていたモヨウ。

玉葱と肉だけのハンバーグにずっと憧れててた。

100 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 10:38
●●●マスコミの 「盗聴/盗撮」 は許されるの?その6●●●    http://natto.2ch.net/mass/kako/1000/10003/1000393251.html

341 :  :03/07/06 19:56
795 名前: 郵便屋 投稿日: 01/10/12 22:19 ID:FUosYGJI
多分、マスコミ業界に何らかのネットワークみたいなものが出来てるんだよ。
それである特定個人を標的にしてその特定個人の個人情報を
マスコミ内部の裏ネットワークで共有していて、
その個人情報をメディアで流すなどして脅かしてみたりしてるんじゃないの?

このスレの
その1から読んでみればわかると思うけど全部妄想とは断定できないよ。
その5あたりから変な書き込みが増えたけどね。

970 名前: 967 投稿日: 01/11/04 13:52 ID:v3mAO06V
>>969
あるね。最低だな。最近じゃ不治てれびとか。業界内の遊び感覚でやってると
思うね。

101 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 17:03
結構みんな悲惨なモノ食わされてたんだなぁって思った俺は
幸せ者だったのだろうか。勿論、貧乏には変わりないリーマン
兼業農家だったのだが・・。

ただ、6人家族で両親共働きだから、祖母が作るご飯ばかり
だったので休みの時に母親が作ってくれる洋風モノは楽しみ
だった。ま、カレー・シチュー程度なんだけどね。

何時の間にか6人から祖父死5・祖母死4・母死3と人数が減って
俺は一人暮らし・・・その後、結婚して2・3・4と再び家族が
増えて行く様は一応輪廻しているのかと、さて晩飯までには帰るか。

102 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 17:17
朝食の定番
バブル期 菓子パン コンビニおにぎり 近くの喫茶店のモーニングセット

バブル崩壊 納豆巻 ふっくらしてなくて焦げているホットケーキ


103 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 18:23
4年間一人暮らしをして、最近実家に戻ってきた。
やっぱり母親の料理が一番だと実感。
でも「美味しいよ」なんて・・・今更恥ずかしくて言えんw
母親「どう?これ美味しいでしょ?」 
俺「ん?普通。」「んー まぁまぁ」 (本音 (゚Д゚)ウマー!!)

かあちゃん、長生きしてくれよ。

104 :もぐもぐ名無しさん:03/07/07 21:10
>>103
言え!言うんだ!
いつか、いつか…と先延ばしにしてると言えないから!

きっかけなんて無くてもいいから。
もし、「お袋の飯は(゚д゚)ウマー」っていうのが恥ずかしいなら、
「やっぱりうちのめしが一番だなあ」でいいから。


105 :101:03/07/08 13:00
>>103
恥かしくても一度位は言っておきな。「母親なんか80位まで
は普通に生きてるだろうな」なんて思ってたら・・・いきなり
だもの。俺が20代初期の頃だったから、何も感謝の言葉すら
言う暇も無く逝ってしまった。

106 : :03/07/08 23:48
>>103
>>105の言うとおりだ。俺のおふくろは16才の時、逝っちゃった。
癌センターから最後の帰宅で、芋天をどっさり作ってくれた。
アツアツの芋天を醤油につけていつまでも食ってたっけ。
「ご馳走様」を言おうと思うたび、涙が出そうになり、のどにつまらせながら
食い続けた。美味かったよ、って言った途端、俺もお袋も涙が止らなくなったっけ。
あの芋天、甘かったなぁ。
医者になって癌を治せる病気にしたい、って本気で思ったっけ。

107 :もぐもぐ名無しさん:03/07/08 23:55
当方一人暮らし。
「美味しい」とは気恥ずかしくてなかなか言えないが、その代わり
自炊をはじめてからことあるごとに
「お母さんが昔作ってくれたあれ、どうやって作る?」と聞いてまつ。
一石二鳥?

108 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 00:49
>>107
自分も親に作り方を聞いて、そのとおりに作ろうとするけど、
なんでか同じ味にならない。
きんぴらごぼう、おから煮、ひじきの煮物、タケノコのフキ煮・・・。
くやちい。お母ちゃん、どうしてこんなにおいしく作れるの?


109 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 02:50
我が家では祖母が時々ソバをうつ
祖父も漏れも祖母のソバが大好き
ソバをうった後「疲れたなぁ」と言ってる祖母に肩叩きをすると祖母はとても喜んでくれて小遣いもくれる
他にじゃがいもをフライパンで焼いてもカリッカリに焼けてて本当にうまい
野菜炒めもうまい
とにかく料理のうまいばあちゃん
いつまでも長生きしてよばあちゃん

ばあちゃんの料理が食べたいからさ

110 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 03:10
もうネタはやめれ・・・

111 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 15:10
母の料理に不満はなかったし、一人暮しをしている今は食べたくて仕方ないけど
数年前まで父の作っていたヤキソバを食べたいと思う。

112 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 15:46
>>91
ウチの母とヤル気のなさが似てるような気が。

ウチの場合は
自分が好きなものばかり買ってくるのはアタリマエ
調味料入れずに料理作ったり、
出来た料理をラップせずに放置して腐らせたり
お腹いっぱいになれば健康にいいと勘違いして
殆ど具がない麺がメインのスパゲティー
を大人2人分の量を無理矢理食べさせられたり
ハンバーグに入れるパン粉のつなぎがないからと
食パンを千切ったものを入れてたり、
カレーにまるごとバナナが入ってたり(今考えただけでも
おそろしい)
そして使った皿は洗剤使わず水でささっと洗うだけ。
皿はいつも食べ物の残りが付いている。

そのせいか体の調子がいつも悪く、アレルギー持ち。
でも東南アジアの屋台で食べまくってもあたったりしたこと
ないんだよねW

113 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 18:25
>カレーにまるごとバナナがはいっていたり
ねねねねね、それってバナナが丸ごとだよね?
ま、まさか「まるごとバナナ」が入ってたんじゃないよね?
サブイボでちまったw


114 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 18:43
>>113
さぶいぼーーあたしも。
まるごとバナナ・・・まさかなあ。

小さいころ、父が試行錯誤して作ってくれた
ドーナツが懐かしい。作り方知らないくせに
子供がねだるので、一生懸命揚げてくれたのだ。

115 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 19:01
http://www.boushi.or.jp/wvote/vote.cgi?sel=43  

116 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 20:59
>>113 >>114
112です。
一応二つくらいにちぎられてはいたけど、ホントそのまま
バナナが一皿につき1本でした・・・。

117 :91です:03/07/10 21:47
>>112さん…ウチと似てます!食事も色々な食事を作るのではなく
単品をど〜んと山盛り!賞味期限にも無関心だし、今の季節はよく
食べ物腐らせまくり。カビが生えたパンは「カビをほじって食え!」
みたいな感じでした…。チーズもそうだったなぁ…。

ものぐさしてレシピ通り作らないから失敗も多く、開き直りって
その失敗作を食べさせられる地獄の日々。

親の料理に疑問を感じ始めたのは、小学生になってからの給食を
食べ始めてからです。親の味噌汁は塩辛いし、カレーやシチューの
ニンジンはデカすぎて煮えてないから不味い。言っても改善しない。
親のせいで家で食べるニンジンは嫌いだったなぁ…本当は芯まで
煮えてたら甘くて美味しいニンジンなのに。

ホウレンソウのおひたしとか勝手に醤油を大量にかけてるから
塩辛くて食べれない。食べないと文句言うし…馬鹿なんだろうか?

118 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 22:10
ここ最高良スレだね!!!感動しちゃたよー
漏れ今妊娠5ヶ月目だけど子供が産まれたらおいしいって
言ってもらえるもの作りたいよ!!!

119 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 22:12
でもさあ、そんなおかんの食事で育ったっていう利点もあるよ。
打たれ強いとかさ。 夫婦関係さめてると、また、親父の帰りが
おそかったりして、おとうが家でたべないとか、だいたい
そういううちに多いね。おかんが、子供(の健康)や、料理などに
興味がないのって。 それとも、共稼ぎだったとか?

120 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 22:45
話がそれますがーーー
我が家では「生煮えの豆腐は食べたら死ぬ」と言われてた。
すきやきの豆腐が好物だった私は、鍋の豆腐に手をのばす度に、
「おらおらおら、死にたいのか!」と母に脅された。
冷や奴から完全に煮えた豆腐になるまでの数分間に、
おそろしい出来事がきっとーーーとマジで思っていた。

時がたち、飲み会で我先に鍋の豆腐に手を出す光景を眼にして、
「あああ、みんな死ぬんだーー」と冷や汗流していた私w

121 :もぐもぐ名無しさん:03/07/10 23:26
112です
>>117
カビもニンジンもウチと同じです〜!!!
ジャガイモも切らずにそのまま入ってました。
私はおかしいと気付く前に食べる事自体が苦痛になり
給食も大嫌いでした。で、気付いたのは1人暮らしを始めてから、
色んなモノを食べたり、自分で作るようになってからです。
それと「他の家の子は毎日お母さんの手作りのご飯なんて
食べれないのよ。アフリカの子なんてご飯すら食べれないのよ。
ウチはと〜っても幸せなんだから」とずっと聞かされてて、なんとなく
疑いつつも怖いし信じてました。なんてアホな私。

>>119
ちなみにウチは夫婦関係冷え切ってる
暗〜〜〜い家庭でした。母は主婦でした。

122 :もぐもぐ名無しさん:03/07/11 01:56
>>117です。

母親の知ったかぶりにも悩まされました。「○○は体に悪い」とか。
「あんたの作る料理のほうが毒だよ」と、言いたいのですが。

自分でメシ作り始めてようやく幸せが訪れたってカンジです(w
子供は無条件で親の作った料理を食べなきゃいけませんからねぇ…。

ちなみにラップもしないで食べ物をあちこち放置したり、コンロの
グリルに魚を入れたまま忘れてる事が日常茶飯事なので今の季節は
ハエが卵産んでたり…う、ウジが…。それに気付いたのがたしか
中学生の頃だったから子供の頃は知らずに食べてたのかもなぁ…。
その事を言っても改善しなかった親…ヤパーリ馬鹿なんだろうか…。

臭いを嗅いだり口に入れたら一発で腐ってるか腐りかけだとわかる
おかずもよく出てた。それを言っても文句としか取らない親…ハァ…。

123 :もぐもぐ名無しさん:03/07/11 02:06
ハッキリ言って愛情がない親のメシ食うぐらいならジャンクフード
食ってたほうがマシだったな。働き始めてから取り付かれたように
ジャンクフードばっかり食ってたし…今は健康の為に自炊だけどね。

親の料理が嫌になって自分で作るから材料だけ残してくれと言っても
ナゼが作るのをヤメなかったし…馬鹿なのか嫌がらせなのか謎だった。

124 :もぐもぐ名無しさん:03/07/11 05:39
今は亡きばぁちゃんが作ってくれてた鶏肉のから揚げ。
どこの店よりもおいしかった。もう一度食べたいよ。

125 :もぐもぐ名無しさん:03/07/11 05:58
112と117はケコーンして、料理のうんまい家庭を作れ。
男も女も関係ねえ、ケコーンすれ。

126 :もぐもぐ名無しさん:03/07/12 06:59
唐揚げ食べたい。

127 :もぐもぐ名無しさん:03/07/13 11:14
滋賀県の野洲に腹時計って店があるんだけど
そこのから揚げは美味かった。量もたっぷり!
家族で店をやってるのか、子供が注文聞きに
きたりしてた。あ、話それた。スマソ。

128 :もぐもぐ名無しさん:03/07/13 22:35
家庭料理でも外食でも愛情が込められてる料理っていいよな。
高級品でも愛情が込められてない料理よりウマーでつ。

129 :山崎 渉:03/07/15 11:04

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

130 :もぐもぐ名無しさん:03/07/15 12:54
>>128
そだね(´Д`*)

131 :ムゥゥゥ:03/07/15 18:10
両親と喧嘩して家を飛び出して5年間連絡をとらずにいた
結婚したい女ができ実家に彼女を連れて行った 玄関先で母親に音信不通にしていた事を侘び頭を下げるとまるで何事もなかったかのようにが『おかえり、ご飯できてるよ』と笑って迎えてくれた
座敷には昔と変わらずにテーブルが置かれしょうが焼きに漬物、唐揚げ、ポテトサラダ…普段の料理でも私の好物がならんでた


132 :ムゥゥゥ:03/07/15 18:12
オヤジが『帰ってきたか』と一言、そして『あまり親に心配かけるな』と静かに笑って言った

父と母は嬉しそうに話しをして緊張してる彼女にも気を使い『ご馳走じゃないんだけどたくさん食べてね』なんて言って皿に盛っていた
料理を食べながらなんか有難くて自分の親不孝が辛くて泣きそうになった

今は二人とも亡くなってしまったけどあの日の食卓にならんだ料理は我が家の食卓に今日もならんでます

133 :tomtom:03/07/15 18:21
お赤飯に、かけるのは、お塩ですか?お砂糖ですか?回答ください(都市名)も一緒に教えてください。


134 :もぐもぐ名無しさん:03/07/15 22:01
>>133
それは別にスレ立てて聞け。

135 :もぐもぐ名無しさん:03/07/15 22:41
もう立ってるわw

136 :もぐもぐ名無しさん:03/07/17 21:21
>>132
今はその女性と暮らしてるの?

137 :もぐもぐ名無しさん:03/07/17 21:49
僕が小学校の頃の夏の暑い日、母、弟と東武線で1時間程かけて父と待ち合わせた浅草の駅へ。
Yシャツ姿で颯爽と歩く父の後を付いていきながら行った、どぜう屋。
店の名前なんて最初から知らないけど、そこで食べた柳川鍋が忘れられない美味しさだった。
まだ、仕事の気の抜けきっていない雰囲気の父と、夕時の喧騒、2階席の窓は開いていて扇風機。
ビールを頼む父親はとても頼りになる存在に見えた。特別な外食でした。


138 :もぐもぐ名無しさん:03/07/18 03:12
お父さんがたまーに作ってくれた、チャーハンと豚汁。
何でその組み合わせかわかんないんだけど、絶妙にウマイ。
今は両親離婚しちゃって、もう食べられない…

139 :もぐもぐ名無しさん:03/07/19 01:23
>>137
昭和の匂いがするね。
私の父親も柳川鍋はすきだった。今はもういないけど。
今はわざわざ食べないよね、ドジョウなんて・・

140 :もぐもぐ名無しさん:03/07/19 01:28
どじょうと言うと、先日の「愛のエプロン」の地獄絵図が忘れられん…

141 :もぐもぐ名無しさん:03/07/19 07:43
>>139 どじょうやは今でもある

142 :もぐもぐ名無しさん:03/07/21 00:43
両親と田舎に帰る途中に寂れた中華料理屋があった。
入って餃子とチャーハンを頼んだ。何故かコショウの香りがする
揚げ餃子だったけど両親と初めて食べた外食だったので
凄く美味しく感じた。その後離婚して、両親と外食したのは
その一度きり。20年前の話。

143 :もぐもぐ名無しさん:03/07/21 02:00
母の料理は確かに美味いのだが、
よく髪の毛が入っている。
悪気はないみたいだから「あ〜あ」と思いながら
のけるんだけど、いくら言っても直らない。

そんな母が最近惣菜屋さんを立ち上げた。


どうかせめて、客に出す分には入っていませんように・・・ぶるぶる。

144 :もぐもぐ名無しさん:03/07/21 02:15
小学生の頃、実習で作ったドーナツが美味くてうちでも作りたいといって、作った。
当然温度管理ができて無いからべちゃべちゃで油すって大変なのができたわけだが、
父さんはこれうまいな、っていって、パクパク食べてたっけ。
母さんは元コックだからそれを食ってきてる父さんは勿論舌が肥えているのに。

今、うちは会社が倒産仕掛けで、父の顔には笑顔が無い。
私は遠方で一人暮らしをしている。少ない収入から仕送りをしてもらいながら。

一人暮らしをするようになって料理をし、母の影響か人より美味いらしい。
いつも実家に帰っても、「母さんがいるから私作らないよ」って言ってきた。
でも、今年の夏は帰省したら作るよ。絶対。
有難うっていいにくいから、作るよ。

145 :もぐもぐ名無しさん:03/07/21 02:58
>>144
家族がいて美味しい料理があれば必ず幸せになれるよ。

146 :もぐもぐ名無しさん:03/07/21 23:07
>家族がいて美味しい料理があれば必ず幸せになれるよ。

水を差すようで悪いが、それは幻想だ・・・・・

147 :もぐもぐ名無しさん:03/07/21 23:16
確かにそれは幻想ですな。でも美味しいものを食べた記憶はきっと
その人の中でよくも悪くもかけがえのない思い出のひとつになるよ。

148 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 09:59
とうさんのかいしゃ、とうさんしそうなんだ。なんちて。

149 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 12:33
それは、おめでとうさん。
教えてくれて、ありがとうさん。

150 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 14:05

              >>148 >>149

パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ パシャ パシャ
   パシャ パシャ パシャ パシャ パシャ  パシャ パシャ パシャ  パシャ  パシャ
 ∧_∧      ∧_∧     ∧_∧  ∧_∧    ∧_∧     ∧_∧
 (   )】      (   )】    (   )】 【(   )    【(   )    【(   )
 /  /┘ .   /  /┘.    /  /┘ └\ \   └\ \   └\ \
ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ      ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ     ノ ̄ゝ

151 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 17:30
お父さんが作ってくれたハヤシライス。この世で一番うまいとわたしは思う。日曜日(月二回程度)に作ってくれる。他ではもうハヤシライス食べられないー(´ー`)
いつも「うまいか!?うまいか!?」と食べてる時に10回ちかく聞いてきます(゚_゚ι)「もっと食べろなッ!」と勧めるけど…そーゆー風に聞いてくるからなかなか口が進まないんだよー。気付いてよー。

152 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 17:49
厨房のころ、チーズケーキを作った後、母親が虫の居所が悪くなったのか
私が作ったお菓子を外に投げ、足で潰した。その後片付けもさせられた。
実家を出てから、絶縁しました。

153 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 17:58
>146禿同。


154 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 18:06
>>152
よかったっすね。絶縁できて。

155 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 19:10
ありがとう。母親は「家の料理が一番!」なんてジカクジサーンしてたな。
化学調味料ドサーリでね。
行き着け中華料理屋のレタスのオイスターソースのほうがよっぽど
馬ー。

156 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 22:03
母親の料理まずかった・・・。

157 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 22:25
・・・すき焼き
家族で揃って食事する事が少なかったので
すき焼きだと、家族でご飯が食べれるんだと
子供心に思ったです・・・。

158 :フラウボウ:03/07/22 22:39
http://life.fam.cx/a008/


159 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 22:52
子供の頃住んでた町のある食堂は塩ラーメンが美味いと家族に評判。
いつも塩ラーメンだったからたまには醤油のラーメンが食べたかった。
ふと周りを見ると醤油のラーメンは「中華そば」とみんな注文してる。
メニューを見たら塩ラーメンや味噌ラーメンという文字の中に
醤油ラーメンはないのだが中華そばという文字を発見。
ある日その店に出前を頼むので家族一人一人何が良いか訪ねた父。
みんな塩ラーメンで良いか?的なたずね方だったけど
どうしても醤油のラーメンを食べたかった私は「中華そば」と言った。
父が怪訝な顔をするのでその店で見たメニューのことなどを話したら
「昔、中華そばって言えば塩ラーメンのことだった。」
「でも醤油のラーメンが食べたい。」
「そんなのは見たことがない。」
「言えば分かるよきっと。」
もう怒られながらのやり取りだった。
出前が届いたら全部塩ラーメンだった。
母がフォローを入れてくれた記憶もないから
強情で嫌な子だと思ってたかもねー。
私には食べたいものを聞かれて答えたのに頼んでくれなかった
というなんか嫌な思い出。
ちなみに値段は同じでした。

160 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 23:08
そんなものは存在しないと、端から相手にしない家族の意識と、絶対に存在
すると言う確信の元に行動する本人の意識の対峙によって生じた齟齬により
家族が本人の意図しない行動に出たために予期しない結果を招いたのでしょ
うか?
あるいは、食べたかった醤油ラーメンという美化された記憶の中で醸成され
てしまった物語である可能性もありますよね。

161 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 23:15
なんだこいつは。
アナリストか?

162 :もぐもぐ名無しさん:03/07/22 23:17
物語なわけないじゃん、馬鹿か?
どこが美化されてるんだよ。


163 :通りすがり:03/07/22 23:51
母の作るラーメン。昔、まだ今よりビンボーだったころ、よく母は
人参や玉葱、にら、もやし等適当な野菜を鍋に入れて、数種類のラーメンの
スープで煮込んで作ってた。今はもう作ってくれないけど。もういちど
食べたいなぁ。

164 :ムゥゥ:03/07/23 15:42
>>136
(´ー`) 結婚しましたよ
母から私の好物レシピを受け継いでくれました きっと私の子供達もこの味が『母の味』となるのでしょうね

165 :もぐもぐ名無しさん:03/07/24 00:23
子はかすがいって限界あるよなw

166 :もぐもぐ名無しさん:03/07/24 00:38
>>160
もっとちゃんと勉強しろよ
パターン化は確かに重要だけど、煽りとしてはつまらねー

167 :もぐもぐ名無しさん:03/07/24 16:39
30年前、群馬水上温泉に車で家族4人(両親&俺妹)で行った時の夕食。
食事はレストランで煮えたぎった油に串に刺した肉やら野菜を
そのまま突っ込んでタレのようなモノをつけて食うといった始めて
食するものだった(フォンデューブルギニオンか)

田舎モノの家族一同はあがってしまって味が最後まで解らなかった。
朝は朝でビュッフェだったんだけど、これも田舎モノだった故に
妙に遠慮して、少ししか取らず腹いっぱい食えなかった・・・。

帰りに寿司屋に入り、思いっきり豪勢に注文をしていた父を思い出す。
車は当時のローレル4DrHT2000SGLでホテルはジュラク。

168 :もぐもぐ名無しさん:03/07/24 19:01
父に性的な嫌がらせを受ける前の8歳くらいの頃までは、
暴力があっても喧嘩ばかりの家でも、なぜか、日曜の昼とか
楽しかった。いつも怖くて震えていても親の愛を信じていたから
家族4人で囲みながら、インスタントラーメンにベラハムやキャベツ
のせたものとか、カレーライスとかお好み焼きとか、いつもの定番の
食事が嬉しかった。トーストに目玉焼きとハムなんてものあった。
そんなありきたりで安上がりの食事が大好きで、とくに
チャーハンはよく覚えている。でも、
父に変なことされてから親を信じられなくなってもう、あの安心感は
二度と得られないのだ。食事の口の音が気になってイライラするし。
とうとう、親とは絶縁してしまった。でも、今でも
あの子供の頃の喧嘩しながらでも皆でそろって食べた日曜の昼ご飯が
なつかしい。もう二度と、食べられないし作ってもくれない食事。
なんで、こんなに親は残酷なのだろう。なんで親はわたしの寂しさを
わかってくれないのだろう。当たり前の幸せをとうとう得られなかった。
そしてお金だって父の無駄使いであまり残らなかった。わらっちゃうよ。
あるのは、ほのかな子供の頃の思い出だけ。

169 :もぐもぐ名無しさん:03/07/26 21:42
重すぎて後が続かん・・・

170 :もぐもぐ名無しさん:03/07/26 22:00
じゃ、
===以後、何事もなかったかのように語ってください===

171 :もぐもぐ名無しさん:03/07/27 15:37
んじゃプチねたですが。

ガキの頃夏休みになると親の実家に泊まりに行ってた訳ですが、
じいちゃんが昼間から酒飲んでるような人であんまり好きじゃなかった。
ある日「とうもろし採りに行くぞ」と畑(農家じゃないので家で食べる分
位しか作ってない)に連れて行かれて、妹と一緒に作業終わるのを
待ってたんだけど、そのときジュースを買ってくれた。
で、当時はまだプルタブを引き上げる奴なんだけど、ガキの自分らには
開けられないので開けてもらおうとしたら、鎌の先を輪っかに引っ掛けて
引き上げて開けてくれた。今考えると軍手外すのが面倒だったんだと思うw
何を飲んだかは全然覚えてないのだがそのワイルドなジュースの
開け方はやたらと印象に残っている…

172 :もぐもぐ名無しさん:03/07/28 21:04
親に育てられてないから、子供のころから一家団欒っていうか、一緒の食事って
ほとんど記憶にないなあ。
そのせいか、食事のペースを人に合わせるのって苦手。酒を飲みに行くのも一人
のほうがいい。人に合わせて帰りたいのに我慢して呑んだり、まだ呑みたりない
のにお開きとかいわれるとすごく気分悪いから、宴会とかでしょうがないとき以
外は一人でのみに行くし、食事も極力一人で出かける。

173 :88989:03/07/28 21:14

ゴム付!生F!ok http://i.peps.jp/masya


174 :168:03/07/28 22:33
>>172
わたし親に育てられたけどあなたと同じ感じだよ。
それに孤独が好き。
親なんかいない方がいい場合もあるよ。まじで。
しょせん、親なんか自分が一番かわいくて子供つくるんだよ。
子供は飾りか便利やのふたつにひとつ。

175 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 00:42
この前、私の知り合いが「冷やし中華にマヨネーズをかけたもの」って言ってたけど、
これって美味しいの?

全国的には一体どうなの?みんなの意見を聞かせてちょうだい。

ちなみに私は、新潟県民ですが冷やし中華にマヨネーズはかけません。


176 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 00:45
>>175
家ではやらない@さいたま

料理板に冷やし中華スレがあるよ
冷やし中華始めました〜2003夏
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/cook/1057150248/


177 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 08:46
>>175
ここの方が良く解るぞ!
http://weekend.nikkei.co.jp/kiko/

178 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 14:43
残る味を教えてください

179 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 17:35
>>175
周りでやる人を見たことはないけど私は個人的になんにでもマヨネエズをかけるので
当然、冷中にもかけます。最初のころはお店に持ち込んでかけてると周りの客にぎょ
っとされるので、隠れてちょこっとずつかけてましたが、最近は行きつけの店では、
市民権を得たので冷中を頼むとマヨネエズを出してくれます。
他にはこんなことする客はまだいないそうです。
ちなみに首都圏。

180 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 17:38
告白したいけど、自分に自信がない。それでも胸の奥が苦しくて・・・
そのような方、諦めないで。
ここでは、異性に効果を発揮する香水、合法ドラッグなどがおかれています。
小売価格一万円以上の品が、半額以下の値段で取引されています。
是非ここでゲットして、貴方の気持ちを打ち明けて下さい。
相手の方も、きっとそれを待っていますよ。

↓のURLの頭にhを付けて、コピー、ペーストして下さい。

ttp://www.adultshoping.com/index.cgi?id=1057809839


181 :もぐもぐ名無しさん:03/07/29 21:24
>>175は冷やし中華スレに移動したモヨウ。
同じカキコを見かけた。

182 :もぐもぐ名無しさん:03/07/30 03:11
夫と初めて二人で暮らし始めてからなにげに入った中華料理店。
普通の野菜炒めがシャキシャキしてるのに、しっかり火が通っておいしい。
今もいきつけです。




183 :51295:03/07/30 03:13
過激恋愛 http://i.peps.jp/masya


184 :もぐもぐ名無しさん:03/07/30 08:26
>>182
中華料理店は高カロリーのガスコンロで一気に炒めるからおいすぃって。
そうは言っても料理人の腕前によってやっぱり差が出るです。
私の行きつけの店も野菜がしゃきっとしてるのに生ではなくて、特に酢豚の
たまねぎなんか、へたくそが作るとぐにゃぐにゃになるか、火が通ってなく
てからかったりするけど、その店ではしゃきっと歯ごたえがあって、でもち
ゃんと火が通ってるから甘みがあって最高です。

185 :もぐもぐ名無しさん:03/07/30 09:33
デートの行きつけだった台湾料理屋があったんだけど、結婚した後行ったら
料理人かわっちゃったみたいで味が変わっちゃって(´・ω・`)
それでも美味しいは美味しいんだけど、あの時の味じゃないのがちょっと寂しい。

186 :もぐもぐ名無しさん:03/07/30 10:07
よく行ってた甲○路の板さん変わっちゃったみたいで味がぜんぜん違う。
同レベルなら行くんだけど、だいぶ腕が落ちる板さんみたいでがっくし。
客は板前の味で食いに行くということを店は忘れてはならないのだヽ(`Д´)ノ

187 :もぐもぐ名無しさん:03/07/30 10:19
送料が安い・商品豊富・スピード発送
新商品 ぞく・ぞく 入荷。    
アダルト激安DVDショップ!!


  http://www.get-dvd.com



188 : :03/07/31 00:47
>186
忘れてないけど、板さんの人生のために仕方の無い場合もあるのだ。
勝負の場だから客に去られても仕方無い。
でも、いつか呼び戻すぞ!

189 :もぐもぐ名無しさん:03/07/31 07:34
板さんの人生もあるだろうけど、そういうケースを想定して後継者を育てるのも
店と花板の義務ではないかと思うんですよ。「俺はもうやめるから後は知らない」
では、料理人以前に人間としてちょっと・・・

190 :もぐもぐ名無しさん:03/07/31 14:53
>>172
俺は一家団欒の経験もあるし、一人暮らしの孤独の経験もあるから
何とも言えないが、俺が独りで飲みに行けるのを不思議がる友人も
いるよ。

大丈夫だって、きっと何時の間にか家族が出来てて嫌でも団欒に
なってるって事もあるから・・・俺がそう。たかが4〜5年前まで
独りで「朝なんか来なければ良い」なんて思いながら死ぬ事考えて
ましたよ・・それに比べれば貴方は立派。

191 :もぐもぐ名無しさん:03/07/31 15:58
家族との思い出の味って、ステーキレストラン(ファミレス)で食べたサイコロステーキだなぁ
誕生日に連れて行ってもらったんだけど、誕生日にはプレゼントと、ポラ写真の記念撮影付き。
で、パフェ見たいのに花火が付いてきて。周りのお客さんもおめでとう的な空気を
出してくれる。普段休みの日にも何処へも連れて行ってくれなかった父も
一緒ってのがホントうれしかったぁ


そんな父は・・・・・・・・・・・・





今もバリバリ元気、現役です

192 :_:03/07/31 16:00
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/

193 :もぐもぐ名無しさん:03/07/31 16:16
お母さんがパート先の残り物もってかえってきて
卵とじみたいにしたりして食べた味
お金ないときはこうして毎日すごしていたけど
新しいパパがきてから この料理つくることはなくなった。

おいしかった、

194 :もぐもぐ名無しさん:03/07/31 16:52
>>193
じゃ貴方が機会を見て同様の料理を作ってさしあげてみたら。
何か気がつくかもよ。

195 :もぐもぐ名無しさん:03/07/31 16:59
うちの親父はなにかとおかずがたらないと感じると
何かサッサと作る
大体これは焼きそばか、チキンラーメンにキャベツ、卵とじってなの作る
おかんはおかずあるのにー、もう=3ってな感じになって嫌そうだが
これが結構うまい
おかんには悪いがおいしいおいしい言って食べる
そんな風に親父は・・・・・・・・・・







やっぱり今もバリバリ元気、現役です

196 :山崎 渉:03/08/02 01:18
(^^)

197 :山崎 渉:03/08/02 02:36
    (⌒V⌒)  
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ  
   (_)(_)                      山崎パン

198 :もぐもぐ名無しさん:03/08/02 04:42
>>189
花板が実家に帰ったところで2番手が車にひかれたんです。
今、3番手が頑張ってるけど、応援が来るまで2ヶ月...。
知り合いを頼って人を探したけど、今はこれが精一杯。
教育も経営もあなたのような理想を言い出せば切りはない。
現実は制約条件の中で最適選択するしかないです。


199 :もぐもぐ名無しさん:03/08/02 12:26
事情はあっても、客はそんなことは知らないし、知っていたとしてもよほどの
常連じゃなければ私たちのように離れていくでしょうね。それが現実です。

200 :もぐもぐ名無しさん:03/08/02 14:09
ずさ

201 :もぐもぐ名無しさん:03/08/02 14:16
つかすれ違い…

202 :もぐもぐ名無しさん:03/08/02 14:49
あらよっと

203 :もぐもぐ名無しさん:03/08/03 00:27
自慢するつもりではないが、実家で食べてた食事は、
そんじょそこらの名店よりよっぽどうまいものを食っていたと思う。
外食を重ねる、今、本当にそう思う。
ばあちゃんとママンは、料理の天才だったと思う。

実家から俺らきょうだいが出払って10年。
帰るたびに実家の味が落ちてくる。
やはり、食わせる相手がいないと腕も落ちるということか。。

204 :もぐもぐ名無しさん:03/08/03 00:29
>>203
それでも誉めたれ。
気合の入り方が変わってくるかもしれんぞ。

205 :もぐもぐ名無しさん:03/08/03 01:08
>わたしの実家はその正反対
わたしの嫌いな料理を無理やり食べさせ
「お母さんの料理は、おいしいでしょ?」
「レストランより何よりお母さんの味よ」
と賛美を強制した

独立して、静かに一人割り箸でかきまぜるカップ味噌汁はしみじみおいしい。
好きな時間に騒音wもストレスもなく食べる。

206 :もぐもぐ名無しさん:03/08/03 06:26
うちは可もなく不可もなくって感じかなぁ。
ま、腹減ってりゃなんでも美味いんだわ。

207 :もぐもぐ名無しさん:03/08/03 11:08
おばあちゃんはおはぎやちらし寿司がとてもじょうずな人でした
今は91歳になって 少々ボケて もうおばあちゃんの作るものは
食べれません・・・かなしいな

208 :もぐもぐ名無しさん:03/08/03 21:21
ばあちゃんの作った味噌汁はシンプルだけどうまかったなー。
15年前に逝っちまったからもう食えない (`Д⊂

209 :もぐもぐ名無しさん:03/08/04 14:12
ささ、今年の夏に里帰り出来る人はさ、実家で沢山色々なモノ食って来て
報告でもしてくれ(w 俺はそれが出来ないから、それ読むの楽しみにしてる。

210 :もぐもぐ名無しさん:03/08/04 14:28
生まれつきの魅力だけでもててる人なんてごくわずかです。
もてる人は、みんな努力してるもの。
正しい努力をすれば、きっとあなたも・・・。
美容・健康・占い・ダイエット・・そして結婚へ・・・。
結婚にあこがれている方、結婚が決まった方、そして既婚者の方にも楽しんで
いただけるよう、女性カウンセラーが企画・制作しています。
http://www.l-mari.com/
真面目な出会いを求める方&結婚にあこがれている方だけが
ご入会いただけます。
登録は無料で、手続きは簡単。
えるまりお見合いねっと
http://www.l-mari.net/project_d.php
今すぐ結婚したいあなたへ・・・。
ピュアマリアージュは中国人女性紹介所です。
当社のスタッフが現地で1人ずつ会ってしっかりとした調査を行い、
身元が確実だと判断した方のみを掲載しています。
どの女性も当社が自信をもって、ご紹介させていただいております。
http://www.puremari.com/


211 :もぐもぐ名無しさん:03/08/04 15:39
家族との思い出の味といえば、オイルフォンデュをやったのを覚えている。
それもだいぶ昔に。(ルパン3世が、確か19時からやってた頃だ)
今思えば、あの当時カーちゃんは道具一式をどこで手に入れてきたのか・・・。

あと、日曜の夕方からホットプレートでホットケーキ→お好み焼き&ヤキソバを
今のバーベキュー感覚で、家族で楽しく焼いて食ったのを覚えている。
特にホットケーキはホットプレートだと失敗せずに綺麗に焼けるから、
自分の好きな形に焼いたりして、とても楽しかったな。

212 : :03/08/04 21:33
>>211
なんだか、悲しい出来事を押し殺してるように見えて
思わず貰い泣きスタンバイ。

213 :もぐもぐ名無しさん:03/08/05 01:06
まだ小さい子どもの頃、親の田舎の九州の小島に行くと、
苦手な魚料理ばっかりでうんざりしながらも我慢して食べていたが、
「都会育ちの○○ちゃんは田舎の料理はあまり好きやなかとやない?」
と言って、ばあちゃんが、漏れの好きなものを作ってくれてうれしかった。
あの時のチキンライスやハンバーグの味は忘れられない…。
一生懸命作ってくれた味がした。


214 :もぐもぐ名無しさん:03/08/05 01:18
今日の刺激!
http://homepage3.nifty.com/coco-nut/


215 :もぐもぐ名無しさん:03/08/05 06:00
家族みんなでいってたロイホの、ミックスグリル。
父の作ったちゃんぽん。
母の作ったハンバーグ。
ばーちゃんのつくった玉子焼き。
親戚の叔母がつくった焼そば。
友達が風邪のときつくってくれた、卵とじうどん。
彼氏とつくった野菜炒め。
自分でつくったオムライス。
地元で有名な店のおそば。
・・・食いすぎ・・・。

216 :もぐもぐ名無しさん:03/08/05 08:41
兄が大学進学のため上京する日
駅まで見送りに行く時 レストランでちょっと豪華に食事をした
その後両親は離婚 両方の親とも往き来はあるけど
もう4人揃って食事をすることは無いと思う

217 :_:03/08/05 09:02
http://homepage.mac.com/hiroyuki44/jaz10.html

218 :もぐもぐ名無しさん:03/08/06 11:19
小学生の頃の毎年のクリスマスイブ・・当日はクリスマスであるからして
田舎の我が家でもケーキとチキン程度はあるのだが、その前に絶対に
行わなければならない「儀式」があった・・当日は冬休み前の終業式も
かねていたので「通信簿」を夕食前に見せなければいけなかった。大抵は
1時間以上のお説教・・・で、すっかり萎縮した俺は半泣き状態のまま毎年
ケーキとチキンを食う事になる。よくもトラウマにならなかったもんだと(w

219 :もぐもぐ名無しさん:03/08/06 12:15
父は酔っ払うと必ず煮込みうどんを作る。何で味付けしてあるのかがわからないが妙に美味しい。
本人に聞いても、泥酔状態でいろんなものをぶち込むから何を入れてるのか覚えてないようだ。

220 :もぐもぐ名無しさん:03/08/06 12:39
>>219のパパンは、酔拳ならぬ酔料理の使い手だな…。
飲めば飲む程旨い物を作れる(飲み過ぎはいかんがな)

221 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 20:20
        ,,,--─===─ヽ/へ
      /iiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡|≡ヾ ヽ
     iiiiiiiiiiiiiiiiiii彡≡≡≡≡|≡ミミヾ丶
    iiiiiiiiiiiiiiiiiiii/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ミiiiiiヽ
   iiiiiiiiiiiiiiiiii/             \iiiiiiiゞ
   iiiiiiiiiiii/                \iiヽ
  iiiiiiiiiiiiiii《    ━━━'/  ヽ━━━ ヽミヽ
 ...iiiiiiiiii彡/      __,.::  :: __  ヽiiiii|
 ..iiiiiiiiiiiii》|             :::      |iiiii|
 iiiiiiiiiiiiiiii|,                     |iii|
..iiiiiiiiiiiiiiiiii,         ( ● ● )      .|iiii|
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii       》━━━━《       |iiiii|
iiiiiiiiiiiiiii《《《ヽ     》 / ̄ ̄\ 《     |iiiiiiii|
iiiiiiiii《《《《《《《《    《《 \ ̄ ̄/ 》》   |iiiiiiiiiii|
iiiiiiiiiiii《《《《《《《《《《《 》》   ̄ ̄  《《 》》》》》iiiii|
iiiiiiiiii《《《《《《《《《《《《《《《《《《《《》》》》》》》》》》》》》》iii|
iiiiiiiiiiiiiii巛巛巛巛巛巛巛巛巛》》》》》》》》》》》》》》IIII
iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii巛巛巛巛巛巛巛巛》》》》》》》》》》》》iiiiiii

222 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 20:22
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□■■■■■■■■■■■■■□□□□□□□□□□□
□□□□□□□■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□□□□□
□□□□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□□□□
□□□□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□□□
□□□□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□□
□□□□■■■■■□□□□□□□□□□□■■■■■■□□□□□□
□□□□■■■■□■■■□□□■■■■□□■■■■■□□□□□□
□□□■■■■□□□□□□□□□□□□□□□■■■■■□□□□□
□□□■■■■□□■■■□□□■■■□□□□■■■■■■□□□□
□□□■■■□□■□□□□□□□□□■□□□□■■■■■□□□□
□□□■■■□■□□■■■■□□□□□■□□□■■■■■□□□□
□□■■■■□□□□■□□□□□□□□□□□□□■■■■■□□□
□■■■■□□□□□■■■■□□□□□□□□□□■■■■■□□□
□■■■■□□□□□□■■■■■■□□□□□□□■■■■■■□□
□■■■□□□□□■■■□□□□■■□□□□□□■■■■■■□□
□■■■□□□□□■□■■■■■□■■□□□□□■■■■■■□□
□■■■■□□□■■□■□□□□□□■■□□□□□■■■■■□□
□■■■■□□■■□□■■■□□□□■■□□□□■■■■■■□□
□■■■■■■■■□□■□□□□□□□■■□■■■■■■■■□□
□■■■■■■■■□□■■■■■□□□■■■■■■■■■■■□□
□■■■■■■■■□□□□□□□□□■■■■■■■■■■■■□□
□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□
□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□
□□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□
□□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□
□□□□□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

223 :ぼるじょあ ◆yEbBEcuFOU :03/08/06 20:52
                     ■■■■■■■■
                  ■■■■■■■■■■■■
                 ■■■■■■■■■■■■■■
                ■■■■■■ 〜〜 ■■■■■■
              ■■■■■■〜〜〜〜〜〜■■■■■■
             ■■■■■ 〜〜〜〜〜〜〜〜 ■■■■■
             ■■■■■   ■■〜〜■■   ■■■■■
           ■■■■■  ■■■■〜〜■■■■  ■■■■■
           ■■■■         ||          ■■■■
          ■■■■■   〓〓〓〓||〓〓〓〓   ■■■■■
          ■■■■   〓〓     ||    〓〓   ■■■■
          ■■■■        //  \\       ■■■■
          ■■■■      //( ●● )\\     ■■■■
          ■■■■    // ■■■■■■ \\   ■■■■
          ■■■■■  / ■■■■■■■■ \  ■■■■■
          ■■■■■   ■/〓〓〓〓〓〓\■   ■■■■■
          ■■■■■■ ■ /▼▼▼▼▼▼\ ■ ■■■■■■
          ■■■■■■■■■ ▼▼▼▼▼▼ ■■■■■■■■■
           ■■■■■■■■■   ■■   ■■■■■■■■■
           ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
           ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
            ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
              ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
              ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

224 :もぐもぐ名無しさん:03/08/09 19:05
過去スレ『思い出に残る食事』が本になったんだな。今日、本屋でハケーン。

225 :もぐもぐ名無しさん:03/08/09 19:32
>>224
( ・∀・)ヘェー

226 :もぐもぐ名無しさん:03/08/10 09:27
あ゙〜づ〜い゙〜ヽ(`Д´)ノ ウワァァァン

227 :もぐもぐ名無しさん:03/08/11 18:06
父親が作った豚肉の炒め物かな
しょうがは入ってなかったと思う。
玉ねぎ入れてバターで炒める。

母親は漏れが小学生くらいの時は病気がちで
しょっちゅう入院しててその時父親が作ってくれた。
父親から情報を得たらしく母親が同じくバター炒めを作ったが味が違う。
母親が入院しないと食べられない代物だった。

もともと家って家族仲が良くなくて刺すか刺されるかみたいな感じでさ
漏れも結婚しちゃって家を出て
挙句に父親は脳内出血で寝たきりになちゃったもんだから
もう家族バラバラ。修復不能。
滅多に料理しない父親のつくったものがウマイとか思えてた頃って
やっぱ平和だったんだな

228 :気付き@幸せ掴む:03/08/11 18:56
今の一般的に蔓延している宗教はほとんどが真理から逸脱しているとしか思えません。
宗教家やその団体活動の目的は本来、諸聖人の示された神仏に基づく教えの真理を知らせる伝道と
いう愛行であったのです。そして伝道者自らが真理を体得して実践しつつ、慈悲の精神を他者に
移し植えることで、その人の精神を利己心から慈悲心に立て替えさせ、自発的に愛行へ目覚めて
人心を開発して救済することでしたが、一部には道を誤り矛盾もあります。
偽善的な宗教には民衆を幸福へ導くためだと称して、宗教家(教祖)の偉大さや権威を示そうと
必要以上に巨大で絢爛とか華麗な崇拝像や建造物を築いたり、人や金集めの大イベントを計画実行
したり、専任のセールストークに長けた巧妙な話術で真理に疎い人々の目を晦まして信者を獲得
したり、或いは信者を惑わしたりして、多額の奉納金を要求して教団の勢力を伸ばすこととか、
利益を追及しようと躍起になっている一部の団体もあり遺憾に思います。
目先のご利益を目的とした信心では神仏の世界へ心は通じないものです。
この件に関する出典の説明がHP↓にあります。ご参考に。
ttp://www.d7.dion.ne.jp/~tohmatsu/

229 :もぐもぐ名無しさん:03/08/12 02:24
『思い出に残る食事』の本
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901784226/qid%3D1059538268/sr%3D1-2/ref%3Dsr%5F1%5F0%5F2/249-6834488-6266730

230 :もぐもぐ名無しさん:03/08/12 02:31
マジに出たんだ。
前スレで冗談で出版予告した本人だけど、版権取れば良かった。

231 :もぐもぐ名無しさん:03/08/12 02:34
ここが出版社のサイト
http://basilico.co.jp/bangaichi/


232 :もぐもぐ名無しさん:03/08/13 18:48
ニュース板で激論中だね。

233 :もぐもぐ名無しさん:03/08/14 13:59
http://www.excite.co.jp/world/url/body/?wb_url

234 :もぐもぐ名無しさん:03/08/14 20:32
スレ違いかもしれんが・・・

中三の冬に母が逝ってしまった。
でも、何故か知らないけど全然涙が出なかった。
親父や婆ちゃんはわんわん泣いてたけど。

母が逝ってから初めてのクリスマス、俺はテレビ見ながら飯食ってた。
親父は飲み会で、兄は何度目かの家出で、独りで黙々と食ってた。
そうしているうちにボロボロ涙が出てきた。

去年までは豪華な食事が出て、でっかいケーキを家族で分け合って、
みんなつまらん事でゲラゲラ笑って。
もう二度と戻ってこねえんだなって思いながら泣いた。
親父はあんまり料理が上手くなかったけれど、精一杯作ってくれた豪勢な
料理がすごく有難かった。
飲み会が終わり、真っ赤な顔で帰宅した親父に「飯うまかったよ」と
言ったら、「そうか、そうか・・・」と、本当に嬉しそうに何度も頷いた。

それから俺は自分の部屋に戻り、また暫く泣いた。
二度と戻らないなら、もう一度作り上げればいい。
あれから十年近く経つけど、クリスマスの度にあのしょっぱかった
料理を思い出す。

親父が再婚するって話を聞いて、ふと思い出して書いてみた。
迷惑掛けまくってスマンね。これからは幸せに、長生きしてください。

235 :もぐもぐ名無しさん:03/08/14 22:56
↑またつくれる?わたしはあきらめた。
そんなの無理だよ。どうせ何かが破綻してたんだから。
思い出はごまかされてるはず。
偽りの喜びに酔いしれた思い出。でも現実はみなひとりってことさ。
心配すんな。孤独なのはあなただけじゃないしっさ。


236 :もぐもぐ名無しさん:03/08/14 22:57
>>234
漏れも6年前に母が急死しました。
そのときは涙出なかったんだけど、やっぱり後になってつらいんだよね。
漏れの母はクリスマスのときには必ず特製のビーフシチューを作ってくれて
漏れはそのビーフシチューが大好きだった。
それからずっとビーフシチューは口にしていない。
君は母がなくなってどれぐらい経つの?
あ、父ちゃんの再婚おめでとう!

237 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

238 :もぐもぐ名無しさん:03/08/14 23:05
小さい時、なぜか平日にたまたまおとうさんが映画を観に連れてってくれた。

おとうさんは、子供はマンガだったら何でも観ると思ったのか、それは私の全く興味の無い映画だった。
「なんか食うか?」と、ホットドッグを買ってくれた。
そして二人で観ていたが、映画も面白くなく、お腹も空いてなかったのでホットドッグもおいしくなかった。
つまらなさそうな私に気づいたのか、「つまらんかったら、帰る?」と聞かれ私は「うん」と言い、途中で席を立った。
ホットドッグも半分くらいしか食べてなかったのに捨ててしまった。

そのあと両親は離婚し、もうおとうさんに会う事もない。
映画に連れて行ってくれたのも、別れる事が決まっていたからだったのだろう。
なぜか遠慮がちで無口だった子供の頃の私。もっと「○○したい!」とおとうさんに甘えておけばよかった。

239 :山崎 渉:03/08/15 12:33
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

240 :234:03/08/15 15:15
>>236
ありがと、親父に伝えておくよ(w
俺の母親が死んだのは九年とちょっと前です。
今年の冬、十回目の命日を迎えます。

241 :もぐもぐ名無しさん:03/08/16 12:57
>234
うまく言えないけど、またあなたにとって幸せな時間がやってくるといいね。
お父様の再婚おめでとう!

242 :もぐもぐ名無しさん:03/08/16 13:45
重いスレになってるな。。。

243 :もぐもぐ名無しさん:03/08/16 22:41
234さん、あなたのお話を読んで、あたしゃもうマジで泣けて泣けて…。
みんなお母さんのことが好きやったんやね。お父さんもお兄さんもあなたもお幸せに。
私も家族を大切にするよ。

じゃ、私の話。
私が4歳のとき、母が入院しちゃったの。知人宅から救急車で運ばれてね。
でも私は小さいから何で母が倒れたのかわからず
お母さん子だったからすごく悲しくて心細くてしょんぼりしていたの。
その夜は近所に住んでた優しいおばちゃん(母の妹)とおばあちゃんが世話をしにきてくれた。
私は二つ年上の兄とトムとジェリーを見ながら好物の納豆ご飯を食べていた。
目はトムとジェリーを見ていても、心の中は『お母さんがいない…』とそればっかりで
鼻がツーンと痛くて。
強情っぱりで、泣くのを我慢してるから鼻水がのどにおりてきてしょっぱくて。
そしたらおばちゃんが「あれ、納豆ごはん好きじゃなかった?」というので
ウン、と小さくうなづくと兄が「こいつ、納豆お茶づけが好きなんだよ!」と口をはさんだので
食欲が無いにもかかわらず納豆ご飯にお茶をかけられ、仕方なくそれをすすりました…。
いつもは好きな納豆ごはんもお茶づけも、お母さんが一緒にいるからおいしかったんだな。

ま、結局母は食中毒だったらしくすぐ帰ってきたんですけどねw
母が父の入院に泊り込みで何ヶ月か付き添ってたときも
母が弟を産みに入院してたときも、お母さん子の私にはとてもつらかったなあ。
いまだに母子分離が出来てない気がするのはそのせい!?
しょっぱい涙味のごはんの記憶でした。


244 :もぐもぐ名無しさん:03/08/16 22:53
234さん、あなたのお話を読んで、あたしゃもうマジで泣けて泣けて…。
みんなお母さんのことが好きやったんやね。お父さんもお兄さんもあなたもお幸せに。
私も家族を大切にするよ。

じゃ、私の話。
私が4歳のとき、母が入院しちゃったの。知人宅から救急車で運ばれてね。
でも私は小さいから何で母が倒れたのかわからず
お母さん子だったからすごく悲しくて心細くてしょんぼりしていたの。
その夜は近所に住んでた優しいおばちゃん(母の妹)とおばあちゃんが世話をしにきてくれた。
私は二つ年上の兄とトムとジェリーを見ながら好物の納豆ご飯を食べていた。
目はトムとジェリーを見ていても、心の中は『お母さんがいない…』とそればっかりで
鼻がツーンと痛くて。
強情っぱりで、泣くのを我慢してるから鼻水がのどにおりてきてしょっぱくて。
そしたらおばちゃんが「あれ、納豆ごはん好きじゃなかった?」というので
ウン、と小さくうなづくと兄が「こいつ、納豆お茶づけが好きなんだよ!」と口をはさんだので
食欲が無いにもかかわらず納豆ご飯にお茶をかけられ、仕方なくそれをすすりました…。
いつもは好きな納豆ごはんもお茶づけも、お母さんが一緒にいるからおいしかったんだな。

ま、結局母は食中毒だったらしくすぐ帰ってきたんですけどねw
母が父の入院に泊り込みで何ヶ月か付き添ってたときも
母が弟を産みに入院してたときも、お母さん子の私にはとてもつらかったなあ。
いまだに母子分離が出来てない気がするのはそのせい!?
しょっぱい涙味のごはんの記憶でした。


245 :もぐもぐ名無しさん:03/08/16 23:42
あらやだ!二回も送っちゃった!ごめんなさい…

今、「思い出に残る食事」を読み返して涙を浮かべていますた。
今日は実家に帰ってきてます。
さっき母がウザくてじゃけんにした。そんな自分がイヤ。ゴメン。
もう父と母は二階で寝てる。
おわびに明日の夕飯は、私がなにかおいしいものこさえるよ。

246 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 01:14
俺の家族が事故で逝ってしまった。
これからどうやって生活しようとか思ってるうちに腹も減って心身ぼろぼろで
フラフラと何も考えずに川に飛び込んじまったっけ。
公衆の面前だったから直ぐに救出されたけど、その時助けてくれた親父。
ずぶ濡れの俺を店まで運んで着替えよこしてチャーハンご馳走してくれた。
ありがたくって涙が出たな。
その後も俺が高校卒業するまで面倒見てくれた親父とおばさんと美奈子姉。
まるで俺に実の家族みたいに優しく接してくれた。
高卒して大学出て今はもう一人で暮らして最愛の人とも暮らしてる。
親父もおばさんも死んじまったけど、あの時食べたチャーハンの味だけは忘れない。
天国で本当の俺の家族とも元気でやってくれよな、親父、おばさん・・・。

247 :234:03/08/17 01:29
思ったよりレスついたんでもうひとつ、大学行ってたとき鬱入ってた頃の話。

色々とあって、ヘコみまくってた時期があった。
電話線引っこ抜いて、カーテン締め切った薄暗いアパートの部屋で一日中過ごしてた。
大学の出席日数はボロボロで、進級できる見込みなんぞ毛の先ほども無かった。
誰にも会わず、ほとんど何も食わず、テレビばっかり見てた。

そんな生活を繰り返していたある日、親父が俺のアパートにやってきた。
ドアを開けると、見たことが無いくらい悲しい顔をした親父が立っていた。
電話がずっと不通で、心配して来たという。
「今更何しに来た!」と俺は口汚く罵った。
親父はただ悲しそうなを顔して、「すまんかったな、すまんかったな」と繰り返してた。

それから、俺と親父は六畳の狭い部屋で色んなことを話した。
高校の体育祭の時クラスで家族が来てなかったのは俺だけで、何だか情けなくなって教室で
一人で飯食ったこと。
母が死んで半年ぐらい、毎晩親父が仏壇の前で泣いてたこととか。
あと、↑のクリスマスの夜のこと。
時間が経つのも忘れてずーっと話してたよ。

で、夕方になってふと話が途切れたとき、今までの記憶が洪水みたいに一気に押し寄せてきて、
俺は畳に額を擦り付けて親父に頭を下げた。
「ごめんなさい、俺はクソだ」って。

248 :続き:03/08/17 01:29
ただ、甘ったれたガキだったんだと思う。
つまらん事でひねくれて、親父が与え続けてくれた優しさなんてちっとも見えなかった。

夕飯時になって、親父は寿司をとってくれた。
腹なんぞビタイチ減ってなかったけど、二人で向かい合ってもそもそ食った。
上寿司だったのに不味くて不味くて、まるで鉛食ってるみたいだった。

ふと気づくと、親父は泣きながら寿司を食ってた。
どうしたのかと聞くと、「不味い寿司だな」と笑って答えた。

>>235さんの言う通り、現実はみなひとりかもしれないし、思い出はごまかされているかもしれない。
でも俺はあの日、玄関の前に立つ親父の後ろに広がった空を今でもはっきりと覚えているよ。
思い出すだけで胸が痛くなるほど悲しい顔した親父の顔と、二週間振りに見た深く青く澄んだ空だった。
それは、暗く濁ったままの俺を力強く蹴飛ばしてくれたよ。

あれから少しだけ大人になって、いつか親父みたいに優しい人間になりたいと思ってる。
でも、今でも寿司は食えないな。

読み返してみると何だかネタっぽいな(w
ま、いいや。俺の大切な思い出だ。長文失礼。

249 :abc:03/08/17 02:39
写真集だよん☆☆☆☆☆☆
http://www.sexpixbox.com/pleasant/teen/index.html


250 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 02:58
「思い出に残る食事」の過去ログが読めないヨ〜〜

251 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 09:53
8歳の年の夏の日、母方の祖母のとこに、母親と二人で行った帰り道
俺はどういう理由でかは忘れたが、ぎゃんぎゃん泣いて、
駄々をこねまくっていた
母は懐柔策に出たのか、それとも俺の駄々があんまりひどいので、
歩行を進めることが物理的に不可能と判断したのか、
バス停のそばにあったお好み焼き屋さんに入った

鉄板を前にして座ってからも、俺の機嫌はずっと直らず、
母がいくら勧めてもひとくちも食わなかった
母は次に、かき氷を注文し、重ねて機嫌を直すよう促したが無駄だった
とうとう母はあきらめて、勝手にしろとケツをまくった
そんな雰囲気のまま店を出て、ものも言わずにバスに乗って、
俺達は帰ったんだろう

ちょっとした心配りや思いやりの欠如が、他人はもとより自分自身に、
人間の力では回復不可能なダメージを与える場合が、
世の中にはあるなと、俺が始終心のどこかで恐れるようになったのは、
同じ年の冬に急死した母の傍らで、
このお好み焼き屋での粗相をハゲシク後悔してからなんだと思う

252 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 11:27
突然母親が聞いたこともないような病気で入院することになった。
病状は思ったより深刻であることは分かったが
アフォな漏れには良く理解できんかったが
医者が「なんでも好きなものをさせて、好きなものを食べさせなさい」ってセリフが
遠からず母親の命が尽きるのだということは理解できた。
病室に戻り、何が食べたいかと聞いたら「バターロール」と答えた
親孝行なんぞ今までしたことがない漏れは
上等のバターロールを手に入れることが、唯一の使命であるかのように街へ出た。
既に日が暮れ、コンビニは開いてたが、コンビニのパンではダメだ。
取り合えず地元の高級ホテルへ向かい、事情を話しパンを分けてもらえないか交渉した
しかし「当ホテルではそういったことはしておりませんので」とか
「パンの販売はしていません」とか断られ続けた。
ここではダメだと思った漏れは東京へ向かうことにした
東京のホテルで一番最初に思いついたのが帝国ホテル。
すでに深夜になっていたので、一旦自宅へ電話し帝国ホテルへ向かうことを告げた

253 :つづき:03/08/17 11:42
閑散とした深夜のホテルのロビーに入り
事情を話し始めた途端に
「○○様ですね。支配人よりお預かりものがございます」と
ホテル従業員は言い、漏れに紙袋を渡してくれた。
中には手紙とバターロールが3つ。
手紙にはこうあった「ご家族からお電話をいただき、当ホテルのパンを
ご用意いたしました。ご事情お察し致します。
私が直接お渡しできればよいのですが、念のため預けておきますので
お納め下さい。このパンは夕食用に焼いたもので
時間が経っておりますのでお代は結構です。できれば朝食用の
焼き立てを召し上がっていただきたかったのですが。
ご病気のお母様には冷たいものは体に障りますので
トースターなどで暖めでお召し上がりください。
お母様が1日も早くご回復されるようお祈り申し上げます」
漏れは何度もお礼を言い、支配人宛ての簡単なお礼のメモを渡しホテルを後にした。
トースターを持って病院へついた時はすでに日が昇っていた


254 :つづき:03/08/17 11:50
病室で言われた通りパンを温めると
ふんわりとパンの香ばしいかおりが漂ってきた。
母親は時間をかけてそれを食べて
「こういう時は、こんなシンプルなパンがとてもおいしくってね」と笑った
父親に後から聞くと、このことがあるまでは母親がパンが好きであることを
知らなかったようだ。ゴハン党の父親に合わせて朝食はいつもゴハン。
本当はパンを食べたいと思っていたのに、我慢して合わせていた母親。
これが良かったのか分からないが、母親は医者も驚くような回復を見せ
なんと退院できることになった。
その後の経過も良好で、パン好きの母親は今日もうまそうにパンを食べている。

255 :カレー(消毒済):03/08/17 12:18

J( 'ー`)し >>251機嫌を直して。一緒にお好み焼きを食べよう?

(`Д)   うるさい死ね 話しかけんな殺すぞ

J( 'ー`)し ごめんね。おかあさんの分も食べていいから、ごめんね

(`Д)   うるさいくたばれ、話しかけんな

J( 'ー`)し カキ氷も頼んだよ。好きなもの食べていいからね

(`Д)   死ねくそ女

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
            o
__        ゚ 
 母 |
 の |
 墓 |  ∴  ('A`)カーチャン..........
──┐ ∀  << )


256 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 12:53
>>247
高校の体育祭に家族が来てくれないって...

257 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 14:26
今年の話なので、思い出…と言うほど古い話ではなくて申し訳ないのですが。

うちは現在、旦那、私、息子(H)の三人家族。
旦那は昼間働いているのですが、私は訳あって深夜勤務。なので
昼間は常に眠たい。普段なら息子が幼稚園に行ってる間に睡眠が取れるのだけど
夏休みになると昼間寝ているわけにもいかず、私は慢性寝不足気味でいつもイライラ。
朝もなかなか起きられず、息子の「お腹空いた〜。朝ご飯まだ〜?」の声に
不機嫌な顔で渋々起きる毎日。しっかり目が覚めた後はいつも後悔するのですが
つい先日も生理前のイライラと重なって、
「お母さんはあんたのために夜遅くまで働いてるんだから、もう少し寝かせてよ!」
と理不尽な怒りをぶつけてしまいました。(猛反省)
そんな自分を母親失格と責めて、自己嫌悪と寝不足と疲れにまみれヘトヘトになってたある日。
相変わらず、朝なかなか起きられない私の元へ息子がやってきて
「ママ、疲れた?お腹空いた?Hがご飯作ってあげるからね」と言って台所へ。
息子はまだ5歳(しかも不器用;)当然一人で火も包丁も使えるはずがなく、
「まさか」と思いながら、けだるい体を起こし台所へ行ってみると
そこには缶詰のコーンとツナをマヨネーズで和えた物が。
そこで私の脳裏によぎったのは、先日のランチにコーンとツナと野菜を使って作ってあげた
マカロニサラダを息子が美味しい美味しいと食べていた光景。
アレを再現しようと、自分で作って私に食べさせようとしてくれた息子。
疲れてる私のために一生懸命記憶を頼りに作ってくれた息子。
マヨネーズで汚れた手でスプーンを差し出し、「どうぞ」という息子を抱きしめて泣きました。

ごめんね、いつもイライラしてて…
ごめんね、理不尽なことで怒ったりして…
ごめんね、ごめんね…

まだ、つい最近の話ではありますが、
このツナとコーンのマヨネーズ和えが私の一生の思い出の味になることはきっと間違いないでしょう。

258 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 16:05
マジで重いスレになってしまったようだ・・・・・・

259 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 20:07
俺が小さかった頃、ばあちゃんはよくから揚げを作ってくれた。
うちのお袋は料理がうまく、何を作ってもうまいものができ上がるのだが、
から揚げだけはどんなにお袋が頑張ってもばあちゃんのが一番うまくって
よくお袋に
「から揚げだけはばあちゃんにかなわないね」
って言ってた。それを聞いたばあちゃんは嬉しそうに
「そうかね、いっぱい食べな」
って言って、俺にから揚げを食べさせてくれてたね。
じいちゃんもニコニコしながら俺の顔見て、一緒にご飯食べてた。

そんなじいちゃんも俺が中学の時に死んじゃって、
ばあちゃんも今は脳梗塞で倒れて以来病院ぐらし。
一度、まだちょっとだけばあちゃんが喋れる時にお袋と見舞い行って、
そんときお袋が
「○○○がお腹すいたって、から揚げ作ってよ」
って言った時は不覚にも泣いちゃったよ。
だってホントにばあちゃんのから揚げ食べたいんだよ。

もう食べれないってのはわかってるけど、もう一度食べれたらなぁって思う。
今は海外で生活してるから会いに行けないけど、
来年帰ったら真っ先に会いに行くからね。
それまで元気でいろよ、ばあちゃん。

文章力なくてごめんなさい。
これ打ちながら泣いちゃった。。。

260 :ぼるしち:03/08/17 20:52
俺とMは中学生の同級生。
昔はそんな話さなかったけど、ある日仕事絡みのひょんなことで再会した。
仕事の話もそこそこに綺麗になったMに思い切って「飲みに行かない?」って
誘ってみた。Mは快くOKし、その夜を境に俺たちは付き合い始めた。
そして1週間後、Mの誕生日に料理の好きな俺は腕をふるってイタ飯を作った。
Mは満面の笑みで「おいしい〜!」といってくれた。
Mは、「私ボルシチ作れるんだよ。今度時間があるときに作ってあげる」と
ボルシチを食べたことのない俺に約束した。
俺は「毎日お前の料理が食べたい」と真剣に求愛した。
そして俺たちは平成10年10月10日、晴れて夫婦になった。
結婚してしばらくで、俺の会社が大変なことになり、その他いろいろな
原因で俺たちは別居、平成13年10月10日正式に離婚した。

いまだにボルシチは食べたことがない。
多分一生 食べることがないだろう。

261 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 21:37
>>251
こんなこと言っても、なんの救いにもならないかもしれないけれど、
お母さんはきっと、そんなあなたも可愛くていとしかったと思うよ
それだって、お母さんにとってはいとしい思い出だと思うよ
余計なことだったらごめんね

262 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 21:54
a

263 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 22:07
家族ではないんだけど家族同様にしていた親友がいたんだよね。
奴は18で死んじゃったんだけど、毎日うちで夕飯食べてた。
奴のうちは母子家庭で、ママがすっごく綺麗で憧れてたけど、やっぱ食事は
おろそかだったらしく、うちの粗末な食事でもうれしそうに食ってた。
たまに奴の家に遊びに行くと決まって「ラ王」(生メンのカップラーメンね)を食ってた。
それがすごくうまくてねぇ・・・。
普通の家庭だとあんまりカップラーメンって夕飯には出ないでしょ?
だからなんか大人になった気分で楽しかったな。
奴が死んだって聞いて、人生って残酷だなって初めて思った。
前の日までうちで夕飯食ってたのに。
高校卒業して、やっと自分が稼いだ金で遊べるねって話してた矢先の事だったし。
自分は今でもインスタントラーメン食えない。
奴と一緒じゃなきゃ全然おいしくないって気づいたから。
確かに手軽なんで食べてみようと思った事何回もあるけど、まずいんだよね。
やっぱ、奴と一緒に食べなきゃおいしくないよ。

もう10年たつけど、あの世で元気にやってるかな?

264 :もぐもぐ名無しさん:03/08/17 23:38
俺の母さんは料理が下手クソ。味付けや、汁と具のバランスなどにセンスがない。
味噌汁が懐かしいなんて思った事はなく、不味くて嫌いだった。
けど、唐揚げとおはぎは絶品だった。
運動会はお弁当の唐揚げが楽しみで、
お彼岸の日は朝からおはぎだったが、甘いの嫌いな俺が幾つも頬張ってた。
今、母さんは鬱病になって味覚が狂い益々味が変に。
帰省するたびに唐揚げやおはぎを作ってくれるが、もう全然美味しくない。
その不味い唐揚げとおはぎを、やはり頬張ってしまう。
口に入れるたびに思い出だけが頭に浮かんでくる。

265 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 02:14
>>252
帝国ホテル、すげー。感動した。結婚式はそこで挙げることにした。
それと、おかあさん元気になってよかったね。

266 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 03:17
みんなの感動した・・・私のも書いてみる。文下手だけどごめん。
 私はこの春高校を卒業した。
中学校から高校までの6年間一貫教育だったから、
6年間共に過ごした友達ともお別れだった。
私には中1の時からずっと仲のよかった子が3人いて、
6年間の学校生活で、辛い時も、楽しいときも、いつも誰かが私の傍にいてくれた。
8時半になると登校して、笑ったり、愚痴いったりしながら3時になると学校から下校する、
そんな生活が一生続くのだと、卒業式の前日まで、心のどこかで信じていた。
卒業式当日。
涙は出なかった。友達は、いつも通り楽しそうに私に笑いかけて来てくれた。
私も、いつも通り他愛もないことで大騒ぎして笑っていた。

他人ごとのように卒業式も終わり、謝恩会も終わっていった。
謝恩会の会場のホテルから出てきたら、きれいな夕焼けになっていた。
私達4人は、なにかでまた笑いながら、仲良く坂道を並んで歩いていた。
4人は春から、それぞれ違う大学に行くことがきまっていて、
4人で、この制服を着てそろって歩くのはこれが最後っていうことが、そのころからどんどん私の心に沁みてきて、
笑いながら私は泣いてしまった。
その時、1人の友達が、めそめそ泣いている私に渡してくれたのが、クッキー。
「卒業祝いに、焼いたの」
といいながら、3人に笑って渡してくれた。
坂の途中で皆でもそもそ食べたあのクッキー、甘くてどんな料理よりもおいしかった。
坂からはきれいな夕焼けと、夜に沈もうとする東京の街が見えていた。
私達がそうしているころ、会場の近くのアメリカ大使館ではイラク戦のために緊張状態が続いていたし、
会場のあったホテルの上層階では、一人の社長が人生に失望して自殺してた。
だけど、あのころの私達は、そんな暗い世の中とは全く無縁だった。

友達の差し出してくれたクッキーと、その背後の夕焼け、4人で歩いた坂道。
クッキーを食べると、必ず思い出す。

267 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 03:18
家族の話じゃなくてごめんね。
でも、書いてみたかったの。



268 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 04:46
ちょうど家族に対して素直になれない、軽い反抗期のころだった。
中学三年の夏、修学旅行。気恥ずかしかったけど、なにかお土産をと思って、それなりに悩んで、
鹿を型どったしかせんべいを買って、おじいちゃんとおばあちゃんにあげた。
翌日、京都から同世代のいとこが三人やってきて、そのもてなしの席で、おばあちゃんはわたしのあげたお土産のしかせんべいを出した。
しかせんべいは食べ盛りのいとこたちが全部平らげてしまった。
いとこが帰ったあと、わたしはおばあちゃんに怒鳴った。
少ない小遣いで買ったものを、全部あげてしまうとは何事だというようなことをまくし立てて、部屋にこもって、悔しくて一人で泣いた。
部屋から出てこない私に、おばあちゃんは泣きながら謝りにきて、ごめんね、お金なら返すからと、しわくちゃの千円札をわたしに手渡した。
お金なんか要らないと怒鳴って、わたしはまた大泣きした。おばあちゃんも困惑して泣いていた。
お金が欲しかったんじゃない。あのせんべいはおじいちゃんやおばあちゃんに食べて欲しかっただけなのに…。

おばあちゃんが亡くなってもう四年になる。
ごめんね、悪かったね、お金なら返すからねと泣いて謝ったおばあちゃんの顔が忘れられない。
あの時、意地を張って、素直にせんべいはおばあちゃんたちに食べて貰いたかったんだよと言えなかったことが心残りだ。
天国に行ったら、あの時のことをちゃんと謝るから、それまでおじいちゃんとしかせんべいでも食べながらゆっくりしててよ、おばあちゃん。

269 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 05:05
>>268
あなたのおばあちゃんは、あなたと同じくらい、いとこのことを愛していたんだね。
おばあちゃんは、あなたがおばあちゃんとおじいちゃんに食べて欲しかった
ってことは、もう分かっていたんだよ。

あなたはいつまでも優しい心をもっていて下さい。

270 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 05:44
私が小さいとき、母は時折、子供の目にも病的に映るほど、
深くふさぎこんで、何をするのも億劫という風になることがありました
そんなときは家事一切が滞り、それがもとの夫婦喧嘩も度々あったようです
食事も当然、言葉は悪いですが手抜きになり、私たちも、
おかずの内容で、あ、今、母ちゃん調子悪いんね、ってのが分かってきます

例えば、「焼き豚」
お肉屋さんで買ってくる、包み紙で三つ折りに包んだ、アレ
断面に、緑の勝った虹模様のような艶が浮き出た、
焦げ目がちょっと固めで黒い、
独特の弾力とコシ、歯ごたえがあった、アレ
特製のタレの袋が、重ねたスライスのてっぺんに乗ってる、アレ

母の調子が最悪の場合、お皿に盛る気力さえ湧かないのでしょう
この紙の包みのまま、食べます。この際、問題のタレは、従って、
垂れてしまって使えないので、代わりにマヨネーズです

もちろん私はそんな母を、また手抜きしてなどと思ったことはありません
どんなに貧相に見える食事でも、母と一緒に食べさえすればよかったのです
たとえ紙包みのままであっても、あのお肉屋さんの焼き豚は、
間違いなく、私の大好物のひとつでした
ただ私は、母が元気がなさそうに見えるのがとても心配でした


そんな母は、しばらくして、自ら命を絶ってしまいました

私は今も、マヨネーズをかけた焼き豚が大好きです

271 :251:03/08/18 06:08
>>255
乙カレー様

>>261
俺もそう思うよ、ありがと

>>266
また新しい仲間がたくさんできても、
そんな友達はいつまでも大事にしたいね

272 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 15:15
家で食う飯はきらい。おとんが口うるさいから自然と時間ずらせて一人
で食うようになって、そのうち家で食うこと自体苦痛になって休みの日
は外出してラーメン食ったりバーガー食ったり。
最近は夕飯がいやで帰宅拒否症候群気味。

273 :もぐもぐ名無しさん:03/08/18 16:50
リア厨の漏れは吹奏楽部に所属していた
音楽部であっても県大会の常連校で練習は厳しかった
毎日5h以上は練習の毎日。休みは年に7日あるか無いか。
なので退部者も多かった。
でも漏れは楽しかった。やれば結果が出るし
実力があれば先輩より良いパートを貰えた。

中学の部活と言うのは顧問がいかに力をもって
生徒を引っ張る能力に長けているかで左右する。
だが、それだけ強引だという諸刃の剣で、あまり好かれている顧問ではなかった。
漏れが3年の時のコンクールで退部せずに残った3年は5人だけ。
我が校の歴史上、初めて県大会以上へ進める可能性が最も高く
誰もが結果が気になったが、移動時間の関係上1・2年だけは
結果を聞かず先に帰り、3年と顧問だけが残ることになった。
…結果はダメだった。最後の大会だったが県代表にはならなかった。
免許を取ったばかりの顧問の軽自動車に5人寿司詰めで乗り
自分達に何が足りなかったのだろうと帰り道話していた。
日がとっぷり暮れた車内で顧問が「おまえら肉好きか」と言うので
「脂身はちょっとー」とか冗談交じりに話していたら
車はステーキハウスへ入っていった。
「好きな物を頼め」と言われたものの、こういう場所に慣れてないので
殆ど「右に同じ」状態で注文した。
先生が生徒におごる。しかもステーキ。これは我々にとって異常事態なのだ。
支払いの時に万札が出てきた時、当時の価値観の中学生には驚愕だった。

熱血漢でベートーベンを愛し、音符も読めない中学生を
陰で悪口を言われているの知りながら指導していた先生。
私に音楽の才能があると、見初めてくれたのは先生だった。
ステーキハウスはまだあるが、先生はもう連絡がつかなくなってしまった。
今どうしているだろう。とこかでタクトを振ってるのだろうか。

274 :もぐもぐ名無しさん:03/08/19 01:02
ボーイスカウトの下っ端の頃は先輩も怖くて、キャンプなんか行くと必ず
こき使われた。小学生の頃はそういった上下関係に慣れていなかったから
結構辛かったな。

夜の暗い河原で、冷たい水に手をかじかませながら皿洗いなんぞをやって
いると、明るい部屋でテレビを見ながら楽しく食事をしているだろう親や
兄弟を想像してキャンプに来たことを後悔して泣いたこともある。

家族の団らんのありがたみをそうやって自覚した。親の作る料理はとくに
これが旨い、というものはすぐには思いつかないけど、いつも安心できる味
だったんだ。

275 :もぐもぐ名無しさん:03/08/19 01:50
うちのママンのご飯は、まずいんだなぁ。
彼女の辞書には「下味をつける」とか「炒める順番」
なんて言葉はないらしい。

レス読みつつ思ったのですが、
両親の仲が悪かったり、家族の仲が悪かったりすると、
食事も恐ろしいものになる傾向がある気がします。
うちなんて典型的なそのパターンですな。

両親の不仲に子供がどんなに嫌な思いをするのか、
よ〜くわかってるはずなのに、既婚男と不倫中…
子供いないからなんて、言い訳にならない。
スレ違いな愚痴ですね、失礼しました。

276 :もぐもぐ名無しさん:03/08/19 02:34
>272 自分がカキコしたのかと思った! 
   
  家の父は口うるさいというか、思った事が口からたれながし状態です。
  聞き分けの言いフリして
  実は何にも聞いていなくて
  思いこみで家族のことを見下したり卑下したり馬鹿呼ばわりするので
  とてつもなく不愉快です。
  何か用を思いつくと、3歩歩けば、スイッチを押せば、よい簡単なことでも
  母を呼びつけ「すぐに」やる事を強要します。
  父が家族の反対を押してはじめた自営業ですが、父は出掛け癖(友人宅で営業しているつもりらしいです)があり、
  店は母が独りでやってます。
  私は以前摂食障害になったことがあるせいか、ストレス等での体調不良を
  すべて飯を食っていないからだ、と決め付けています。父よりも食べるのに。    
  だらしないしゃべり方や、程度が高いとか知能が低いとか、そのような価値観の垂れ流しを聞きたくないので
  顔をつきあわせての食事はほとんどしません。
  近所に遅くまで開いている喫茶店があってほんと大助かりしてます

  スミマセン、スレ違いになりました

277 :54:03/08/19 12:50
これうまい!!
http://www.net1.nus.ne.jp/~s-tomo/index_2.html


278 :とんこつ:03/08/20 02:26
今年の夏、田舎に帰った。
翌日、朝一の飛行機で帰る前夜、
学校の同級生と飲んでて、帰宅したのは午前3時。
家を出発するのにあと1時間しかない。
親父は眠らずに俺の帰りを待っててくれて、
地元のおいしい持ち帰りうどんを
『すぐ出来るから食っていかんか』
といって作ってくれた。
麺は延びてたけど、
今までで一番おいしいうどんだった。

ありがとう、親父。

279 :もぐもぐ名無しさん:03/08/20 02:32
>>278
親不孝者め。
でも、若いときはそんなものだ。


280 :もぐもぐ名無しさん:03/08/20 15:47
レストランで離婚間際の両親との最後の食事。その直後に両親は離婚。原因は母親の不倫。
幼かった弟を栄養失調にまで追い込んだ母親を俺は今も許せないでいる。
そして、あんなに不味かった飯は10年以上経った今も味わった事は無い。

281 :もぐもぐ名無しさん:03/08/21 12:11
うちは両親と漏れの3人家族
親は物心ついたころから不仲で夫婦喧嘩は月一回以上必ずあった。
時には包丁が出て来たり、夜逃げのように母親に連れられ実家へ行くこともあった

ある日、毎度のように喧嘩が始まった。
母親は漏れに夕飯のカレーを盛りテーブルへ出した。
食べ始める漏れ。それを睨みつけるように見つめる父親
父親は「うまいか」と漏れに問う。
「まずい」と言えば、それを理由にまた母親を責めて喧嘩が始まるだろうと
子供心に推測し考えて「うまい」と言った
「こんな状態の中で食うメシがお前はうまいのか」と父親は言い
漏れはそれ以上カレーを食うことができなかった。
恐らく、何と答えても難癖を付けられたのだと思う。

兄弟もいない漏れは逃げ場がどこにもなかった
星一徹のように、ちゃぶ台をひっくり返す父親
醤油のしみがこびりつた壁
喧嘩の理由は母親にも非がある。しかし父親は暴れ過ぎ。
DQN親にはさっさと離婚して欲しかった。
平和な普通の家庭の食卓がうちには無かった。

282 :もぐもぐ名無しさん:03/08/21 16:31
俺が腸の病気で入院中に食事制限を受けてた頃、
歳の離れた姉に駄々をこねて内緒で作ってきてもらった肉じゃが。
仕事一筋で料理なんてロクに出来ない姉が本当に作ってくれるとは思わなくて、
照れくさそうに「おいしい?」なんて聞く姉がちょっと可愛く見えたりして。

あの時は「腹減ってる時はなに食っても美味いなぁ」って言って怒らせちゃったけど、
本当においしかったよ。ありがとう。

283 :もぐもぐ名無しさん:03/08/22 16:27
>>281-282
泣かせる話だなあ、おい。(泣

284 :もぐもぐ名無しさん:03/08/23 04:13
私、小学生で病気にかかりました。
長期入院の末に食事制限が厳しくなり、食べられない物ばっかりになったけど
学校があるから一応退院する事になりました。
退院当日に父が「これからは家族で食事も考えて頑張っていこう」と言ってくれたけど
病気になる前と変わらぬ食事と、それを目の前で普通に食べる家族を見て、寂しかったな。
私は食べたらいけなかったから、一緒に頑張ろうって言ったのに…お母さんも何で私が
食べたらいけない物ばかり作るんだろう…みんなと食べると自分だけ食べられないのってみじめだな…
そんな気持ちがごっちゃになって、泣きながら本屋さんに行って食品成分表、という本を買ってきて
自分が食べていい物をノートに書きだして、一人分作り、家族とは違う時間帯に食べていました。

自営業だから、両親忙しいし、家族も多いし、病気になったんだから仕方ないと思っても
ずっと寂しくて、目の前で家族が食べてるお菓子も料理も、手が届くのに食べられなくて、食品成分表を
見ながら、いつか元気になったらグラタンを作ろうと決めたりとか、カロリーが表示されてるページのケーキの
写真に好きな順位を付けてみたり、ファミレスのメニューをノートに書いたりしてました。

10年位前の事でも変な所を細かく覚えているものですね。

285 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 11:31
思い出に残る食事…注文してしまった。
賠償金のたしにでもしてくれ>ひろゆき

286 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 16:27
うちはおかんが料理下手で食卓の雰囲気悪いから一緒にご飯食べな
いでできるだけ外食してる。
さらに今の彼女は料理なんか全くしない。のみにいってもほとんど
つまみを食わずに酒ばっかり飲んで、「あたし確実にあんたより先
に死ぬからね」と言う。漏れにはもう一生暖かい家庭の夕飯は来な
いかも知れない・・・

287 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 16:51
湯気の立ち上がる炊きたてホカホカご飯の上に、さっき庭で掘り出したシマミミズと
青黒く光る山ミミズを乗せる。熱さのためか飯の上で黄色い粘液を出しながらのたうち
回っている。思わず涎が垂れそうになり、慌てて湧き上がってくる食欲を抑える。
その10匹程の元気な食材の上に、台所のゴミ箱の底に溜まっていた「汁」をかける。
やっぱりこのエキスが無いと味が引き立たない。腐った野菜や残飯が程よく発酵して、
さらに台所の湿気で緑っぽいドロッとしたエキスが出来上がるのだ。
さて、汁をかけるとミミズ達は飯の熱もあってかぐったりしてくる。3分ほど待つと、
再びミミズはネチャネチャと音を立てながら嬉しそうに動き回る。何故こうなるかは
よく分からないが、とにかくこの時食うのが一番旨いのだ。・・・涎が溢れそうだ。
箸を持ち、一気に掻き込む! 
旨い!!ミミズが口の中で踊り、噛むと「ぐぢゅ」と粘液か何かを出して潰れる。
その粘液があつあつのご飯に絡み合うとことのほか旨い。ゴミ箱の汁がまたいい味を
出している。甘いような、かすかな辛さがあるような、えも言われぬ味がするのだ。
じゅるじゅるっと3分の2程味わうと、次は茶碗に淹れたての煎茶を回す様にかける。
残り3匹くらいになったミミズは、約85℃の茶であっという間に白く固まる。
そしてまた一気に掻き込む!ズルズルズルズルッっと口の中に流し込むと、ミミズの
ダシが程よく出て、昇天しそうなほどの旨味が口いっぱいに広がる。スープが口中の
粘液を洗い流してくれ、気分爽快だ。茹で上がったミミズを噛みしめると、また違った
歯触りが楽しめる。うどんのようにツルッと頂いてもこれまた旨い旨い!
あぁ、、書き出すときりがない。「うまい」を形にするとこうなるのだろうか。。。

288 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 16:59
>>286
何よりも料理が重要だと思うなら、早いトコ別れて料理好きな女を捜せ。
言っとくけど自分で作ってふるまうっつー選択もあるんだが。

289 :286:03/08/24 17:13
>>288
別れられりゃそれが一番手っ取り早いんだけど、なかなかねえ。
しょうがねえから自分で作ります。

290 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 20:44
そんな家畜女とはさっさと別れろ

291 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 21:31
>286
くだらない事でも仲良くお喋りしながら一緒に呑める相手がいると言うのは幸せな事だよ。
たとえ温かいご飯でも、冷え切った家族関係のなか黙々と食べるのはどれほど辛いものか。


292 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 22:52
田舎の母は、鳥の空揚げ作るときに衣に凄い量のショウガを使ってます。(健在です...)
俺にとってはそれだけ食えれば田舎に帰って気がするのですが、たまに帰ると(なんとか1年のうち
一回は帰ってるけど)嬉しいのか、寿司とか出前物取るんです... このスレ見て思いました..
「かあちゃん!私が食べたい物は、かあちゃんの鳥の唐揚げなのだ!」と今度言おう。正月になるな。

293 :もぐもぐ名無しさん:03/08/24 23:00
http://web.quipo.it/monika2001/xxx/


294 :286:03/08/25 00:12
>>292
って、正月かい!
漏れなんて家に帰って食いたいなんてものが存在しないから、
ちょっぴりうらやますい。ってか、わかんないけど。
でももうちょっと頻繁に帰ってあげたらおかんは喜ぶよたぶん。
色々事情があって帰るのは大変なんだろうけどね。
漏れは何が食べたいんだろう?謎だ。

295 :1/2:03/08/25 02:06
俺は末っ子なので、いつも家族の難しい話からは外されてた。
高校卒業の頃やっと教えて貰ったんだけど、俺が子供の頃から、
母親は医者からガンだと告知されてたらしい。様々な病院に
行き、色々な治療をして、なんとか療法みたいな胡散臭いもの
にまで手を出し、最終的には自然食やら漢方薬やらで、できる
だけ良い体調を維持する道を選んだ。俺は、うちの母親って
健康食とか好きだよなー、程度にしか思っていなかった。

俺が大学に入ってひとり暮らしを始めた春、もう10年以上前の話。
母親が風邪で寝てるなんて話は聞いていたけど、新しい生活が
始まったばかりで忙しかったし、お大事に、と電話で言う程度で、
実家には帰らなかった。でもある日、実家の姉から電話が掛かって
きた。「母さんもう駄目かも」って。泣きながら。そこまで悪い
とは全く知らなかったから、焦ってその日のうちに帰省した。

で、実家。母親はもう数日まともな食事を取っていなかった
らしく、小さく痩せていた。大学で忙しい俺があまり心配しない
ように、家族はぎりぎりまで俺に黙っていたらしい。
いつもは気丈な母親が、俺の顔を見るやいなや
「ハンペンのお吸い物が飲みたい」なんて珍しくわがままを言った。

296 :2/2:03/08/25 02:06
前述の通り、母親は食事に異常に気を使う人だったので、まず
うちでは「だしの素」厳禁で、俺、別に料理は得意じゃないん
だけど、出汁の取り方は教わってたのね。だから習った通り
カツオと昆布で出汁とって、そこにハンペン入れて、三つ葉とか
無いから、塩だか醤油だかだけ入れて、ただそれだけの吸い物を作った。

それを一口すすった母は「ハンペンは出汁が出るから、わざわざ
カツオ昆布で出汁を取らなくてもいいんだよ」なんて言いながら
全部きれいに食べてくれた。俺はただ心配で、「いいからどんどん
食えよ」なんて半泣きで答えて。いま考えると、あれはかなり味が
濃かったんじゃないかな。

母はその夜、亡くなった。
最後の食事は俺の下手くそなハンペンの吸い物だった。

ハンペンを食べるといまだに涙が出そうになってくる(特に居酒屋
で飲んでる時w)けど、家庭を持った今でも、自分が料理する時は
昆布と鰹節から出汁を取ってる。

いつか子供が生まれたら、我が家の出汁の味を伝授するつもりだ。

長文スマソ。

297 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 05:17
両親が離婚して母親と別離する前の日に食べた夕食
ごはん、味噌汁、豚の生姜焼き、ちょっとした刺身、漬物etc
ごくフツーの晩御飯だったような気がするけど、なんかこみ上げてくるものがあった。
殺伐とした雰囲気ではなかったけど、和気あいあいという感じでもなく、会話もぎこちなく聞こえる…
その雰囲気が嫌だったので、テレビをつけて紛らわした。その時やってた番組は「クイズ年の差なんて」だったと思う。
両親は時々テレビに対して茶々を入れたりしてたが、「明日からはもうこういう光景も見られなくなるのか」
と思うと悲しくなり、同時に今までの家族との出来事が走馬灯のように頭をかけめぐった。
ご飯が喉を通らない。でも、子供心に自分の心の内を悟られたくなかったので、
半ば吐きそうになりながらも残りのご飯をむりやり口に放り込んだ。
気持ち悪くなりながら部屋へ戻り、泣いた。

次の日、夜が明けきらない早朝、まだ自分がベッドで寝ていたとき、
母親がベッドの側にきて自分の頭を軽く叩いたり、なでたり、色々触ってきた。
それで目が覚めてボーっとしてる時、まるで友達と言葉を交わすかのように母親が一言
「じゃあねばいばい」と言って部屋を出て行った。あっけらかんとしてた。
朝、起きた時にはもう母親は居なかった。 
母親は東京を離れた。

298 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 08:32
>>297
かあちゃんとはもうあってないの?それ以来。
このまま終わりだったらむごいよな。それとも、
そんなものなのかな。母性なんて。ベタベタしてくれたって
さっと場合によっては簡単に切り離すのが親だとおもう。

299 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 10:51
>298
家庭にはそれぞれ事情があるんだよ
297の親がどういう理由で離婚したのかわからないが
親権が父親にあるとなった以上、母親には2度と会わせないとか
約束を取り交わす場合も少なくないんだよ。
我が子に2度と会えなくて、辛くない母親は居ない。
稀に鬼畜のような母親もいるが、前日のアットホームな雰囲気からしてそれは無いだろう。
泣きたかったのは297の母親も同じはず
それを堪えに堪えて明るく、別れを予感させないように振舞っていた
まるで買い物にでも出かけるように出ていきたくたって
後ろ髪引かれる思いで子供の頭を撫でたんだろうよ。

300 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 13:14
漏れの知り合いの同棲相手は、ある日の夕方醤油を買ってくると出たままもう
5年以上戻ってきていない。

301 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 13:42
そら10年待っても戻ってこない罠

302 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 14:12
中二に上がるちょっと前ぐらいに、家族で浜松にイチゴ狩りに行った。
ビニールハウスの中は、4月とは思えん程の暑さとイチゴの香りで
ムンムンしてたけど、みんなでわいわい言いながら楽しく食べた。
すごい甘くておいしかったなぁ・・・。

家は遠出とかあんまりしない方なんで、こういうのは思い出深いです。
まだリア厨だからムリだけど、働けるようになったらみんなを連れてって
あげたい・・・。

303 :もぐもぐ名無しさん:03/08/25 22:49
ここが本スレであることを知らず、別スレに書いちまった文なんですが、
改めて投稿しなおします。

中学1〜2年の冬。私は珍しく風邪をひいて、38度くらい熱を出しておりますた。
普段意地っ張りな私も、病気になると結構心細くなるもんで……熱も出てるんだし
小学校低学年の時のように母が看病してくれるだろうと、その時、口には
出さずとも期待してたんですが、それは見事に裏切られ……
一人で医者に行き、帰ってきた頃には家族はとっくにご飯を食べ終えていて、
食卓に残されていた私の分のご飯(白米と味噌汁)を、一人でもそもそと食いますた。
なんか寂しくて、風邪ひいてる所為もあったんだろうけど、全然味がしなくて美味しくなかった。

別にたいした事じゃないんだけど、ミョーに鮮明に覚えてたもんで。

304 :もぐもぐ名無しさん:03/08/26 05:02
age

305 :もぐもぐ名無しさん:03/08/26 05:04
誤爆ッス。

306 :もぐもぐ名無しさん:03/08/26 16:01
母は弟を産んだあと体を壊し、半年ぐらい入院していた。
私は2歳で、当然のことながら誰か昼間世話をする者が必要で
田舎から祖母が上京し、私の面倒と家事、生まれたばかりの弟の面倒を見てくれていた。

その頃の記憶はあまりないんだけど、一つだけ鮮明に覚えている。
祖母に作って欲しいとねだったときの事を。
母がよく作ってくれたキャベツの味噌汁が飲みたかったのだ。
しかし、2歳の私はキャベツの味噌汁だという事を祖母に旨く伝えられずに
葉っぱが入ってるお味噌汁が飲みたいんだと頑強に言い張った。
葉っぱとは何の事かわからず、困った祖母が作ってくれたのは
白菜の入った味噌汁だった。
「これじゃない、こんなヘンな葉っぱじゃない!」
キャベツのあま〜い味噌汁=母の味だったんだろう。
味噌汁の中の白菜を見たとき、母だったらちゃんとわかってくれるのに、
ワンワン泣いて祖母を困らせた。

今祖母は他界し、母はそのときの祖母の年齢を越え寝たきりに。
わたしの作った味噌汁を少しづつ飲ませながら、思い出す。
甘くなかった白菜の味噌汁の味。

307 :もぐもぐ名無しさん:03/08/27 01:06
家族との食事って辛い思い出しかないなぁ。
母と仲が悪かった私は食事の度に母に「あんたは弟と比べて成績が
悪いからおかずを食べちゃだめ。」とか「あんたの味噌汁にトリカブト
入れといたから、それ飲んだら死ぬよW」とか言われた。
 母の作った料理がいつの間にか口にできなくなってた。
小学校高学年ぐらいから自炊してたよ。家族が帰ってくる前に
ぱぱぱって作って、ぱぱぱって食べて、片付けて部屋に篭るって感じだった。
今は母とも仲直りしているけど、独りでごはん食べる癖は直らないでいる。
たまに家族と外食すると、いたたまれない気持ちになる。

308 :もぐもぐ名無しさん:03/08/27 03:58
【支那】仙台ロリコン強姦魔は中国人の息子
http://tmp.2ch.net/asia/kako/1019/10191/1019114672.html

ソースは今日発売の新潮45・5月号。
該当記事によると、先日無期懲役判決を受けた鬼畜ロリコンレイプ魔・
高山正樹(26)の親父がなんと中国人だとのこと。またか、という感じ。
手口を見たときになんか引っかかるものがあったんだが…
おそらく高山は「南京大屠殺30万人の復讐」とかいいながら
日本のいたいけな幼い子供をレイプしていったんでしょう。
犯罪者の巣くつ・中国はどうしようもないね。

ソース 『新潮45 2002年5月号』
http://www.shinchosha.co.jp/shincho45/200205.html
無期懲役では軽すぎる――
仙台幼女100人連続レイプ犯の「非道」
……深井一誠
その25歳の無職男は、己の歪んだ欲望の命ずるがままに、
泣き叫ぶ幼女を襲い続けた……。鬼畜にも劣る所業の全て。


309 :もぐもぐ名無しさん:03/08/27 23:26
月に2度しか家に来ない父。来たときはいつもおいしいお土産があったり
子供が入っちゃいけないんじゃないかと思うような料亭や高級料理の店に
つれてってくれた。
その中で鮮明に心に残っているのは、毎年クリスマスイブに買ってきてく
れたデコレーションアイス。近所へのおすそ分けもあわせて10個以上
持ってきて、家族で近所に配った後、熱くしたコタツに入って家族で取り
分けたアイスを食べた。それは、それまでに食べたどんなアイスよりおい
しかった。毎年買ってきてくれたけど、食べるたびに一番おいしいアイス
だった。

310 :もぐもぐ名無しさん:03/08/28 00:19
小学校の頃、家族で旅行に行って旅館にとまった。
そういう所によくある造りつけの冷蔵庫にポカリスエットが入ってて(もちろん有料)、
朝、起きて妙に咽が乾いてた私と父が一本を分けて飲もうと言う事になった。

…先に飲ませてもらった私は、乾きのあまり勢いでほとんど飲み干してしまった。
多分、父に渡した時には一口くらいしか残ってなかったのが、重さで分かった。
父は何も言わずに残りを飲んでいたが、今でもその気まずさを思い出す事がある。
もう20年も前の事なのに。

311 :もぐもぐ名無しさん:03/08/28 00:42
うちは駄菓子屋だったため、
手作りのおやつというものを味わったことがほとんどない。
しかし一度だけ、
私が熱を出して学校を休んでいた時、
お菓子など作ったことのなかった母が、ワッフルを焼いてくれた。
カスタードクリームも手作りして。
あの時の味は忘れられない。

大人になってから聞いたら、
「ああ、あの時、お父さんの反対押し切ってオーブン買ったから、
役に立つのよ〜ってアピールしてみただけ」
と言い切られた。
ちょっと切なかった……

312 :もぐもぐ名無しさん:03/08/28 04:06
私が幼い頃に両親が離婚して、今は母親と2人暮らし。
母が1週間に1度取れる休みの日だった。
しかしその日は高校見学で、午前中は高校に、
そして午後は友人と突然決めた遊びの約束。帰りは7時頃になった。

テーブルには冷めた野菜炒めがあって、母はそれに口をつけず、私の帰りを待っていてくれた。
普段仕事のある日は朝と夜しか顔を合わせる事が無いので、
休みの日はできるだけ一緒にいようと決意した矢先、母に少なからずも寂しい思いをさせてしまった。
2人でその野菜炒め、ご飯、味噌汁を食べながら
その日にあった出来事を話していると、泣きそうになってしまった。
我慢して我慢して、必死に涙を堪え、面白おかしく喋った。

夕飯を食べ終えた後も、いつもの自分でいることができた。
自分が泣いている姿を母に見せずに済んだ。
つい最近の、よくあることだけど
一生忘れないと思える、冷たいけど美味しい野菜炒めだった。

私立の高校に行きたいなんてわがまま言ってごめんね、今までも散々わがまま言ってきたのに。
大人になったらいっぱい働いて、絶対親孝行するから。

これ打ってる途中で泣いてしまった。長文失礼致しました

313 :もぐもぐ名無しさん:03/08/29 01:02
母親から聞いた話なんだけど、母親の祖母(つまり俺の曾婆ちゃん)は
亡くなる前夜に大好物のお汁粉を「おいしい、おいしい」と言って腹一杯
食べてから布団に入り、朝になっても起きてこないので家族が様子を見に行ったら
亡くなってたそうだ。
このスレの主旨からは少しずれるかもしれないが俺もこんな死に方をしたいと思ったよ。

314 :もぐもぐ名無しさん:03/08/29 07:04
大きな喜びは寿命を縮めて、極限の苦しみや恐怖は生命力を高めるから
ジェットコースターは免疫力を高めるってどこかの医学博士が言ってたね。
たぶんばあちゃんにとってお汁粉はとっても幸せな味だったんでしょ。

315 :もぐもぐ名無しさん:03/08/29 11:49
>>308
ほんとだね。いつも中国人、朝鮮人、韓国人、部落民だね。

316 :もぐもぐ名無しさん:03/08/29 13:40
プッ

317 :もぐもぐ名無しさん:03/08/30 09:45
消防の頃の運動会は昼飯を家族と食べるのが慣例だったけど、
うちはいつも誰も来なかったから、教室で弁当食ってた。
教室で食うメンバーはいつも決まってて暗い昼飯だった。
厨房になったら運動会の昼飯は全員教室で食うことを知って
うれしかった。

318 :もぐもぐ名無しさん:03/08/30 16:11
>>313さん
私もそう思います。

私の祖父はイチゴが大好きで、旬の時期は毎日のように食べる人でした。
88歳の誕生日に、時期外れだったのですが
出されたイチゴを嬉しそうに「うまいなぁ」って頬張ってました。
その時、
「いつまでも生きていたい、でもいつ死んでもいいかな」
って言ってたのが凄く印象に残ってます。
(私は知らされてなかったのですが、
その時祖父は胃癌の末期だったらしいです)

その誕生日の5日後、本当に眠るように旅立ちました。 

319 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 14:38
なんかこのスレもどっかのスレみたいに本にできるんじゃない?

320 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 14:52
住人で本に纏めるか?

321 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 15:04
季節は秋だったでしょうか。
ある晴れた日曜日の朝、父が珍しく「遊園地に行こうか」と
小学生だった私たちを誘いました。
日々すれ違いが多く、週末も家を空けることが多かった父が
そんなこと言ってくるのは初めてで、驚きながらも心弾ませながら、
準備をしたのを覚えています。

今でこそ様々なテーマパークがバブルの残骸の様になって
ありますが、私が幼い頃行っていた遊園地は、
古く寂れた、それでいて、ちょっとムードのあるところでした。

コーヒーカップやジェットコースター、びっくりハウスなど、
父母妹、弟と私の5人で一通りアトラクションを楽しんだあと、
敷地内の御茶屋で一休み。みたらし団子を頼んで食べました。
こんがり焼いたお団子に、子供にはたまらないあの甘辛タレ、
おいしかったなあ。いつもはかまってくれない父が、
お茶をついでくれたり、口をふいてくれたり、
「串、喉にさすなよ」って心配してくれるのも嬉しかった。
でも、夕暮れと私の心がシンクロしたのか、それとも
いつもと違う父を不吉に感じたのか、なぜか寂しくもありました。
ピンクのアスファルトに家族5人の長い影がうつっていました。

その夜、両親は離婚届に判をおしたそうです。
両親の離婚以来父には会っていませんが、みたらし団子を
食べる度、あの日の父を思い出します。
そしてもう、2度と揃うことのない
5つの影法師のことがふっと頭を過ぎります。


322 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 15:07
ちょっと汚い話かもしれませんが、ご了承ください。

私は10歳のころ、ちょっとワケあって、親元を離れ
遠くに住んでいる知合い(といっても過去に1回しか
会ったことない赤の他人)に預けられることになりました。
生まれ育った街から、飛行機でいかないといけないぐらいの
所にです。

出発の日、空港で母が小さい包みを手渡してくれました。
「飛行機の中で食べなさい」とお弁当を作ってくれたのです。
私は黙って礼も言わずにお弁当をリュックの中にいれました。


323 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 15:08
本当は
「お弁当なんていらないから、お母さんと一緒にいたい。
○○さん達なんかと暮らしたくない。ずっとお母さんと
一緒にいたい。」と泣き叫びたかった。
でも、典型的な長女の私は、母を困らせたくなく、悲しませたくなく、
笑って手をふりながら搭乗ゲートをくぐりました。

新しい家につき、新しい部屋の中に、まだ手をつけてない母の
お弁当を、家の人にみつからないように隠しました。
毎晩夜中になって、人が寝静まると、そのお弁当を取り出し、
少しずつ少しずつ食べました。
コロッケ、きんぴらごぼう、ウインナーなど、
私の大好物のものばかりです。1週間たつと、カビが生え、
そしてだんだん腐ってきました。異臭をかくすために、
机の引き出しにお弁当を隠していました。それでもなお、
毎晩食べ続けました。
腐れたお弁当なんて、人間が食べれるような代物ではないですが、
不思議と気持ち悪いと思った記憶はありません。
ただ、そのお弁当を全部食べてしまうと母と二度と
会えなくなるような気がして、もう親子じゃなくなる
ような気がして、少しずつ少しずつ食べ続けました。

幼い私を手放した
母に対する怒り、感情を表現することができなかった
幼い自分への憤り、そして哀しさ。子供の成長を
見ることが出来なかった母への哀れみ。そういうものが
腐ったお弁当のかわりに、今詰まっている気がして
なりません。


324 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 16:12
父親には転職癖があり
ちょっと嫌なことがあると、すぐに仕事を辞めてしまう。
その後、またすぐ違う仕事に就いてくれればいいんだけど
数ヵ月とか1年とかって単位でヒモ状態のこともザラだった。
もとより家はそんな状態なのでいつも貧乏で貯金も殆どない。
父親がヒモになってる時は母親のパートで生計を立てていた。

中学の時だと思う。
調理実習でカレーを作った。
バターで小麦粉を炒めてルーから手作りするやつ。あれを家でも作ったのね。
例によって父親が働かないで、いよいよ家に金が無くなって
困った母親は、私が作っていたのを見よう見真似でカレーを作った。
つまり市販のカレールーさえ買う金が家には無かったってこと。
母親も私に作り方教わればいいものを、
何を意地になってんてんだか、ただでさえ料理下手なのに1人で作っちゃって
出来あがったものと言えば、ただただ辛い水のようなカレースープに
小麦粉がダマになって団子みたいにゴロゴロしてる悲惨なもの
でもそれしか食う物が無いから仕方ない。
あのカレー本当に悲惨としか言いようが無い。
そりゃ戦時中に比べたら、ゴハンは白いし100%米だし
上等だろってことになるんだろうけど
惨めって他はないよ。あのカレーは。

325 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 16:16
http://tmp.2ch.net/test/read.cgi/asia/1061082411/
●麻原彰晃 →オウム真理教教祖 父親が朝鮮籍。サリンを撒き無差別殺人。坂本弁護士一家惨殺
●宅間守 →大阪 池田小学校の児童殺傷。8人殺害 15人が重軽傷。朝鮮人部落出身
●東慎一郎 →酒鬼薔薇聖斗。神戸の首切り小僧。生首を校門に飾る。2人殺害。元在日朝鮮人
●林真須美 →和歌山 毒入りカレー事件。4人毒殺 63人が負傷。帰化人
●織原城二(金聖鐘) →神奈川 帰化人、英国人 豪州人女性を強姦、ビデオ撮影、バラバラ殺人
●関根元 →埼玉の愛犬家連続殺人犯。4人を殺害。肉片を削ぎとりドラム缶で焼却、川へ流す

●丘崎誠人 →奈良 岩を数回、少女の頭部に投げつけて絶命させた 在日朝鮮人
●キム・ミンス →韓国人留学生 強盗殺人犯。大分 日本人老夫婦を刃物で殺傷
●李東逸 →韓国人 檀国大学教授。芝居観覧のため来日中、東京で日本人女優Nを強姦
●金允植 →韓国人 強姦罪で指名手配中に逃亡目的で来日。大阪で主婦を100人以上連続強姦
●金大根 →韓国人の強姦魔 連続児童虐待暴行殺人。6名の女児死亡
●李昇一 →韓国人 東京 テレビ「ガキの使い」関係者を名乗り少女140人をレイプ
●沈週一 →韓国人 鳥取 大阪 和歌山 ベランダから女性の部屋へ侵入し9人を強姦
●張今朝 →韓国人 長野 「一緒に猫を探して」と小学校4年の女児をレイプ
●ぺ・ソンテ →韓国人 横浜 刃物で脅し、女子小学生14人をレイプ
●宋治悦 →韓国人 東京 ナイフで脅し手足を縛り下着で目隠しの上、主婦19人を強姦
●崔智栄 →北朝鮮籍の朝鮮大学校生 新潟 木刀で傷を負わせ、18歳少女2人を車の中で強姦
●金乗實 →北朝鮮籍の朝鮮大学校生 同上、共犯者。他にもう一人19歳の共犯者(朝鮮籍)あり
●鄭明析 →韓国人 カルト「摂理」教祖。日本人1000人、台湾人100人、米英仏人などを強姦
●徐裕行 →韓国籍 オウム真理教幹部・村井秀夫刺殺事件の刺殺犯。裏で北朝鮮が関与か
●国松孝次警察庁長官狙撃事件。現場近くから北朝鮮製のバッジ、韓国のウォン硬貨などを発見
●世田谷一家惨殺事件。採取された指紋が韓国人の男と一致。韓国警察からは協力を得られず
●東京資産家強盗殺人事件。奪われた腕時計が韓国で販売。韓国人グループの犯行とみて捜査中
;;l

326 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 16:16
>320
著作権はたぶん2chにあると思うし
収入がでた場合、どうするかって揉めると思うので
住民で作るのは現実的でない気がする。
ひろゆきに打診した方がいいのでは?
「思い出に残る食事」のあとがきには「2」の存在も
ちらつかせてるので、気持ちはあると思うんだが。

327 :もぐもぐ名無しさん:03/08/31 16:47
このスレの内容、一通り読んだけど
本にするには、ちとダークで重過ぎるものが多すぎる気がする・・・

328 :もぐもぐ名無しさん:03/09/01 18:48
学校行事の弁当といえば、俺も思い出があった

母親が病死して父子家庭だった小1の時、
学校の遠足の弁当を父が作ってくれたことがあった
担任だった中年の女の先生ともう一人別の女の先生が、
俺が持ってきてた弁当を心配そうに覗き込んできた
しょぼいおかずで肩身狭そうにしてたらいけないと、
思ってくれたんだろう

中身がなんだったかはほとんど覚えてないけど、
やはり母親の作る、ある意味精巧で華やかな感じの見栄えからは、
ちょっと遠かったんだろうと思う
それでも不器用なりに品数だけは揃えようとするから、
結果的に量が多くなっちゃって、
弁当箱もキャラクターものとかじゃなくって、
なんかアルミか何かの大人が持ってるような無粋なデカイやつ
デザートなんか、みかんを皮ついたまま半分に切ってたりさ
ま、正直ちょっと恥ずかしいものはあったのかもしんない

そんな親父の弁当を見て、
その二人の先生がグスグス泣き出したのだけ覚えてる
「これお父さんが作ってくれたの?・・・(泣)」とか言いながら
俺は何となくむずがゆいような、照れくさいような気分で、
黙々とむしゃむしゃ食ってたよ

そんな親父もとっくに死んじゃったな

「家族との・・」じゃないんでsage

329 :もぐもぐ名無しさん:03/09/01 22:43
家族との味とはちょっと違うので、スレ違いかもしれないが。。

もうずいぶん昔の話。
神戸の地震のとき、東京からバイクで、手伝いに行ったんだ。
2週間程現地に居て、帰りに大阪の友達の家に泊めてもらった。
ホコリを吸いすぎたからか、せきが止まらず、風邪もひいたのか、
体調悪化。次の日の朝、家を出るとき、彼女は、弁当を作ってくれた。
俺は、お礼を言って、家を後にした。東名高速をひたすら走り、
昼頃、サービスエリアに入って、弁当を広げた。
入っていたのは、俺の大好きな、たらこおにぎり、玉子焼きや、
ウィンナー。旦那や子供の弁当を作りなれている彼女、このくらい、
朝飯前だっただろう。(確かに朝飯の前に作っていた)
ありふれた内容の弁当だった。でも、口にして、これが、そこいらの
コンビニで売っている弁当とは、かけ離れた弁当だということを知った。
これが、愛情にあふれた弁当、というのか。それは、味だけじゃなくて、
思いまで伝わる弁当だった。明るくて、能天気で、でも、思いやりがある
彼女を、そのまま思わせる弁当だった。
ずたずたに壊れた家や、避難所で2週間一緒にやってきた仲間や、
仲良くなった避難所の人達。 「どうだった」と聞かれ、
とても一言で答えられず、出会った人を思い出して、黙り込んでしまった
俺に、「いろんな人に一杯出会ったんだね」とだけ言った彼女。
それらを思い出して、弁当ほお張りながら、泣いてしまった。
今でも、あれを超える弁当には、出会っていない。

330 :もぐもぐ名無しさん:03/09/01 23:32
>>329
君くらい低脳であったら、
人生って楽しいんだろうな…

331 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 04:22
>>330
お前の方が遥かに低能に見えるが。お前みたいなのは書き込みをするなよ。

332 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 09:01
>>331
いや、330は低能というよりは、根性の曲がった引きこもりで社会のカスですな。
二度と来てほしくないというのは禿同。

333 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 09:31
>>331-332
ジサクジエーン

334 :332:03/09/02 12:22
>>333
私は331ではありません。ヴァーカ!
お前こそ330か?


335 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 13:04
でもそんなひどい被害なかったうちの地域さえガス復旧したの
3月だったし、スーパー開いても物少なかったのに
どうやってそんなまともな弁当作れたんだろう?

336 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 14:26
>>335
友達の家は大阪だって書いてあるじゃん。

337 ::03/09/02 14:29
おふくろの味メンチカツ・千キャベツ
      マカロニグラタン・ドライカレー・マヨネーズドッグ
外房線の野呂サービスエリアで食べた 醤油ラーメン
一宮少年自然の家の 千キャベツとコロッケ カレーライス(おもしろい味)

338 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 19:14
家族との思い出といえば母が作る正月の雑煮だなぁ。
地物の鶏肉と大量のごぼうを使って作るからだしが出てマジうまい。
正月はそればっかり食うからごぼうのせいで屁がすごいw
正月は家族みんなでゴロゴロしながら屁をこく。
そういう正月は家族っていいなぁと思う。

下品でスマソ。

339 :もぐもぐ名無しさん:03/09/02 23:11
>>330
ごめん。なんか激ワロタ。
腹イテ。涙がでてくるくらい和露た。

340 :もぐもぐ名無しさん:03/09/04 00:37
うちの母はよくといた卵に醤油を入れて玉子焼きを作ってくれた
じりじり焼きとか言ってたっけ
あれは間違いなく母の味だった

341 :もぐもぐ名無しさん:03/09/04 01:02
もう他界した俺の爺ちゃん、晩年は魚の行商をやってたんだけど
俺や兄弟の誕生日には必ず大きな鯛の塩焼き(尾頭付き)を用意して
くれた。大きくなってそれが懐かしくなり、母親に「昔みたいに鯛の
塩焼きが食べたい」って言ったら、爺ちゃんが皆の誕生日に合わせて
鯛が手に入るように市場で手配したり、塩焼きにする為に庭に即興の
竈を作ったりと大変な手間がかかっていた事を初めて聞かされた。
小さかった頃とはいえ、そんな事に気付かなかった自分が情けなかった。

多分、俺はあれより美味しい鯛の塩焼きは一生食べられない。

342 :もぐもぐ名無しさん:03/09/04 01:06
焼いたタラコを解して溶き卵と一緒にポロポロになるまで炒める。
調味料は入れない。タラコの塩加減が程よく効いて素朴だが旨い。

母親の味だな。

343 :もぐもぐ名無しさん:03/09/05 08:32
うちのおかんはなぜかご飯に混ぜ物したりなんかかけたりするんだよね。
白いご飯が一番うまいのに。

344 :もぐもぐ名無しさん:03/09/05 22:00
俺の家すごく貧乏だったから食べ物はほとんど自給自足していた。
なかでも幼少の頃、もうこの世にいない父ちゃんと釣りにいって獲ってきたアラカブ(カサゴ)の母ちゃんのつくった味噌汁は最高だった。
いまでも海にいくとこの時の味がよみがえってくる。

345 :もぐもぐ名無しさん:03/09/06 13:49
25年位前の話。
当時うちは貧乏だったし父親は家庭を顧みない上に重度の偏食家だったので、
家族で外食なんてしたことなかった。
母の実家に行くと、叔母(独身)はいつも私達3姉妹を引き連れて商店街に連れていってくれた。
商店街の本屋で「小学○年生」や「なかよし」なんかを1冊づつ買ってもらい、
最後に3階建てのレストランの2階で食事をするのがお決まりだった。
いつも頼んでいたのはスパゲッティナポリタン。たしか380円だった。
田舎だからか店の対応がのんびりしていて食事がなかなか出てこない。
待ちきれなくてパタパタしている私達に、叔母はいつも「出来たか聞いといで」って言った。
たぶんウェイトレスさんにうるさいガキって思われていたろうな…。
たぶん調理は下の階でまとめてしていたんだろう、
料理の載ったエレベーターが止まる音が聞こえるたびに自分の番かと期待で一杯だった。
黒い鉄板の上でジュウジュウ音を立てているスパゲッティは目にも美味しそうで、本当に嬉しかった。
叔母は「火傷するんでないよ」って言いながら、頬杖をついて目を細めながら私達を見ていた。
あの頃、うちだけじゃなく、どこも豊かではなかった。
そういえば、叔母はいつも自分の分はオーダーしていなかった。

現在、私は当時の叔母の年齢をはるかに越えたし、叔母も孫がいてもおかしくない年齢になった。
楽しい思い出の少なかった子供時代に輝く記憶をくれた叔母さん、本当にありがとう。

346 :もぐもぐ名無しさん:03/09/08 00:34
age

347 :もぐもぐ名無しさん:03/09/08 02:08
思い出というにはまだ浅いのかもしれないけど、
家族との思い出の味 ということで。

数年前から父親と母親がよく夫婦喧嘩をして、その度に
母親はヒステリーおこして父親をのししり、父親は怒って怒鳴り物に当たり壊したり
していった。(そのせいで私の部屋の木製のドアは割れて壊れている)
喧嘩の原因は私のせいにしたり、父親のせいにしてばかりで喧嘩するとすぐ私に
「離婚するから」といってくる。 小さい頃から「あんたなんか産むんじゃなかった」
といわれてることがよくあり、家にいるのが嫌になった。
普段普通にしているときにはとても優しい母親であり、好きなのだけどヒステリー
おこしてるときは本当に殺意も起こる。
最近はそんな父親母親といっしょに食卓を囲むのも嫌になり、一人で外食で
すませたりすることが多くなった。
バイトをしても金には限りがあるから、金がなくなれば食べなかったり、
嫌な家の食事を食べることがあっても吐く事が多くなった。
母親の作る食事はとても美味しいのだけど、胃に入れるのも嫌になって
いたから吐いていた。
けど、吐く事が癖になっていつも胃に入った物は即吐くようになってしまった。
吐き癖がついて二ヶ月後。とうとうふらふらになって、歩く事すら
辛くなってきてしまった。(不眠症も出てきてしまった為らしい)
顔色が本当に悪かったらしく、ある日の晩、母親に呼ばれ嫌々食卓に座ると
食卓には私の好きなものばかりが並んでいた。
そして、白米はいつも疲れた時や学生時代の時に行事があると作ってくれた
梅干お握りになって出された。
「最近疲れているみたいだし、余り家のご飯食べないから。これからは
もう少し家の御飯を食べてくれないかな?」という母親に、思わず泣きながら
家の御飯を食べない理由と吐き癖があることを言った。
その後家族で話しあって、すこしは喧嘩する数が減った。
私も家族とまた食卓を囲むようになったけど、ときたま手作りの梅干お握り
を見るといろんな事が思い出されます。

長文、そしてネタっぽいくだらないないようですみませんでした。

348 :もぐもぐ名無しさん:03/09/08 09:18
>>344
アラカブ ……懐かしい呼び名ですね(^^)
私の家も母自身の好物だったんで、魚の味噌汁がよく出ていました。
子供が食べるには骨が多くて苦痛でした。
ご丁寧に栄養のバランスを考えて 白菜もいっしょに入っているので
骨が葉の中に入っていたりして もう苦痛苦痛…。いつも 残していました。

 中学に入った頃の朝 初めて私が漁の手伝いに行ったとき、分け前のアジを
バケツ一杯くらいもらってきたんですね。採れたてでまだピチピチしているアジを
使って 母が味噌汁を作ってくれました。新鮮な魚は火が通ると身がしまるので
尻尾の辺りの身が 骨から はじけて離れて 食べやすくなりますし、新鮮なんで
プリプリしていて おいしかったんです。身が崩れていないので 白菜も安全に食
べられました。母もおいしいと目を細めて 喜んでくれたのが思い出されます。

 それ以来 お気に入りの料理になりましたが 昨今は水揚げが落ちてきて
新鮮な魚が手に入らなくなり、食べられないそうです。
帰って もう一度 食いたいなぁ〜。母 78歳。

349 :もぐもぐ名無しさん:03/09/08 15:05
矢野晶子の「ごはんができたよ」を聞きながらこのスレ読むといい感じ。

350 :もぐもぐ名無しさん:03/09/08 22:34
母方の祖父は、俺が中学三年の時、喉頭癌と診断された。
母親と祖母の意向もあって告知はされなかったものの、だんだんと
声がかすれ、食が細くなっていく祖父の姿を見るのは辛かった。

その祖父がある日、俺と弟が家に遊びに行ったとき、寿司を食いに行こうと言った。
近くにあった回転寿司屋で、三人で食べた。祖父は3皿も食べなかった。
当時の弟はまだ小学生で、祖父の癌の話は伏せられていた。だからその帰り道、
俺に不思議そうな顔で「なんでお祖父ちゃん、あれだけしか食べなかったのかな?」
と聞いてきた。
俺には、その質問に答えることはどうしても出来なかった。

351 :234:03/09/09 06:20
↑母親のことを思い出して、泣いた。

成人T細胞白血病リンパ腫(だったかな?)という長ったらしい名前の病気で、
母は俺が中2の時入院した。
俺はアホだったもんで、母がどんなに重大な病気を患っているのか知らなかった。
ああそうなんだ、よく分からんがすぐに帰ってくるんだなって思ってた。

母が入院してから一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、三ヶ月が経った。
会うたびにやつれてゆく母の顔を見て、鈍感な俺でも死を目前にしていることが
はっきりと理解できた。
母は病院のベッドの上でも笑顔を絶やさず、俺の前では泣き言など一切口にしなかった。

抗がん剤のためか、髪の毛が抜け、口内がただれ、ほとんど食事も摂れなくなっていた。
今日はリンゴジュース三分の一飲んだんだよって誇らしく言う母親を見て、
俺は見舞いの帰りにいつもトイレの個室で声を出さずに泣いた。

自分で稼げるようになったら、美味いものたくさん食べさせてあげようと思ってた。
お前も大きくなったんだねって、微笑みながら言って欲しかった。

でも俺の母は、ジュース飲みながら死んでいった。
無力な中学生の目の前で、静かに息をひきとった。

叶うことのなかった親孝行の夢。
そして、コップに残ったほんの少しのリンゴジュース。
それらを思い返すたび、どうしようもなく悲しくなるのです。

暗い話で申し訳ない

352 :オヤジ@49歳:03/09/09 21:16
↑何か泣ける話だなぁ〜〜〜

俺の話も聞いてくれるか?
俺の先妻は料理が全くダメだった。本人はいつも一生懸命作っていたし俺の
好みを考えて素材選びもしていたようだった。でもはっきり言って美味くは
なかった。それでも俺は文句など一度も言った事は無かったんだ。勿論決して
美味く無いものに美味いなんて事は言わない。
ある夜、俺の大好きな煮しめものが食卓にあった。俺は煮しめが大好き。
何となく何時もと違って凄く香りも良かった。俺は食ったさ。美味かった!
「凄い!美味いわコレ!おかわりあるか?美味いよ!」メいっぱい誉めたさ。
??返事が無い。「おーい、おかわり欲しいな〜」やはり返事が無い。
その時キッチンで女房が泣いている声が聞こえた。あれ?ど〜したんだ?
女房いわく「あんたは何を食べても美味しいって言わない人だと思っていた
今日の煮しめは実家の母が作って届けてくれたの。いつも何も言わないで食べて
いたのは私の料理がとても不味いからだったのね・・・」
俺は困ったさ。精一杯誉めたつもりだったのが逆効果だったんだな。
それからは極力、女房の作ったものに対しても「うん、うん、美味いわ」って
言う様にしたんだけれど取って付けたみたいで女房の反応はイマイチだったな。
一生懸命いろいろしてくれたけど縁が無くて結局別れてしまったが時々その夜の
事を思い出して複雑な気持ちになるんだよな。

4年経って再婚した今の女房は料理は抜群。決して華やかな料理は作らないが
煮しめとか煮魚は本当に美味い。
時々オリジナル作品を俺の味覚で試そうとしているな?と、思わせるような
ものが出てくるのが困るけれどね。

肉を殆ど食わない魚大好きな俺、魚より肉が好きな今の女房。時々女房ステーキ
俺イワシなんて事があるのはご愛嬌。

353 :もぐもぐ名無しさん:03/09/10 21:07
>>351
泣ける・・・・。

うちはこの前同居してる祖母が急にくも膜下出血で倒れて入院してしまった。
倒れた日、自分は友達んちに泊まりに行ってて、発見したのは妹だった。

1週間くらいたって今も集中治療室入りだけど、とりあえず少しだけ落ち着いてきた。
でももう脳に重く障害がきてるから意識はもう戻らず、動けないと言われた。

いきなり親戚がいっぱい来て、なんか非日常的な日がは何日か前まで続いてた。
親戚のことなんて今まで考えもしなかったら、来るたびに「あの人誰?」って母親に聞いてた。
そしたらいままで長男だと思ってた自分の父親が実は三男だったことが分かった。

長男夫婦は祖母の夫(祖父)が亡くなった時に財産相続で揉めてから音沙汰がなかったらしく、
次男は子供のころ病気で亡くなっていたらしい。

そんなだから祖母は、息子たちじゃなくて自分達(孫)に遺産相続したいからやり方調べてくれといつも言ってた。
日に日に老いていく祖母を見て、やらなくちゃいけないかなぁと漠然と思いつつもそのままにしてしまっていたので、
祖母の意識がない今では何もできなくなってしまった。また長男やら何やらが出てきて財産争いするのかと思うと、
祖母の気持ちがいたたまれなくて、本当に後悔する。

倒れる前々日に、母と妹と祖母でステーキを食べに行った事があった。みんながおいしく食べてるなか、祖母は
「固い」と言って肉をあまり食べてなかった。残ったのを食べてみると普通に柔らかく焼けている肉だった。
年をとるとこんなに普通に食べることさえも辛くなってきてしまうのか、とその時思った。

財産のことも辛いが、ステーキを見るとどうしてもその時の祖母の姿を思い出してしまう。そして食べられる事って
本当に幸せなことなんだと思う。お腹が減った時、当たり前に色んなものを作ってもらい、当たり前に食べていた。
もう点滴でしか食事をとれない祖母に、いつも病院に行くたび、出来ることならなにかうまいものを食わせて「うまい」
と言わせてやりたいと今更ながらに思ってしまう・・・。
長くてスマソ・・・・。

354 :もぐもぐ名無しさん:03/09/10 22:19
>>353
体の機能の中で聴力はさいごまで残っているんだって。
お婆ちゃんの命がある今、たくさん話ししておいたらいいよ。
私の祖母はもう逝っちゃったけど、命のあるうちに話しすれば良かったって今も後悔してる。
今までのお礼も言いたかったし、思い出話もしたかったのに、
隣のベッドのおばさんに聞かれたら恥ずかしいと思って何も言えなかった。
今思えば別れが近いのは歴然とした事実だったのに、
それを前提にした会話をすることが不謹慎、っていうか
口に出したら本当になってしまう気がして怖くて言えなかったのもあった。

そんな祖母の好物はラスク。どうしても棺桶に入れたくて、街中探しまわった。
田舎だし当時はコンビニも無くて、閉店後のパン屋をこじ開けて無理矢理頼み込んだ。
お葬式当日の朝、ギリギリ間に合った生乾きのラスクを道中のおやつに、祖母は旅に出た。
いつか私もそっちに逝ったら、また逢いたいよ…ばあさま。

355 :350:03/09/10 23:16
棺桶に入れる、の話で思い出して、蛇足ながら続き。

祖父が亡くなったのは二年後の俺が高2の時だったんだけど、
その時俺は修学旅行で広島に行ってたんだよな。
旅立つ時までは祖父はまだ意識があって、土産何かってこようか、って話を
病室で話してたんだけど、その時は「何でもいい」って言ってたんだ。
そんで、俺は瀬戸物屋で湯飲みを買ってたんだけど、
最終日前日に何となくそれまで一回も電話してなかったのに家に電話したんだ。
その時に祖父の意識が無くなった、って話を聞いて急いで飛行機で帰ったんだけど、
実はその前の日に(俺が広島で湯飲みを買った日に)、祖父が病室で湯飲みを
落として割っちゃったらしいんだよな。
帰って土産を持って病室に行った時の、祖母と母の顔は今でも忘れられないな。

湯飲みはやっぱり棺桶の中に入れた。
あっちで旨い茶でも飲んで、俺が馬鹿やる度に「またあいつは……」なんて
言ってるところが思い浮かぶよ。

356 :353:03/09/10 23:42
>>350泣けるなァおじいちゃんの話・・・・・・・。1回目のもジ〜ンとさせて頂きました。
>>354 確かに今は目ももう見えず足も動かず、呼びかけると頑張って目をあけようとするくらいだ・・・・。
     あと少し手を動かすかな。
    看護士さんに話しかけていいですよって言われても、いざ言おうとすると胸がいっぱいになっちゃって
    言葉が出なくなるんだよね・・・・・・。でも教えてくれてありがとう。明日から頑張って話しかけてみるよ。

357 :もぐもぐ名無しさん:03/09/11 14:53
>>353
現実的な話しをするよ。
うちも身内が脳疾患やったから少しは知ってたりするんだが。
くも膜は脳内出血や梗塞とちがって、先天的な血管の奇形が原因である場合が多い
だから年齢や既往歴関係無く発症する
1週間ということは病状は一旦山を越えたと思っていいと思う
手術できないような場所に、違う血管の奇形が見られ
それがまた突然破裂するとか無ければ、亡くなる心配も当分無い。
従って、寝たきりになってしまったおばあちゃんは
病状が安定し、手術の必要もなければ退院することになる
あなたは遺産の問題を重視してるようだけど
正直、寝たきりになってしまったおばあちゃんの世話の方が
とても大きな問題になってくると思うよ。
遺産は取り合いになるけど、寝たきりの老人の世話を買って出る人はいない。これが現実
病院にいる内はいい。看護婦さんが世話してくれるからね
家族で手を取り合って頑張って乗り越えて下さい。

358 :353:03/09/11 16:56
>>357
なるほど、そうだよなぁ。今は家族交代で病院に行ってて、たぶん退院する可能性は少ないけど
でもこのままの状態ならもしかしたらそういう可能性もでてくるかもだなぁ。
うちは両親仲悪いんだこれがまた・・・・。毎日怒鳴りあっちゃって・・・・。
でも妹がなんだかしっかりしてるし、妹が2人もいるのでなんとかやっていけてる。
財産も辛いけど、このスレを見つけて読ませてもらうようになってから
今出来ることを一生懸命やらなきゃなと、思えるようになった気がする。
こうやって返事を返して親切にも教えてくれるとありがたい事もあるし。
とにかく明日からも頑張ろうと思います。本当にありがとう。>>354>>357さん


359 :234:03/09/12 18:27
>>353さんの話しを読んでると、全てを尽くせなかった
自分が悔しくってしょうがない。
余計な事かもしれないけど、俺のように時が経ってから
後悔する事のないよう、頑張ってください。

360 :もぐもぐ名無しさん:03/09/15 00:36
あげ

361 :もぐもぐ名無しさん:03/09/15 02:08
チクショー、泣いちまった。

362 :354:03/09/15 02:58
>>359
大切な人との別れは辛いよね。
どんなに手を尽くしても、充分ということはないと思うんだ。
ああしてやれば良かった、こうしてあげたかったって思いは必ず残るよ。
生意気だけど、私がもし234さんのお母さんだったら、
多感な時期に残していかなければいけなかった息子が
立派に大人になってくれていれば、それだけで嬉しい。
そして、折に触れて思い出してくれているなら、それでもう充分。
きっとお母さんは、「後悔だなんて思うんでない、短い間だったけど幸せだったよ」って、
そして、「アンタも幸せになりなさいね」って言うと思うんだ。
気の利いたこと言えないけど、大切な人への思いは
悲しい思いよりも楽しい思いに変えていけたらいいね。
ゆっくり、少しづつね。

363 :もぐもぐ名無しさん:03/09/15 12:24
泣かせてもらったお礼に漏れもつまらぬ思い出話をひとつ・・・・

3歳の頃母親が死んだ。
親父は葬式の4ヵ月後に全然知らん女と再婚。
その上死んだ母親の係累との繋がりを自分から断ち切って
しまった。
漏れは色んな事実を受け止める、いや理解することさえ
出来ず、本能的に突然目の前から消えた母親の代わりに
自分を守ってくれる存在を捜し求めていた。
夕方、近所の子どもたちと遊んでると、それぞれの子の母親が
「ごはんだよ〜!」と呼びにくる。
気が付いたら薄暗い広場に自分ひとり残ってた。
そんな毎日だったが別に「さびしい」とか「悲しい」
とか、そんな感情は湧かなかった。
ただ自然に、「そろそろ俺も帰ろう。」
そんな感じだった。
3歳の坊主の心理なんてそんなもの。

つづく

364 :もぐもぐ名無しさん:03/09/15 12:25
そんな漏れを不憫に思って面倒見てくれたのが死んだ母親
の母親、つまり婆ちゃん。
家が比較的近いこともあってたまに一人で出向いてた。
行くと婆ちゃんが必ず漏れに作ってくれたのがあんこの
「だんご」。
それもだんごの原料の「米の粉」やあんこは自分で
挽いた本格的なやつ。
米の粉は蕎麦をこねる「木鉢」に入れ、沸騰した熱湯を
注いで熱いうちに素手でよくこねないと美味くならないんだな。
婆ちゃんはひたすら手を真っ赤にして一生懸命こねていた。

あんこがたっぷり乗った、暖かい湯気の出ているだんごを
ほうばる漏れを眺める婆ちゃんの表情は笑うでもなし、
泣くでもなし、複雑な表情だった。
そのときは通り一遍の「うまかった。」という印象しか
残らなかった。

あれから数十年、漏れも人の親になった。
ふとしたことであの時を思い出した。
「そうだ。子供にだんごを作ってあげよう。」

婆ちゃんのしぐさを思い出しながらやってみたが、
どうしても米の粉をこねる、という工程ができなかった。
熱湯を注いだ米の粉に熱くて手が入れられないんだな。
仕方なくある程度冷めてからやったが、味も素っ気もない、
粉っぽいだんごになってしまい、結局あのときの味は
再現できなかった。

漏れは鈍いヤツだったな。
今頃になって婆ちゃんの愛情の深さに気が付いたよ。
婆ちゃん、あのときのだんご、また作ってくれよ・・・・


365 :もぐもぐ名無しさん:03/09/15 14:31
私がまだ幼い頃、うちの父(アメリカ人)は目玉焼きにトースト(バター付)
をさいの目に切ったのをフライパンで混ぜ混ぜにして食べていた。
もちろんフライパンから直接、よく映画でカウボーイがやるような
食い方。テキサス出身だった、その父もテロで死に今はいない。
天国にフライパンあるといいね。


366 :もぐもぐ名無しさん:03/09/15 19:15
>>365さん
「テロで死に・・・」ってどういうこと?
もしかして・・・
悲しいね。
ご冥福をお祈りします。

367 :365:03/09/15 23:34
>>366さん
父がテロで死んだのは、ずぅ〜っと昔、ベトナムで、です。
民間人でしたが、米軍人をねらったテロの犠牲になりました。
事件は公にはされず、米軍の対応は、私を米軍嫌いにさせるに充分なものでした。
もちろん悲しかった。
しかし、その悲しみは、父を殺したベトナム人を殺すことによって
消えるものではなかった。むしろ軍人というものを嫌う気持ちが
強くなっていた。だから、911のテロの報復としてアフガン、イラク
を攻撃した米軍は、暴力そのものを憎む遺族の気持ちを踏みにじった
ものと感じた。このように感じている者は決して少数ではない。
しかし、その考えが紹介される機会は非常に少ない。
失礼!全然趣旨と違う話になってしまいました。
私は、ベトナム料理も朝鮮料理もロシア料理もイラン料理も
好きです。もちろん納豆もコノワタもイナゴも好きです。
地球人ですから、この星の食べ物はみんな好きです。


368 :もぐもぐ名無しさん:03/09/16 02:35
す、すごい。
私は、ベトナム女性も朝鮮女性もロシア女性もイラン女性も 好きですが、
食べ物は何でもというわけにはいかないですね〜

スレの趣旨に沿ったことも書かなくては。
・・・私が8歳くらいだった頃、母が作ってくれていた
鳥のから揚げとポテトサラダがもの凄く美味しくて
大好きなメニューだった。
小学校の高学年になった位か、家庭内が離婚するだのしないだので
とても荒れた時期、母は重い鬱病になって入院。
母の手料理も1年以上食べられなかった。退院してもなかなか
今までどおり家事をしたりはできないのね。
私はまた、あの鳥のから揚げとポテトサラダが食べたくて
作ってくれと頼んだけど、とても美味しくない物が出来上がった。
味が違うと言って何度も作ってもらったけど、作り方忘れた、と言われる始末。

あれから10年以上経つけど、あのから揚げとポテトサラダ、
また食べたいって気持ちはずっと変わらないなぁ。

369 :もぐもぐ名無しさん:03/09/16 05:06
なんだろ、印象にのこっってんのは。

その日、夏だったかな、夕飯がなすのしょうが焼きだった。
確か父・弟・あたしで食ってたんだけど、親父が変な食い方してた。
なすのしょうが焼きを飯の上にのっけてその上にみそ、そんで茶をかけて食っていた。
小さなあたしらにはゲテモノに見えたわけよ。
親父青森出身で(群馬在住)、その当時青森はとてつもなく田舎と思い込んで、
「うっわ〜きったねえ〜!!田舎もの〜!!!くっせー」
とかバカにしたん。ほんとは群馬の方が田舎くさいけどw
そしたら親父、故郷バカにされたもんだから超キレテ、
扇風機けとばすわ、どなるわ、殴るわ。。。
子供ごころに恐かったよ〜オカンに守られて無事だったけどさ。
ほんとわすれらんない。あんなキレタ親父最初で最後でした。

そんで次の日、親父の部屋に置手紙が、、、。内容は
「二人とも、お母さんの言うことよく聞くんだよ」なんて書いてある。
まさか自殺!?と単純な思い込みをし(小さかったので)一日中罪悪感にさいなまれた。が、、、

その夜、親父は普通に帰宅した。

370 :もぐもぐ名無しさん:03/09/16 05:27
もうさ、このスレに麻原しょーこーとかのAA貼るのまじでやめて。
お願いだからやめてよ。

371 :234:03/09/16 06:30
>>362
さっきから涙が止まらない。
優しくて強かった母だから、きっとそう思ってたよ。

食べ物とは関係ないんだが、この間親父の結婚(再婚)パーティーに出席するため、実家へ帰ったんだ。
で、半分物置き化してた自分の部屋を片付けてたら、かなり昔のアルバムを見つけた。
多分俺が5〜6歳の頃の写真でさ、みんな本当に幸せそうに笑ってたんだよ。
親父と喧嘩したとき、「母さんが死んだのは俺のせいだと思ってんだろ!」って叫んだ兄も、門松
作りながら笑ってた。

声上げて泣いたよ。
この写真の中の家族のように、もう一度笑える日が来たらいいなと思いながら。

スレ違いなんでsage

372 :もぐもぐ名無しさん:03/09/16 16:08
もまえらみんなシヤワセになれるぞ

373 :353:03/09/16 22:32
相変わらず泣けますねココは・・・・・・。それに色々勉強になるって言うか、
こうしよう!って思えることが多いね。
>>359さん、ありがとう。今日も病院に行って来て、少し世話をしてきたりしたけど、
 泣きそうになりながら、でも人がいたから我慢してマッサージとかしてきました。
 これからも頑張ります。

『思い出に残る食事』のスレも復活してるけど、ココも本になるくらいの十分な価値は
あるのではと思ってみたりする今日この頃です。

374 :もぐもぐ名無しさん:03/09/17 06:57
ガキの頃の夏休み、父方の祖父母の家へ行くと、絶対に出るのがカレーだった。
ばぁちゃんが「水くさくないか?」とか言ってきた。なんのことかと思ったが
すぐに「水っぽい」ということだと気が付いた(兵庫弁らしい)。
確かにすごい「水くさい」カレーだった。普通のカレーを倍くらいに水増し
したような感じと思ってもらえればいいだろうか。おまけにご飯も水くさい。
正直まずかったのだが、いつも「いえ…おいしいです」と答えていた。
ここらへんは、こずかいを期待する孫としての、当然の発言だろう。
ガキが喜ぶもの=カレーという考えだったのか、そこにいる間は
毎晩カレーカレーカレー。もう勘弁してくれよ!と思った。
俺以外の兄弟もそう思っていただろう。
親父も苦笑して「外食にしようか」と言って、みんなでカレーから逃げ出した。
親父が言うには、前からばぁちゃんのカレーは「水くさい」ものなんだそうだ。
金のことでは苦労したひとだったから必然的にそうなったのかもしれない、と。
文字通り水増ししたカレー。そういや、こずかいもあんまりくれないよなぁ、
ケチだよなぁと子供心に思ったものだ。

375 :もぐもぐ名無しさん:03/09/17 06:59
かなり前、ばぁちゃんは天寿を全うした。じいちゃんは老人ホームへ行った。
親父の実家には誰もいなくなり、そこへ遊びに行くこともなくなった。
俺といえば社会人になり、もうばぁちゃんのことなんて、ほとんど忘れていた。

あるとき、たまたまお袋がいなくて俺が夕飯をつくることになった。
とくに何も考えずにカレーを作った。適当に作ったもんだから、それが大失敗。
とってもうすいカレーになってしまった。仕事から戻ってきた親父にそれを出して、
「いや〜『水くさい』カレーになっちゃった、ははは」
と笑いながら言ったら、親父は突然ボロボロと泣いて、カレーを食いはじめた。
完全に忘れていたのだが、その日はばぁちゃんの命日だった。
俺だけじゃなくて、家族みんなが忘れていた。
すごく気まずい気持ちで、みんな黙ってカレーを食った。
それ以降、ウチではばぁちゃんの命日はカレーの日となった。
「水くさい」カレーの日。

376 :もぐもぐ名無しさん:03/09/17 22:50
自宅パソコンから24時間いつでも気軽に出来るTV電話レディー募集中!
テレビ電話サイトで会員さんとお話しするだけで最低1800円最高4200円の高
時給!
お客様から頂くチップの副収入もあって40%ものバックがあるから給料+αの高収
入が可能です。
女性スタッフが多いから安心して働けます。
18才以上45才位までの女性なら主婦(お子様がいてもOK)・学生・OL・フ
リーター・副業でもOK!
週2〜3日、1日2〜3時間からの勤務でOKです。
顔出しはしてもしなくてもOK!
当サイトはオープンから4年目を迎えた老舗のサイトです。
高度なセキュリティーで貴女の個人情報を完全保護致します。
暇な時間に遊び感覚でアルバイトができ、
家族にも職場にも絶対バレません。
パソコンをお持ちであれば、お金は一切かかりません。
登録料&月間コストも完全無料! カメラ&マイク無料貸与。
登録方法も解かり易く簡単です。
貴女も今まで欲しくても手に入れられなかった物をそっと手に入れませんか?

詳しくはhttp://www.interq.or.jp/japan/tds/glory/bosyu/hirokotouroku.htm
をご覧下さい


377 :もぐもぐ名無しさん:03/09/18 18:24
くそ業者がちらほら出始めているのでここからはsage進行にしたほうがよさそうですね。
なるべくE-mail欄にsageと入れましょう。

378 :もぐもぐ名無しさん:03/09/18 18:25
自分で入れ忘れた。。。スマソ

379 :もぐもぐ名無しさん:03/09/18 19:27
子供の頃家が自営業で、店が休みの日曜のお昼は何故か必ずサッポロ一番醤油味。
野菜いっぱい入れてお肉も少し入って煮込んで、最後はスープの中に冷飯を放り込んでくれたオカン。
NHKのど自慢観ながら食ってた・・・

380 :もぐもぐ名無しさん:03/09/18 20:35
この頃現役引退したお父んが私に代わって台所に立ってくれるんだけど、
始めは精々塩辛い野菜炒めしか作れなかったのがだんだん上達して来て
ここ数日白身魚の煮付けが出てくる。なんでこんなに続くのかな、と尋ねて
みたら、「お前がおいしい言うからやんけ」と。
今度は祖母(父の母)の卵焼きを目指すらしい。
頑張れお父ん、取りあえずは私を超えてみろ。そしてご馳走様、感謝を込めて。

381 :もぐもぐ名無しさん:03/09/19 11:58
母ちゃんの作ってたもの、あれは何だったの?
http://natto.2ch.net/food/kako/985/985441286.html
お母ん!弁当のおかずなんとかならんか?
http://food.2ch.net/food/kako/974/974053076.html
お母ん!弁当のおかずなんとかならんか? Vol.2
http://food.2ch.net/food/kako/1022/10227/1022727194.html
ママ(´д`)お母さんのおやつ(´д`)ママ
http://natto.2ch.net/food/kako/992/992767338.html
ママ(´Д`) お母さんのおやつ 2つめ(´Д`) ママー
http://food.2ch.net/food/kako/1027/10276/1027686059.html
父の作った忘れられないもの
http://natto.2ch.net/food/kako/1003/10032/1003257996.html
父の作った忘れられないもの 第2章
http://natto.2ch.net/food/kako/1020/10207/1020705865.html
思い出に残る食事
http://piza.2ch.net/log/food/kako/951/951552846.html
ちょっとせつなくなった食事の風景
http://food.2ch.net/food/kako/1013/10134/1013483641.html
(*`Д´)家族との思い出の味(´Д`*)
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/food/1040459137/l50

382 :365:03/09/19 15:23
子供のころ、実家はイタリアン・レストランだったんで、店で余ったピザとか
良く食べた。ピザは冷めたいのしか食べたことなかったもんで、初めて熱いの
食べたとき「冷たい方がうまっ」って思った。
チーズとかアンチョビが固まっててほんとにうまかったんだよ。
母親も店でてたから弁当作る暇なくて遠足とか運動会は
冷めたピザとチキンのグリルとかで、それがおふくろの味だった。

383 :酒=メチル以外:03/09/19 17:21
私は諸般の事情があって養護施設で10年以上育ち、大学に入ってから大学の近くに下宿しました。
昼間は印刷会社に行き、夜に大学に行くという毎日。今ほど金もなかった。
だけど、毎週土曜の夜は、エビスビールを2〜3本買って、松田聖子のコンサートビデオを見ながら過ごすのが結構な贅沢だった。
普段は前述の通り金がないので(実は今もだけど・・・苦笑)、二部の授業が始まる前のわずかな時間を使って、
司法試験をしていた連中数名と一緒に早い時間の夕食を大学の学食(1990年ごろで300円前後)をかっ込んでいた。
彼(彼女)らのほとんどは合格した。私?まあ聞かないで(苦笑)。
だけど、養護施設での集団生活(=群れさせる生活)に辟易していた私には、一人で静かに食べて飲むこの時間が、ホント、何よりうれしかった。

正直私には、家庭の味なるものはない。現に外食がほとんどで、今じゃ居酒屋が多い。
施設時代の反動なのか、今でも一人での食事が全体の80%を超える。とはいえ、治そうとも思ってないんだけどね・・・(無理に治そうとするのもねえ・・)

実は、大学に合格したころ実母と再会していたが、さらに先月末、30年来連絡のなかった父親から連絡があった。
しかし、家庭の味というものを本質的には知らない。まあ、外食で舌を鍛えられた事が、将来プラスになるかねえ・・・
まあ、家庭の醜さを肌で知ってしまっているからか、そういうものに憧れをまったくといっていいほど感じない人間になっちまったのは痛いかな?
最近は、それでもいいんだと思って、開き直って生きてますわ。〜〜と言いつつ、もう34歳のおっさんになってまいましたわ。

でもひとつだけ、母に感謝していることが。
母親から離される3歳ごろまでに、好き嫌いがなくなるように母が鍛えてくれていたとのこと。もっとも、ついでに酒の好き嫌いまでなくなっちゃいました(爆笑)。



384 :酒=メチル以外:03/09/19 17:29
>>383に追加。
エビスビールのつまみ、ほか弁が多かったです。かつ重が特に多かったかな。金がないときは、とり飯。その鶏肉が、つまみなのよ。

385 :もぐもぐ名無しさん:03/09/21 09:03
お母さん、いるけどいろんなもの作ってくれるから
特別コレ!って印象残ってるのないなぁ。

でもしいて言えば「明日は学校やすんでいいよ」っていって、
回転寿司食べに行かせてくれたことかな。
母の味じゃないけど。

386 :思い出おむすび:03/09/21 16:48
私が父親と2人暮らしをしていた頃の話です。
うちの父親は酒癖、女癖、ギャンブル好き、と好き勝手三昧
の父親でした。もちろんそんな父親に母親は愛想を尽かし離婚
父親はいつも夜遅く帰って来てまして食事はいつも一人で食べてました。
そんな事が続いていたある時、学校で運動会の季節になりました。
当時小学生だった俺は運動会の昼休みの
休憩時間に家族で食事をするというのがあたりまえになってました。
私もそのような行事の時はいつもは母親が来てくれるんですが、前日に急な用事で
来れなくなってしまいました。運動会当日、朝起きて父親が大いびきをかいて寝ている
のを横目に私は学校へと向かいその途中コンビニで昼食を買っていきました




387 :酒井に1人だけの呑んべぇ:03/09/21 16:49
そしてお昼になり周りの友達がみんな家族のもとへ楽しそうに
食事をしに行くのを見て、私はどこか人目のない所で食べようと思い
場所を探そうとしていた時です、後から誰かに肩を掴まれました
後ろを振り向くと近所に住む友達でした。家の環境も知っており
私も一緒に食べようと誘ってくれました。私は言われるままに
その家族と食事を共にしました。その友達の両親兄弟の団らんの中で
食事するのは、ちょっと気が引けましたが・・・・・
そして家に帰ってみると、父親はまだ寝てました。まぁ普段から
こんな父親だったので、特に腹も立ちませんでした。
そして夕飯を食べようとリビングに行った時です。手作りの弁当と水筒が
無造作に置かれてました。私は母親がもって来てくれたのかと思い
電話で確認しましたが知らないといいます。私は腑に落ちず
中身を見てみると、とてもじゃないがおいしそうとは言えない弁当でした。
私はそこでやっと気がつきました。父親が弁当を作ってくれていたのです
その後分かった事ですが、父親は母親が運動会に来れないのを知り
なれない手で弁当を作ってくれていたのです。そして私の運動会に来てくれたのですが
私が友達の家族と食事をしてるのをみて、自分の作った弁当を持っていって
自分が出て行ったら私が恥ずかしいと思ったそうです。
私はその事を知り涙が出てきました。そして父親が作ってくれた弁当を食べている間も
涙が止まりませんでした今まで私の事をなんとも思ってなかったと思っていたのに。
そのときの父親の弁当は忘れる事ができませんでした。





388 :酒井に1人だけの呑んべぇ:03/09/21 16:49
これは上で話したより前の話です。
父と母が離婚した直後、私は父と祖母と三人で暮らしていました。
その当時父は仕事でしたのでほぼ祖母と2人の生活が多かったです
当時の私はそうとうのキカン坊でした祖母には相当迷惑をかけました。
小学校の頃はほとんど給食でしたが、あるとき給食室の改築により
一時期弁当の時期がありました。私は祖母の作ってくれる弁当を
持っていってました。ある時クラスメートの一人が「お前の弁当なんか
婆々クセェ」と言ってきました。確かに祖母の作る料理は煮物
などが多く、それもちょっと昔の味付けでしたその当時の私はホンと子供だったんです
そういう風に言われ、回りから馬鹿にされたことが本当に嫌で
家に帰り祖母に「ばぁちゃんの作る弁当、婆々臭いからもう食べない」
と言いました。そしてその日から私は祖母の作る料理に一切手をつけないという
事をし始めました。せっかく作ってくれた弁当を全く手をつけず
父親から貰ってるお金でコンビニで弁当を買っていましたから。





389 :思い出おむすび:03/09/21 16:51
そして一緒に食事を食べる時も私はお菓子を食べ、祖母とも食事をしなくなりました
そんなある日夜遅く私が喉に渇きをおぼえ、キッチンへ向かうと
祖母がいました。時間は夜中の二時を過ぎてます。私は祖母が何をしているのかと
見ていると料理をしていました。何でこんな時間にと思いそのまま見ていると
祖母が必死に何かの本を読んでました。そうです祖母は私の為に
私が食べてくれるように、新しい若者風?な料理を勉強していたのです。
さすがに私は申し訳ないと感じ、次の日から祖母の食事を食べようになりました。
祖母はそれを見てニコニコしていました。しかし祖母が作る昔の味付けには
私はあまり手をつけませんでした。そのため祖母はあまりその料理を作らなくなり
私好みの味付けで作ってくれるようになりました。そんな食事を続けている
ある日祖母が倒れました。私のせいで過労と、私にあわせた食生活がたたったようです。
私は、その時は特になんとも思わずあまりお見舞いにも行きませんでした。
しかしある時父親から用事を言いつけられ面倒だと思いながらも病院へ向かいました
そして病室へ行った時、私は祖母を探しました、その部屋には目の前にいるヨボヨボの老婆
しかいませんでした。もう一度部屋を確認しよくその老婆を見てみると
私はショックを受けました。目の前にいるヨボヨボの老婆こそ、私の祖母だったのです
祖母は家で見ていたよりやつれ、一回り小さく見えました。




390 :思い出おむすび:03/09/21 16:51
私は、胸のおくが締め付けられるような気分になり、自分がしてきた
事の愚かさを恥じました。そして私は祖母のもとへ行きました。
私は何も言う事ができず、そのまま祖母の前で立ち尽くしていました
すると祖母が笑いながら私にこういいました。
「ゆう君(私の名前)ごめんね、ばあちゃんこんなんだから
ゆう君にご飯作ってあげられなくてね、あぁでも婆ちゃんもっと料理勉強
しなきゃダメだね、ゆう君の好きなようなごはんつくってあげれなくてごめんね」
と言いました。その瞬間胸に溜まってたものが、一気に眼から溢れてしまい
私はその場で泣きだしました。そして私は泣きながら「婆ちゃんごめん・・・
俺婆ちゃんが作ってくれるご飯全部好きだよ・・・・ご、えっめごめんね」
と繰り返しました。



391 :思い出おむすび:03/09/21 16:52
その次の日から私は毎日のように祖母のお見舞いに行きました
しかし祖母の病状は悪くなっていきました・・・・ある日祖母が突然家に帰ってきました
私が祖母に「どうしたの?大丈夫なの?」と尋ねると祖母は「ゆう君にご飯作って
あげなきゃね」と言ってキッチンへ向かいました。祖母は私に「何が食べたい?」
と言ったので私は「婆ちゃんのあの煮物」というと祖母は「えっ?あれでいいの?
無理しなくていいんだよ」と言うので私は「僕本当は婆ちゃんの煮物好きなんだ」
すると祖母はニコリと笑い「そう?ありがとうねぇ」といいました
そして料理ができ私は「おいしい、おいしい」と言って食べました
祖母は自分は食べずにそれを見てニコニコ笑ってるだけでした。そして父親が帰ってくると
祖母はそのまま病院へもどりました。そしてその二日後に祖母は亡くなりました
私にとってこの祖母との最後の食事はけっして忘れられない食事の一つです。




392 :もぐもぐ名無しさん:03/09/21 21:33
あげさせてもらいます。

390=391さん、声をあげて泣かせていただきました。
それまでの行いは確かに・・・ですが、
最後の最後にお婆さんにおいしいって言ってあげられて
本当に良かったですね。お婆さんも安心して天国へ召されたのではないでしょうか。

最後に私見なのでスルーしていただいて良いのですが、
お婆さんが若者料理が原因で身体を悪くされたと思わないで下さい。


393 :思い出おむすび :03/09/21 23:29
>>392
ありがとうございます。
そう言ってくれるお気持ちはありがたいですが
私のせいで心労がたたって調子を悪くしたのは事実ですので
これは紛れもない事実です。だから私は生きてるあいだずっと祖母への感謝
の心を忘れないようにしています。

ちなみにコテハンが変わってしまいましたが
1つ目386=387 2つ目388=389=390=391
長文ですのでよければ暇つぶしに読んでください。
もう少しだけ思い出の食事がありますので、また暇があれば書き込ませてもらいます

394 :長文スマソ:03/09/21 23:58
昔じいちゃんが作ってくれた卵焼きの味が忘れられない。
部活がいつもより遅くなって、3時ごろ帰ってきたんだけど、まだ昼飯たべてなくて。
そしたらじいちゃんが「よし、じいちゃんがおかず作ってやろう」って言って
作ってくれたのが、卵焼き。
そのときじいちゃんは前立腺がんで、だんだん足腰が弱ってて、杖無しじゃ歩けなかった。
作ってる間俺がそばにいて腰を支えていたんだけど、今までじいちゃんが料理してたの
みたこと無くて、だけど驚くほど手つきがよかったからびっくりした。
そして出来上がったのを食べてみたんだけど、あまじょっぱくて、なんとも言えずうまかった。
じいちゃんは俺がうまそうに食ってるのを見てとてもうれしそうだった。


そのじいちゃんも先月あっけなく逝っちゃった…本当にあっけなかった。
最近その卵焼きを再現しようと思って作ってみたんだけど、どうしてもできなくて。
思えばあれが最初で最後のじいちゃんから作ってもらった料理だった。
俺にとっては、忘れられない大切なじいちゃんとの思い出の味。

395 :もぐもぐ名無しさん:03/09/22 22:18
386-391 さん、読んでて胸がいっぱいになってしまいました(´・ω・`)
不幸なのかもしれないけど、すごく温かい家族に恵まれてらっしゃったんですね。
おいくつかわからないけれど、お子さんができたら同じように大切にしてあげてください(´・ω・`)

396 :もぐもぐ名無しさん:03/09/23 05:57
>>393
あたしのばあちゃんも今入院してるのだが、
ばあちゃんもっと大切にしようと思った。ありがとう。

397 :もぐもぐ名無しさん:03/09/23 06:30
今なける2ちゃんねる見てて思い出したので…
思い出の食事ではないかもしれないけど。

うちの父はとても不器用な人で、風呂、飯以外ほとんどしゃべらないような人でした。
小学校のときはほとんど単身赴任で、うちにいなかった。
それでもたまに帰ってくるとご馳走だったりお土産だったりでうれしかった。

私が10歳くらいの誕生日だったと思う。
週末父が帰ってきたときに誕生日パーティーを家族でしたんだ。
父がケーキを買ってきたんだけど、それがバターケーキだったの。しかもチョコの。
誕生日ケーキといえば生クリームで白いものだと思っていた私は泣いてわめいて結局食べなかったんだよね。
あのときの父の心境を考えるとつらい。
料理はまったくできない父だけど、
娘や母がおいしくないものを作っても文句ひとついわずに食べてくれたね。

今年の夏かえって初めて酌を交わしたよ。
ずいぶん小さくなってしまったね。
会社の借金とか、ずいぶん荷物を背負ってるからなんだね。

もう少し、長生きしてください。
まだ何も恩返しをしていないから。

398 :酒=メチル以外:03/09/23 14:16
>>397
>>383です。
バターケーキのチョコですか。私がまだ養護施設にいたころ、クリスマスのときのケーキは、バターケーキか、おっしゃるバタークリームのチョコのケーキのデコレーションでした。
別スレッドでもバターケーキの話題がちょこちょこ出ますが、その話を読むたびに、何だか切なさと怒りとなつかしさと、えもいえぬ思いに駆られます。

おととい、塾の同業者の先輩方に動員されて酒を飲んでいましたら、実父(外出の通り、30年来あっていないが、先日連絡が取れた)から電話がかかり、今船で北海道の苫小牧に着いたとのこと。
いろいろあって事業(電気屋)を潰し、あちこちを転々としながら、炎天下、寒い中、土木作業その他の仕事をしているそうな。
まあそういう事情(飲み会の途中、しかも大先輩に囲まれて)だったからあまりしゃべれなかったが、父は私の誕生日(5歳までは知っている)のとき、どんなケーキ(じゃないかもしれんが)を食べさせてくれたのだろう。
今度聞いてみようと思います。

399 :もぐもぐ名無しさん:03/09/23 18:30
386〜391さん
祖父母が孫に注ぐ愛情って無限なんですよね。
きっとおばあちゃんは「なんて我儘な孫だ。」なんて露ほども思わず、
ただひたすら「『婆くさい弁当』なんて言われたら孫が可哀相だ。」
とただその一念で今風のおかずに一心にチャレンジしたんでしょうね。
貴方の気持ちを知って、おばあちゃんはきっと今頃天国で喜んで
いますよ。

400 :もぐもぐ名無しさん:03/09/23 23:06
泣けるからage

401 :もぐもぐ名無しさん:03/09/24 13:08
みんないいお祖母ちゃんだなあ…泣ける…。
ウチのお祖母ちゃん料理全然出来ない人なんです。やったことがないから。
いつも上座でふんぞり返ってる人で「孫のために」なんて茶碗一杯よそった事がないです。
てゆかご飯盛る時、毎回
「私は家で一番偉いんだから一番美味しい部分を盛ってよこしなさい」と
自らのたまえる人です。
人の接し方がわからないからお金やモノでつらないと人間関係が築けない…
誰に対しても自分が一番でないと気がすまないので友達も殆どいない…
会話内容が他人の悪口や悪い噂話ばかりなので一緒にいても気が滅入ります。
おおよそいいトコなしのウチのお祖母ちゃんですが、こんなクソババでも
逝く事考えると悲しくなるので家族って不思議。


402 :もぐもぐ名無しさん:03/09/24 16:06
>>401
てえことは、周りは遺産狙いで目ぇぎらぎらと・・・
ちょとかなすぃ人生かも。

403 :401:03/09/24 21:21
>>402
んなこたぁないです、別に遺産争いになるようなものは何もない祖母ちゃんなので。
特別資産があるわけでも家柄が良いわけでもないのに何故か選民意識が強いというか
なんというか…ただひたすら『自分が一番』の人なんです。
祖母ちゃんには妹が何人かいるのですが、皆ウチの祖母ちゃんと似てもにつかず
ほがらかで家庭的で気遣いの上手なおバアちゃんばかりです。

ちゃんとスレにそった話書かないとだめかな。
今夜の夕飯、茄子の味噌炒めつくりました。中学の頃母が教えてくれたんですが
茄子に火が通る頃に砂糖、塩などの調味料を入れます。この時母が
「この時砂糖や塩を入れると浸透圧で茄子から水がでるのよ」と教えてくれました。
なんでかこの時だけ「浸透圧」なんて理科っぽい言葉が出てきたのが印象的で、
以来茄子料理作ってる時必ず頭に「浸透圧」て言葉が浮かんでしまいます。
全然感動的じゃなくてごめんね。

404 :もぐもぐ名無しさん:03/09/25 07:47
んーでもそういうのイイよね。

405 :酒=メチル以外:03/09/25 16:11
>>403
意外なときの意外な人からの意外な言葉、案外印象に残るものですね。
例えば同じことを学校や塾の先生が言っても何のかんがいもないでしょうから。
そんなエピソードあったかなと思うけど、思い出せんので、また思い出したら書きます。

406 :234:03/09/25 19:10
盆と正月に母の実家に行ったとき、兄と一緒に必ず立ち寄る場所がある。
母の実家のほど近く、一軒の古い雑貨屋だ。

まず兄がガラス戸を開け、「こんにちはー」と声を掛ける。
暫くして足をひきずりながらおばあちゃんが出てくる。
「あぁ、よう来た!」
にこにこしながら店の冷蔵庫からジュースを出し、俺たちに振舞う。
時にはアイスだったり、お菓子だったり。
俺たちはジュースを飲みながら近況を話し、おばあちゃんはにこにこしながらそれを聞く。
記憶に無いほど昔から、それが習慣になっている。

おばあちゃんには片足が無い。
何故なのか知らないし、知りたいとも思わない。
優しくて暖かいおばあちゃん。
それで十分だ。

「あんた方が毎年元気な姿を見せてくれるのが嬉しくってねぇ・・・」

俺たちもばあちゃんの元気な姿を見るのが嬉しいんだよ。
恥ずかしくて、一度も言ったことが無い。

407 :234:03/09/25 19:11
帰り道、俺と兄はいつも無言になる。
たぶん考えている事は同じだ。
また顔を見せに行こう。

ガキの頃はジュースやお菓子欲しさに。
けれども今は、あの笑顔が見たいから。

大人になって、自分を取り囲む環境が大きく変化してしまった。
住む場所も変わったし、付き合う友人も変わった。(母親も変わったw)
でも、変わらないものもある。
それが永遠に続かないことは知っているし、だからこそかけがえなく大切に思っている。

一年後、二年後、三年後・・・あのばあちゃんは元気だろうか?

母が死んだとき、泣いてくれた人だ。
家族ではないけれど、家族と同じくらい大切な人だ。

408 :もぐもぐ名無しさん:03/09/26 00:35
おにぎりたんの新しい話聞きたいよぉ

409 :御近所は家族なんですよ:03/09/26 00:51
>>406.407
小生にとりましても「家族と同じくらい大切な人だ」と思える人は数知れず、そんな「当たり前」と思う
世の中が当たり前で無くなっているこの御時世。小生はあなたのスレに激しく同意いたします。
あと、御同輩(同世代)「酒=メチル以外」殿。いつも感銘を受けております。何時か酒でも交わしたく思う次第。

410 :酒=メチル以外:03/09/26 00:54
じゃあおいらも、家族じゃないが、家族以上にお世話になった方の話を。

おいらが実の母に再会したのは、18歳の大学に合格してすぐのとき。
そのときおいらは、大学のサークルのある先輩に導かれ、ぐれずにすんでいた。
中3のとき、その先輩の下宿で、土日の半日づつ使って、中学でのいじめ云々の話を愚痴りまくった。
その先輩は、おいらに特に細かい指示をするでもなく、あおるでもなく、でも一言、繰り返していた。

「とにかく、暴力だけは振るうな」

その言葉だけで、おいらは救われた。そのことをすぐ、再会した母に報告した。

その年の5月の連休、その先輩の実家に遊びに行った。その先輩のお父さんは京都の西陣織の職人さんだった。
食事は、生まれて始めていった新幹線の食堂車でカレーを食べていた。
そんなことより、その家にいって、酒を飲んだことを今でも覚えてます。

そのお父さんからタバコを勧められたが、「私は吸いませんので」と断ると、えらくほめられ、
では酒を飲むか、と言われると、欲求には勝てず(苦笑)、喜んでいただきますと答えたが最後。
沖縄に行ったときの土産だと称して、ジャンヌダルクの絵のあるブランデーなどが出てきた。
お父さんはおいらに酒を飲ませながら、「酒飲みの心得」を語ってくださった。

「**君(おいら)、ええか、酒を飲むのはええけどな、これだけは覚えときや。
酒を飲んでも、本性を失わんこと。それから、飲む以上はたのしく飲まんかい。たまになき酒とか、怒り酒とかそういうことをするのがいるが、そんなのはあかん」

そんな調子で、延々説教になってしまった。
そのお父さんも、今から5年ぐらい前になくなられたとのこと。でも、その先輩(長男)の子供さんの顔を見ることが出来たようだから、良かったんじゃないかなあ。

実はその半年後の大学祭の後の打上で、おいらは急性アル中で救急車を出動させてしまった(爆死)。今思えば、ろくでもないことしてたなあ。
その話を先輩にしたら、「そうか親父がそんなこというてたか」と懐かしんでおられた・・・



411 :酒=メチル以外:03/09/26 01:04
ごめんなさい。酒版のほうが良かったかな、こんな話・・

実は、新たに身内に始めて会う時と言うのは、どうも前日、酒をさんざん飲んだ後というパターンが多くて・・・

母は再婚していて、父親違いの妹が2名。下のほうが先に結婚して、娘(2歳)がいます。
この娘(姪)に最初に会ったときも、前日3時ごろまでカラオケスナックで飲んで、歌いまくって、朝8時ごろにもそもそと起きて、半分ふらふらになって会いに行った。
でも良かった、生後2ヶ月で・・・(18歳だったら、思いっきり軽蔑されていただろう・・・)
〜〜母が孫(姪)を抱きながら、いやみを言っていたことは言うまでもない。しかしそんなことで酒をやめられる私じゃない!(きっぱり)

こんな馬鹿息子でも、たまに親元に行くと、地元の海産物でもてなしてくれます。(酒控えめなのがちょっと、ネ)。

412 :もぐもぐ名無しさん:03/09/26 01:18
小さい頃食事の時に父と母が「フカヒレは旨い。でも高い」
と話していて、その未知な食べ物に興味を持った私は
母に「フカヒレが食いたい」と言ったら
母に「お前が今食べてるのがフカヒレだ」
と言われた。それから約10年以上の月日がながれ
高校での弁当の時間、友人の弁当に鎮座しているフカヒレが。
思わず「お前の弁当にフカヒレが!このブルジョアめ」
と言ったら、その場にいた全員に(゚Д゚)ハァ?って顔された。
そして皆の(゚Д゚)ハァ?顔に私も(゚Д゚)ハァ?

私がフカヒレだと信じていたソレはキ ク ラ ゲ でした。

怒って学校から帰った後母に「フカヒレはキクラゲじゃねぇか!」と文句を言ったら
母は、しれっと「バカねぇ、キクラゲはクラゲよ〜♪」

それからまた10年近くたった頃、今度は会社で
「キクラゲはクラゲなんですよね」
と言った私に会社の同僚&上司に先輩達が(゚Д゚)ハァ?な顔したのは言うまでも無い・・
また母に怒ったら「気づくのに20年近くもかかるなんてねぇ」と大爆笑。

おかげで今でも食卓にキクラゲがいると、微妙な気分になる。
そしてスレ違いな気がするのでsage

413 :もぐもぐ名無しさん:03/09/27 00:06
いいよ>412
そういう話もアリだよ。

414 :もぐもぐ名無しさん:03/09/27 14:11
中1の時ワタシはクラスで無視されてた。
理由は、クラスのリーダー格の女の子の好きな男子と仲が良かったとか
そういうのだった気がする。小学校時代や入学当時は友達も多くてどちらかといえば
ずっと人気者だったのでもういきなり転落人生ってカンジ。

母に「学校どうだった?」って聞かれて入学当時は報告するのがうれしか
ったんだけど、そうなってから心配かけたくないってのと見栄っ張りってので
「毎日楽しいよ〜、今日も〇〇と放課後ね」なんて嘘の報告。
ことさら寂しさを感じて思わず母の前で泣きたくなった時もあったけど、
毎日孤独だってことはひた隠しにしてた。親にいじめられてることが
ばれさえしなければ自分を完璧に幸せな子だってどこかで信じることができる気がしてたのかもしれない。

そんな折、最悪の日がやってきた。遠足だ。友達のいない私は当然ひとりで
弁当をつつくことになる。広い公園で、グループ同士でそれぞれ好きな方角に
生徒たちは散っていく。私は独りでいるのが先生にばれないように、人目に
つかない端っこの木の所で弁当を開いた。

弁当はいつもより大きくて、エビフライやグラタンやサンドウィッチや小さな
スパゲティや、ハンバーグや別タッパーの果物や…他の子たちのお弁当には
ないくらいのたくさんのご馳走が詰まってた。
そしてこんな手紙が入ってた。「フルーツはお友達にもわけてあげなさいね」
包みの中にはたくさんの爪楊枝が入っていた。きっと大勢の友達とつつける
ように、考えてくれたんだ。それとも、孤独なことを知っていて友達と仲直りするきっかけをつくって
くれようとしたのか。とにかく母の心遣いが寂しい私の心に沁みた。
おかあさん、ごめんね。…と泣きながら弁当を食べた。



月日がたって今ではたくさんの友達がいる私だけど、あの時の弁当を
思い出すと心が痛みます。

ちょっと主旨がズレでスマソ

415 :もぐもぐ名無しさん:03/09/28 13:59
久々に見た良スレだなあ。

ついでに私も一つ。
小学校高学年の頃、夜になると突然息が出来なくなることが多々あった。
必死に息の吸い方を思い出そうとしても思い出せない。
普段は息なんて意識してするものじゃないから、思い出せなくて当然だ。
焦れば焦るほど、どんどん苦しくなって動悸も激しくなる。
本当にそのうちぱたっと死ぬんじゃないかと思ったし、眠るのが怖かった。
呼吸が戻ってからも、いつまでもどきどきが止まらない。
そんな時トイレに起きる祖母に無理やり、ラーメンを作ってとせがんでた。
私が当時大好きだったマルちゃんラーメンの醤油味。
卵溶いてもやしが入ってるだけのシンプルな奴。
熱々のラーメンを平らげると、まだ死んでない、生きてると実感出来て安心して眠れた。
今はインスタントラーメンなんて滅多に食べないけど、食べるときにふと思い出す。

416 :もぐもぐ名無しさん:03/09/29 21:19
アゲ

417 :御近所は家族なんですよ:03/10/01 22:43
>>412
お茶目なお母さんから出てきて良かったね。(^^)
俺は素晴らしいお母さんだと思います。

418 :御近所は家族なんですよ:03/10/01 23:05
>>414
お母さんの気持ちに気付ける414さんは真人間であり、ぶっちゃけ少年期には「何故に私が!」ってな友情心情絡めた
その後の人生に跡を残す事故は起こりがちなもの。しょうがない、自分の意志以外のモノが動いていたのだから。
でも、そういった気持ちを正直にテキストに書き込む方々は本物の「強さ」って解ってると思う。
俺はここに書き込む「自分を表せる人」が好き。 >>414殿、幸せになってくれよ。  >>410殿、酒飲んでた?(w

419 :たかすぃ:03/10/01 23:42
思い出の味かあ。。

玉子焼きだな。俺の母さんは昔から弁当には必ず玉子焼を入れてくれた。
表面は軽くこげめがついてて、中はとろっとしてて美味かったなあ。







420 :酒=メチル以外:03/10/01 23:46
>>418殿
その折は、良く飲んでました。飲ませていただき、嬉々として飲みました。
今は一人で、酒を飲んでまっせ!
学生のころは、先輩などとのみに行って、その店でよくボトルを入れてもらってました・・・
〜〜だんだんアル中の星になりつつあるので、これにて。

421 :御近所は家族なんですよ:03/10/02 00:05
>>420
昨日から小生もビールから焼酎に切り替えております。(素のお湯割 by 「いいちこ」。750ml半分空けたか。)
でも>>酒=メチル以外殿の、カキコが支離滅裂で正直心配になりましたよ。(「他人が!」って言わないでね)
おいらはですね、いい奴ばっかの世の中であってもらいたいのですよ。(無理って事は百も承知。)
そういうことで次の話し、GO!

422 :酒=メチル以外:03/10/02 00:23
ご近所は家族なんですよ殿

すません。「その折」というのは、外出の酒の説教の話です。説明不足でした。
やっぱこういう話は、酒を飲まずに書くものですね・・・(反省)。
また近く、今度は別の話をお出ししますんで。〜〜あ、食べ物スレッドの、「昔食べてたものと今との違いを語ろう」をぜひご覧あれ。

423 :もぐもぐ名無しさん:03/10/02 00:34
漏れはおばあちゃんっ子だったがもうかれこれ9年もばあちゃんに会ってない…
あぁ、ばあちゃんの料理が食いたい

424 :酒=メチル以外:03/10/02 01:19
>>423
意を決して、時間を見て行ってごらんよ。歓迎されるぞ、多分。
おいらも母の母(ばあ様)に、経済危機を救ってもらったことあり。娘婿(私の父)にはものすごく怒り心頭なのだが、孫の私には、そんなことひとつもなし。
そのおばあさまの作る食事は、ほぼ食べられずじまいに終わりそう・・・。
〜〜酒をさんざん飲んでいても(母は相当報告しているはずだが・・・)何もいわないし、妹の結婚式のときの失態(酒を飲んで暴れたわけじゃありません。名誉のため)も、それとなくかばってくれたし。
上の妹がタバコをひそかにすっているという話には、(成人後とはいえ)結構非難していたのにもかかわらず・・・。

そういえばある年の正月ごろ、母の元へ行っていたとき、おばあさまがこられて、うれしそうに私の前で戦時中の話しをしていたのが忘れられません。
〜〜よかった。あまりそのとき酒を飲んでなくて・・(苦笑)。

425 :もぐもぐ名無しさん:03/10/02 01:25
母親が料理嫌いだったので
近くのラーメン屋のが我が家の味ですた

426 :もぐもぐ名無しさん:03/10/02 10:42
大学行くと同時に一人暮らを始めた。
それと同時に両親も離婚した。


1年後に父の居る家に帰って料理の腕比べしたら俺が勝った。
そこで親父が言った一言



おまえは離婚しても困らへんな!



いや俺、結婚はしても離婚する予定はねーよw

427 :ご近所は家族なんですよ:03/10/03 22:41
>>442殿
いや、酒飲みながらカキコする事には何ら問題は無いのですが、らしからぬスレ違いっぽいコメントがありましたので
突っ込ませていただきました。
小生もスレ違いついでに1ネタ。
中学の頃、白メシに「スプライト」ぶっかけて食べる友人がおりました。小生<「それ美味いの?」と、
友人<「シュワシュワして美味ぇんだよ!」と満面の笑顔で回答。嬉しそうだったので「そうなんだぁ」と、こちらも笑顔。 

428 :酒=メチル以外:03/10/05 02:49
>>427さま
スプライト飯ですか・・・昔の瓶詰めのほうが今より炭酸がきつかったはずだから、さぞや刺激的な味だったのでしょうね。
炭酸飲料は、ビン、缶、ペットボトルの順で炭酸がゆるくなるそうです。これは、製造後搬送段階などで破裂する恐れがあるため、後者になるほどあまり炭酸をきつく出来ないというわけです。
だから、ペットなら500ミリでも意外にすんなり飲めるわけですわ。

早々、これで思い出した話をひとつ。
私のいた養護施設では、毎月「おやつ代」と称する金が子供に配られました。
これを使って、私たち児童(施設にいる子供を、こう呼ぶのです)はまあ、買い物に行きます。
しかし高校生にもなると、インスタントラーメンやジュースに化けることが多くなりました。
ジュースはというと、保証金30円のつく1リットルのコーラ、ファンタ、スプライトを買い込みます。
そして、飲んだらこっそり(半分黙認でしたけど・・・苦笑)店にもって行ってお金に変えます。すごいときには拾って持っていってみたり(爆)。
そして小金〜60円とか90円〜をつくり、外出先などで60円のビンのコーラ(300ミリのペプシが御得感で良かった)やスコールという炭酸飲料(今も出ている)を買い、飲んでいました。
それも、車の販売店に入り込んで(もちろん建物の外だから大丈夫)、買って飲むわけですわ。
何だかせこいことをしてましたが、そんなことして飲んだものほど、どういうわけかうまかったものです・・・。



429 :もぐもぐ名無しさん:03/10/05 15:24
コーン、ベーコン、ジャガイモが入ったチャウダーみたいなやつ。
親父は「かあちゃんスープ」と呼んでいた。
そのスープが出るといつも、親父と最後の一杯争奪戦が繰り広げられた。
そのくらい俺と親父の好物だった。

大き目の鍋一杯に作ってくれるのだが、夕飯が終わると鍋は見事にカラになる。

どんな作り方してるのか聞いた時母さんは、
「スープの素と牛乳で簡単に作れるわよ。本当はもの凄い手抜きなの。
 結婚して以来、ずっとお父さんは喜んでくれてるから言えないけどね」
って笑ってた。

そんな母さんが先月逝った。長い闘病の末に。
親父がすっかり飯を食わなくなった。
俺が「かあちゃんスープ」を作ってみた。親父はおかわりしてくれたけど、
鍋には半分も残ってる。いつも綺麗になくなってたのに。

母さん。どんなに簡単な料理でも、同じ味にはならないよ。


430 :ご近所は家族なんですよ:03/10/05 16:17
>>428
さすがは同世代。小生もやっておりまたなー「コーラ1g瓶交換」。うちの田舎では一本20円だったような記憶が..
小生はお店のオバちゃまから換金後、速攻「スーパーカー消しゴム」目当てで「ガチャガチャ」に走った記憶が
あります。 思いっきりスレ違いですね。スマソ。

>>429
お母さんは、凄くお父さんに愛されていたのでしょうね。 読んでてジーンときました。

431 :欠食児童:03/10/07 09:31
428 :酒=メチル以外様
スコール ^^
懐かしいですぅ

432 :もぐもぐ名無しさん:03/10/07 10:13
俺はガチャガチャで後輩はガシャポンで一部はガチャポンだと言い張る・・・


433 :酒=メチル以外:03/10/07 19:37
431@欠食児童様
本日酒を買いに(・・・)デパート系スーパーに行くと、スコール、ありました!
近くのコンビニには、青りんご味が常時置いてます。
〜〜懐かしいんだけど、ペットボトルなもので、どうも買う気が起こりません・・・

>>432
その言い方について、あるサイトの掲示板で盛り上がってました。私は「ガチャガチャ」と言ってましたがね。

434 :ご近所は家族なんですよ:03/10/07 21:45
>>432
「ガシャポン」はバンダイの登録商標銘です。今思えばファミコンでガシャポン戦士ガンダムという
ゲームがありましたが(あれってディスクだったような気が)、まぁ、その位の時期(昭和60年代?)に
商標登録を終えて以降、「ガチャガチャ」vs「ガシャポン」論争が始まったのでしょうね。
つまり、「ガチャガチャ」表現=昔を知っている属性。「ガシャポン」表現=比較的若い方。
となるのでしょう。小生も「ガチャガチャ」の出始めは10円とか20円だったと若いモンに良く話しては
年寄り扱いされてます...32なのに.......

435 :ご近所は家族なんですよ:03/10/07 21:47
>>ALL
スレ違いスマソ。 m(_ _)m

436 :もぐもぐ名無しさん:03/10/08 23:42
age

437 :もぐもぐ名無しさん:03/10/12 04:15
高校の頃に居酒屋でバイトしてた時、そのバイト先とか常連の料理人の人達と料理の話をたまにしたのね。
技術論とか精神論とか。
ある時、やっぱり料理は心だ。心がこもってなけりゃ技術は意味がない。みたいな話がでて
そん時は、ふーんって思って聞いてたんだけど
この前久しぶりに母親の作った料理を食った時に、あぁ、こういう事なのかなって思ったよ。

サゲ

438 :もぐもぐ名無しさん:03/10/12 22:44
>>437
その通り!!!

439 :もぐもぐ名無しさん:03/10/13 03:18
>>437
いい人に会えたね。

440 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 16:28
私がまだ学生だった頃、父は突然会社を辞めて、自営を始めて家にいたんだよね。
その頃は私も反抗期の終わりかけで、勝手に会社を辞めてずっと家にいる父が鬱陶しくて無視したりしてた。
母は遅くまで外で働いていたので、夕食は父が作ったり、私が作ったりでいつも2人で食べてた。
でも、反抗期だったのもあって、父が作ってくれた夕食も、わざと時間をずらして食べたり、
階下にいる父が「○○〜玉子焼き食べるか〜?」とか「味噌汁飲むか〜?」
なんて声かけるたび「いらない。」なんて答えてた。
父は玉子焼きが大好きで、自分でも良く作ってた。正直、その玉子焼きは美味しかった。

父はその後、自殺した。興した会社がうまくいかず、すごい借金抱えて悩んでいたんだと思う。
でも、私はもちろん母さえも、事業がうまくいっていないと気づかなかった。
今思えば、会社を突然辞めたのだってリストラされたんだと思う。
父は私たちに気づかせないようにしながら一人で悩んで逝ってしまった。

今思うと、あの時の玉子焼き、ちゃんと食べておけば良かったと思う。
しばらくは階下から「○○〜玉子焼き食べるか〜?」って声が聞こえるような気がして
自分の行動を悔やんだ。

今ではそれはもう思い出だけど、夫に「玉子焼き焼くの上手いね」と言われる度に
「うちの父の焼く玉子焼きはもっと美味しかったよ。」と答えて、ちょっと泣きそうになったりする。

441 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 18:56
何個ネタが紛れ込んでんだか、気になる(w
特に養護施設の話なんかネタとしか思えない。
今時そんな所に入っている人間なんて極少数だろうにね。
ネタじゃなくて実話が読みたいな〜。
あと、不幸自慢もうざいから。
そんなに崩壊家族がいるわけないじゃん(w
普通の家族との思い出の味の話ってないのかね。

442 :440:03/10/19 19:28
>>441
ネタ扱いされるんだったら書くんじゃなかった。
父が自殺した事は誰にも言えなくて、ここでしか思い出が語れなかっただけ。


443 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 19:41
441みたいなかわいそうな人はスルーにしましょう。

444 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 20:25
まあほら、441は自ら語れるような普通の家族との
思い出の味もなさそうですし。

445 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 20:51
>>441
まあまあ、そんなにイラつかなくてもいいじゃないか。
ネタであろうが何だろうが、俺はこのスレの話が大好きなんだ。
不幸話が嫌なのは分からんでもないが、辛い体験というものは
忘れようとしても忘れられないもんだから、どうしてもそんな
話が多くなるんだと思う。
でも、辛い体験を文字にしてここに書き込むのはとても勇気が
いることだよ。

441さんも何か書き込んでくれないかな?
暗いのが嫌いなら明るい話でも、笑える話でも、単なる日常の
食事風景でもいいんだ。

446 :441:03/10/19 21:08
>>442 、443、 444
荒らしに反応する人もまた荒らしですよ(w

家族との思い出の味スレなのに単なる不幸自慢ネタになってるね、このスレ。
あ、442、わざわざ反論ありがとう(w
しかし、父親がそこまだ追い詰められているのに気づかないってどういうこと!?
うちのオモニだったら絶対自殺なんかさせないよ!つかあんた氏ねば(w
日本人は駄目だね(w
下等民族はせいぜい身内で傷でも舐め合っていてくださいwww





447 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 21:35
うちは農家なんだが、じいちゃんの作る葉ニンニクを炒めた奴が俺の好物。
未だに帰省したらまず食べるのはそれ。

あとは、じいちゃんの友人が漁師で、野菜と物々交換でくれる太刀魚とかも好きだったな。
その日の朝まで泳いでた奴を酢漬けにしたり、塩焼きにしたり。

一人暮らし始めて、いかに新鮮なものがうまいもんなのかを実感したよ。

448 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 21:49
>>446
チョン氏ね
こんなところにまで出張してんじゃねーよ

449 :もぐもぐ名無しさん:03/10/19 23:42

ちょっとせつなくなった食事の風景のほうに
私がご飯作らなかったので祖母が効かない体をおしておじや作る(ほんとごめん)
話かいたものですが、

で、思い出したので祖母から聞いた関東大震災の時の話しを。

祖母は当時有楽町界隈に住んでいたので、直撃をうけました。
日比谷公園に行くと、避難した人でごった返していて、配給とか、うまく行ってなかったようです。
上野の山まで行ったほうが良いみたい、ということになり、歩いて移動。
向かう途中、
探し人の名を書いたのぼりを立てる等しながら、親族の安否を気遣い地方からきた人が多くいました。

その中の一人が、祖母たちに、自分の探している人は見つからないが、
持ってきたおにぎりがだめになってしまうから、みんなで食べなさい、と
リヤカーにたくさん積んできたおにぎりをくれたそうです。

その話しをする時の祖母の
「こんなおっきくてまっっっっっしろなおにぎりがリヤカーにいっぱいあって…」
という口調が印象的だったなあ。


今年その祖母は亡くなりました。
意識なくなる数日前はちゃんと話しが出来ていて、しかもしゃべりたいことがイッパイあったみたい。
でもいつものようにちょっと会っただけでまた来るね、と挨拶したのが最後の会話になってしまい、後悔してます。


450 :酒=メチル以外:03/10/20 01:04
残念ですが、私の書き込みに関する限り、実話です。
これ以上は言いたいこともあるが、やめておきます。
また、そのうち書き込みますわ。良識ある皆さん、よろしくね。

451 :もぐもぐ名無しさん:03/10/20 19:50
お母さんのハンバーグ、実家を出る前からずっと食べてないな。
肉を良く練らない、かなりの粗微塵な人参玉葱入り、
成形せずにフライパンにタネを落としてフライ返しで平たくする、
こんな作り方だからデカくて薄くてボロボロでしかも黒焦げ。
いつも文句言ってたけど、今ではあれも懐かしい…。

452 :酒=メチル以外:03/10/21 02:28
>>451
そうそう。家庭〜といっても、私の場合外出の通り養護施設で育ったから少し違うかな〜などで作るハンバーグって、おっしゃるとおりで、なんか「不細工な形」だった。
おそらく私が施設にいたときの食堂の調理師さんたちも、手作りで作られていたんだと思う。それこそ451さんのおっしゃるような感じのもので、冷凍のレトルトなんてことはなかったよ。
そのころは、さすがに私は451さんのように文句は言わなかったけど、たまに外食で食べるハンバーグの奇麗な形が、うれしかった・・・
今は外食ばかりで、先日もジョイフルでハンバーグを食べたが、なんか昔のようなうれしさとか、そんなのはひとつもない。
逆に、家庭の手作りのハンバーグ、私が食べると「酒のつまみ」となっちゃうのはもう明らかだが、それでも久しぶりに食べてみたいなあ。


453 :もぐもぐ名無しさん:03/10/21 07:16
中学生の時、母が作るお弁当はいつもカラフルだった。
おかずそのものは冷凍食品とか簡単なものだったけど、
私が遅刻しそうな時でも「緑が足りない」「赤が入っていない」
と言ってはプチトマトやら何やらを入れていた。
友達が「かわいいお弁当」と羨ましがってくれたのがちょっとうれしかった。
懐かしいなあ・・・。

454 :もぐもぐ名無しさん:03/10/21 19:03
不味いご飯ばっかり作られたので、思い出の味を思い出すだけで・・・(泣
親はいない方が楽ですね
私も養護施設の方が良かったなぁ、後腐れないし
酒=メチル以外さんの環境が羨ましい
将来面倒見させられる事になったら、思い出の味をタプーリ喰わせてやる
毎日不味いメシやだよぉ・・・

455 :酒=メチル以外:03/10/23 02:53
サハシ>>455@うどんコーナーゲット!

>>454さん、うらやましがられても・・・(苦笑)。
あの業界は、いい施設と悪い施設の差が大きいしねえ。うちはいい施設にめぐり合って、そこはほんとに感謝してます。
いろいろ問題点はあっても、「できるだけ家庭に近づけるように」と、皆さん一所懸命に考えて行動されてたから。
そういう意味では、かえって客観的に「家庭の味」なるものを冷静に見られるようになったのは良かったと思ってます。
よさも悪さも含めてですよ。

6歳で施設に入ったころ(1976年ごろ)、一番いやだったのは、それこそ454さんのおっしゃる「まずい飯」=「こげだらけのご飯」〜ご丁寧に麦が入ってたんですよ。まあ今なら、焼肉屋で出されるとうまいけど。
焦げのにおいに、吐き気さえ催したことも・・・。でも、
あれでたいていのまずいものは食えるようになりました(苦笑あるのみ)。その施設が移転したころ(1982年ごろ)には、なぜかこげは減りました。
機械がよくなったのだろうか・・・

そんなわけで、「焼きおにぎり」南下も好きじゃないはずなのだが、あれなんかむしろ「香ばしい」って感じで、何ともないのですわ。


456 :もぐもぐ名無しさん:03/10/23 21:24
俺が中1の時の自分の誕生日、何をやっても駄目な
俺のことで両親が口論になって、俺が
「誕生日の日に喧嘩なんてやめてくれよ!!」と言ったら
「誰のことを言ってると思ってんの!」言い返されて、
なにも言えないうちに納得してしまった。
悔しいのもあったせいか、俺は自分の部屋に逃げるようにしてその場を去った。
そしてその日の夜中に一人でケーキを食った。
自分がなぜか卑怯者のような気がして、声を殺したとはいえ
久しぶりに泣いた気がした。
それからというもの、誕生日に限らず家の中ではめっきり
口数が減ってしまった気がする。しかも喋らないのは相手を気遣っているんじゃなく、
自分の保身の為。ケーキの味が今でも鮮明に甦る。

457 :もぐもぐ名無しさん:03/10/23 21:39
>>456
あなたの親御さんの悪口を言うようだけど、
「誰のことを言ってると思ってんの!」
なんてそれは勝手な言い分だよ……


458 :もぐもぐ名無しさん:03/10/23 21:44
>>456
気にしちゃだめだよ。
うちの両親も私が原因で喧嘩が絶えなくて、母は「あんたが高校卒業するまで我慢して」と言ってたが
実際大学に進学してみたらよりが戻ってた。
現実的なことで悪いけど、親の面倒を見切れる自信がないと離婚はキツイ。
ちょっと距離をおいたらうまくいくこともある。
うまくいかなくても(うちは父とはいまでも険悪)結婚した相手の両親に可愛がってもらえるかもしれんよ。
今は旦那の両親が可愛がってくれて幸せです。父親とはいつ和解できるかわからないけど、一生できないかも。
でも、家族ってのは血縁だけじゃないと思う。実際、あなたが将来結婚する相手は血がつながっていないわけで。
血のつながりにこだわったらだめだよ。

459 :もぐもぐ名無しさん:03/10/23 21:46
補足です。
血のつながりを一番感じるのは母親という立場だと思う。
でも、母も母として生きるのは大変で、時には女に戻りたいと思う。
一つだけいえるのは、母親じゃなくても絶対的な愛情を注いでくれる人が一人はいるってこと。
その人を大事にしてほしい。

460 :もぐもぐ名無しさん:03/10/24 10:19
小学校3年の俺の誕生日に祖母が亡くなりました。以後俺の誕生日は祖母の
命日となり、今もずっと親戚中が集まってます。良いのか悪いのかw

461 :もぐもぐ名無しさん:03/10/25 09:51
ちょっと複雑な気分だけど、逆にいつまでも親戚に誕生日覚えてもらえるからいいんじゃない?
友人にクリスマス生まれのコがいて、なんだか羨ましく思ってた。
でも当人曰く「ケーキ1コぶん食べ損ねてる」のであんまり嬉しくないそうですw

462 :もぐもぐ名無しさん:03/10/25 13:44
私が3歳の時に両親が離婚し、私は母子家庭で育った。
5歳の頃、母は年下の男性と交際を始め
そのうち3人で暮らすようになった。
まだ年齢的に若い男性は異常なヤキモチ焼きで
母が他の男性と話すだけでも気に食わず
家に帰りつくと手を挙げる事もあった。
3人で暮らすようになって3年がたった頃、
彼の嫉妬心は私にまで向けられ
母の見えない所で私の腕や足をつねった。
しばらくしてその事に気付いた母は
私を守る為にその男性との別れを決心した。
きっとまだその男性を愛していたに違いない。

463 :もぐもぐ名無しさん:03/10/25 13:46
私が10歳になった頃、母に見合いの話が来た。
母はしばらく交際したのち、私に自分の部屋を
持たせてやりたいと言い、その男性と同棲を始めた。
でもそこには愛情はなく、母の笑顔はいつも引きつっていた。
そんな母に私は言った。
「私の為に辛い思いはしなくていいよ」と。
今までと違って安定した生活、自分ひとりの部屋。
確かにそれは嬉しかったけど、何よりも母が
辛そうに笑う表情が私には耐えられなかった。
私の言葉で母も決心し、男性に自分の気持ちを伝え
しばらくして家を出て家賃2万円のアパート引っ越した。

464 :もぐもぐ名無しさん:03/10/25 13:46
焼餅を食ったはなし?

465 :もぐもぐ名無しさん:03/10/25 13:54
引越し当日、ほとんど身一つの状態で出てきた私達には
衣類や布団、小さなコンロを除いてテレビや家具などは
ほとんど無く引越しはあっという間に終わってしまった。
そして夕食。
テーブルが無い為、衣類を運んできたダンボールを
テーブルの代わりにして食事をした。
食卓にあるもの、それは近くのスーパーで買ってきた
ごはんにお湯をかけたお茶漬けと漬物だけだった。
それでも二人で笑っていた。
「幸せやネ」と母は言って笑った。
久しぶりに見た母の本当の笑顔だった。
そして、「ごめんな」と言う母の目には
沢山の涙がたまっていた。
その時のお茶漬けは本当に美味しかった。
この味だけはきっと一生忘れる事が出来ない。

466 :もぐもぐ名無しさん:03/10/25 13:55
いい親子だねー^^

467 :もぐもぐ名無しさん:03/10/26 20:18
>>465
泣けるね。

468 :もぐもぐ名無しさん:03/10/26 20:23
明治生まれのばあちゃんが作ってくれた料理で思い出すもの。
さばの味噌煮、卵焼き、とんかつ、とろろ汁。漏れが田舎に遊びに行くと
田楽を七輪で焼いてくれたこともあった。漏れは初孫だったんで
色々工夫してそんな料理を作ってくれたてたのだと母親の談。
漏れが就職で上京した頃、母親が梅干を送ってくれた。ばあちゃんが漬けたやつ。
ばあちゃんは10年前に亡くなったけれどあの頃食べた素朴な料理が懐かしい。


469 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 00:12
どの話しも胸が詰まることなく読めなかったよ。
目にうるうる涙が・・。
そういうわたしも家庭崩壊の身の上。
いずれまた、ちゃんと書ける精神状態の時に。

470 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 08:27
>>469
精神的に落ち着いた時、
是非お聞かせ下さい。
大変だけど、あまり無理せず
頑張って。

471 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 08:46
ばあちゃんが作ったいくら。
今までは実家に居たからいつでも食べれたけど、今年は嫁いで離れたから実家から送ってこない限り食べれない。
あとどの位食べれるんだろう。

472 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 17:22
しかし、ばーちゃんて何であんな料理うまいんだろと思う。

473 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 20:00
子供の頃、正直な話、ばーちゃんの得意な料理はあんまりおいしく
なかったと思っていた。でも無理して作ってくれたハンバーグや
オムレツはおいしいと思っていた。そんな時、きまってじーちゃんが
「こんなハイカラなものはワシには合わん」といいながらおいしそう
に食ってたなあ。

大人になってみておいしかったなーと
思うようになってきた。



474 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 20:08
>>472
俺もそう思う。
なんでか分かんないけど、ばあちゃんが作った素うどんがおいしかった。
ほんとにスーパーで買ってきて作っただけ、っていってるけど、どんなに豪華なものよりもうまかった。
すばらしいぐらい素朴だけどおいしいね。ばあちゃんの料理。

475 :もぐもぐ名無しさん:03/10/27 21:08
 私は、ここの人達の方に辛い経験をしているわけではない。
取り立てて印象に残るような食事も経験していない。

 ただ、いつもまったりと幸せ。
この幸せを何の疑いもなく享受していたことに気づいた。
両親共に顕在。兄弟も元気。
いつまでもこうしていられますように。

476 :もぐもぐ名無しさん:03/10/28 11:48
>>440さんの玉子焼きは優しい味がしそうですね… (´ー`)〃

477 :もぐもぐ名無しさん:03/10/29 23:28
ばぁちゃんの味かぁ.....
父方のばぁちゃんと同居してたけど、料理してもらった覚えは
ないなぁ
そのかわり、母方のばぁちゃんちに泊まった時に目玉焼きを
ねだったら、作り方を知らなかったらしく(!)私の指導の下
作って貰いました(当方当時小2くらい)
焼き上がりの仕上げに水を少し入れて蒸し焼きっぽくするのが
好きだったので、そのように頼んだら、ばぁちゃんなぜか水を大量に投入。
フライパンの中でぷかぷか水に浮く目玉焼き、あのときは笑ってしまったけど、
楽しい思い出だよ、ばぁちゃん!

478 :もぐもぐ名無しさん:03/10/30 20:52
アハハハ

479 :もぐもぐ名無しさん:03/10/30 22:38
このスレ読んで、実家にいたころばぁちゃんが良く作ってくれた味噌卵を思い出してつくってみたよ。
普通の炒り卵に味噌いれただけの簡単料理のはずなんだけど、案の定求めていた味にはならなかった。

シンプルな料理ほど、思い出に残ってる味を出すのって難しいよね。

今度帰省したら作ってもらおっと♪


480 :もぐもぐ名無しさん:03/10/30 22:45
味噌がミソなんだろうね。

481 :もぐもぐ名無しさん:03/10/31 00:58
>>475
大抵の人は失くしてからその幸せに気付く。
あんたは今気付くことができたんだな。
いつまでもってのは無理だろうけど、せめて今だけは、優しくしてやりたいな。

482 :もぐもぐ名無しさん:03/10/31 08:34
小学校の家庭科実習で初めて作ったカレーがすごく美味しかったので
家でも親に内緒で作ったっけ。
家は共働きで、母ちゃんの帰りが7時だったんで、いつもせかせかして夕飯作ってたから、子供ながらに大変なんだろなと思いながら。
そんで実習の時はグループで1時間あれば充分出来たけど、一人だったから大変だったねぇーって親に言われた時、作ってよかった!て思ったよ。

2時間してようやく出来たカレーを、親父が帰ってきて、妹と4人で食べた。
3人そろって、俺の作ったカレーを美味いって言ってくれた時かなり嬉しかったな。

483 :もぐもぐ名無しさん:03/10/31 11:21
>>482
(・∀・)ホノボーノ

484 :彷徨う名無しさん:03/10/31 11:37
鬱が激しくて、生きることが本当に辛くなって
5年前に家出同然で飛び出した実家に帰ってみた。
(仲の悪かった父は、私の出ていく姿絵を見て涙を流していたらしいが。)
電車に乗るのも辛かったけど、これが最後の顔合わせだと思って
親孝行のつもりで帰ったんだ。
前の日に電話を入れて「明日帰る」と父に告げたとき
「何か食べたいものでもあったら言いな」と返ってきた。
私はその時「何でもいいよ」と答えた。
食欲なんてあったもんじゃなかったから。
それに、ウチは私が小さい頃からずっと共働きだったし
父は浮気していて、週に1回しか帰ってこないこともザラだったし
母は母で炊事が嫌いな人だったので
まともな団らんなんて私は知らないままこれまで来てしまった。
だから郷愁に浸るような思い出の味もなかったし。

実家に帰ったら、父が昔の私の好物を思い出したのか
あじの開きとジャガイモとタマネギのみそ汁が用意してくれていた。
食べながら鬱であること、
とある理由で自己破産までしてしまっていることを告白した。
そしてごちそうさまの代わりに
「もう生きてるの疲れちゃった。長い間大人げなくてごめんね。
 パパのご飯美味しかったよ」と言った。

帰るのを引き止められ、結局一泊二日居たんだけど
その間も「頼むから生きていてくれ」と
あじの開きとジャガイモのみそ汁がずっと出てきた。
私の好物が他に何があるのかわからない父らしいメニューだった。
今でも時々死にたくなる瞬間に出会うけど
あの時の父が作ったあじの開きとみそ汁を思い出しては
踏ん張っている。パパ、ありがとうね。


485 :もぐもぐ名無しさん:03/10/31 17:33
私のじいちゃん、子供の頃菓子屋に奉公に行っててお菓子も作れるの。
父親(じいちゃんの婿養子にあたる)がいなくなった私達兄弟を不憫に思って
忙しいなか遊んでくれたり、畑で野菜作ったりしてくれてた。
そんなじいちゃんの思い出の味、それはカスタードクリーム。
おしゃれなお店で作るような味じゃなくて、
もっと素朴でシンプルで、軽い口当たりで大好きだった。
パンに塗ったりそのまま舐めたり、ホントに優しい味だったんだ。
あの優しい味で育ったと思うとありがたいよ。
じいちゃん、冬の寒い日に倒れてそのまま亡くなったけど、
亡くなる前に「育ててくれてありがとう」と伝えられなかったのが、
そしてあのカスタードクリームの作り方を聞いていなかったのが悔やまれる。
私は家を出て結婚もして、だけどじいちゃんの写真を飾ってお水もあげてる。
いつかあのクリームの味が再現できたら、
まっさきにじいちゃんの写真の前に供えたい。
じいちゃん、精進するから待っててね。


486 :もぐもぐ名無しさん:03/10/31 22:25
>>485
良い孫持ったなー。 天国の爺ちゃん。


487 :485:03/11/01 00:31
ううん、全然良い孫じゃなかったよ。生きてる間にもっと
「じいちゃん、大好きだよ」って言ってあげたらよかった。
今毎日写真を見ながら「とっても好きだったんだよ」と言いながら
泣きそうになってるよ。後悔してる。
今「ありがとう」と言ってあげたい相手がいる人、
恥ずかしくても、言ったほうが絶対いい。



488 :もぐもぐ名無しさん:03/11/06 01:40
定期あげ。

489 :もぐもぐ名無しさん:03/11/06 15:22
上の方でばあちゃんの話がでてるけど、
漏れのばあちゃんは母方は生まれたときに既に亡く、
父方は母とうまくいっていなかったのであまり会わないうちに死んじゃって
ばあちゃんが料理がうまいと言われてもよくわからん。
ただし漏れの母は漏れが中学生の頃にはもうばあちゃんの年だったので
たぶん母の味イコールばあちゃんの味だと思う。
普通弁当と言えばウィンナーとかハンバーグとかだったりするが
漬け物とか煮物とか内容がよそとは違う感じだった。
サンドイッチを作っても、たまごサンドが
ゆで卵を刻んでマヨネーズであえるんじゃなくて焼いた甘い卵焼きが挟んであったりさ。
当時は恥ずかしかった。でも今はすごく感謝してるよ。
母さんいつまでも元気でいてくれよ。

490 :もぐもぐ名無しさん:03/11/06 15:38
家庭の味ではないけど。
母が風邪で寝込んでいた時に、母の好物のうめぼしおにぎりを作ってあげた。
翌日、母が「おにぎりのお礼に、たこ焼き買っておいたよ!」
保温の為でしょう、そのたこ焼きは炬燵の中に入っておりました。
おかーさん、タコが変な味するよう!
口直しにコンビニでたこ焼きを買ってきて、母と二人で笑って食べました。

翌日の夜、母は40代の若さで脳梗塞で亡くなりました。
たこやきは、母から、私からの最後のおやつになりました。
今、子供がたこ焼きを食べたがるたびに思い出します。

491 :もぐもぐ名無しさん:03/11/08 22:44
父親がスーツを着て、私に黒のワンピース着せて、車に乗り込んだ。
多分4〜5歳の時だったと思う。どこに行くか解らないまま車に乗った後、
いきなり「ケーキ屋行くか?」って言われた気がする。

それでケーキ屋でイートインして(昔はこんな言葉知らなかった)
その時出て来たケーキが、子供心に衝撃的だった。
楕円形のプラスチックの器に入ったチーズムースのカップケーキで
上にはメロンや苺を切った物が乗ってて、凄く綺麗で光って見えた。
今までケーキと言ったらショートケーキぐらいしか知らなかったから。
でも、何で父親が急にケーキ屋に連れて来てくれたのかが解らなくて、あまり会話しないで食べた。
「美味いか?」って聞かれて、「おいしいよ」って言ったら嬉しそうだった。

その15年後、偶然そのケーキ屋に家族で行って、あのカップケーキ探したけど
どこにも見当たらなかった。そりゃ10年も経ってるんだから当たり前なんだけど。
代わりに焼きたてのアップルパイを食べたけど、普通の味だった。
ケーキ屋自体を記憶の中で美化しちゃったんだなぁと思った。

去年の秋に父親が亡くなって、カップケーキを見たりすると
あのケーキ屋に連れてって貰った時、もっと喜べば良かったと思う。

492 :もぐもぐ名無しさん:03/11/11 19:01
あげたい

493 :もぐもぐ名無しさん:03/11/11 23:46
おばちゃんの作ってくれた南瓜団子。
昨日自分で作ったんだけど、やっぱり美味しくなかった。

あのちょっと焦げた南瓜団子食べられないんだなぁって思ったら泣けてきた。

おばあちゃん寝たきりで、もう私も、お母さんもわからないんだ。


494 :もぐもぐ名無しさん:03/11/12 08:09
 うちも、ばーちゃんが痴呆で施設にいる。
家にいても世話が出来る人間がいないから、施設にいるのは仕方ないのだが。
ただ、干し飯で作ってくれたあられとか、美味しいダシで作った茶碗蒸しとか、
そういった物を何一つ教わってなかったなと。
どちらも小学校時代、遊びに来た友達に好評だった。

495 :もぐもぐ名無しさん:03/11/12 10:51
大阪万博のとき、ガスパビリオンのレストランで父が頼んでくれたのがドリアだった。
スゲーうまい!って思った。
当時はライスグラタンって言ったんだよね。

別のとき、父がピザを頼んでくれた。
「ピザってなに?って聞くと「西洋のお好み焼きだ」
食べてみてスゲーうまい!って思った。

後年歳を取ってからは良く自分で料理をしていた。
特にパスタにはこだわりが合ったようだ。
仕事の関係でよく娘を預かってもらっていたが、高校生になった今でも娘は
「おじいちゃんの作ってくれたパスタよりおいしいパスタって食べたことない」と
言い切る。
父は5年前に亡くなったが、わたしも父のパスタ食べたかったなぁ。

496 :もぐもぐ名無しさん:03/11/12 21:17
 我が家の伝統の餃子。
親父が皮を作って、母が具を作る。
私や兄弟が具をスプーンで皮に詰める。
そしてそれを母が焼く。
出来上がった餃子は主食兼おかず。みんなでワイワイとつつく。
そろそろ家族が揃うことも難しくなって、
多分あと少ししか味わえないであろう、団欒の味。

497 :もぐもぐ名無しさん:03/11/12 21:22
>>496
家は皮は既製品で父は食べるの専門(w
具を作るのは母、兄弟で包んで、焼くのも母なのは一緒だ。

498 :496:03/11/12 23:38
>>497
その家にはその家の習慣があるんだろうけど、
みんなで餃子作りをするのも楽しいよ。
お父さんにも参加してもらったら?

499 :酒=メチル以外:03/11/13 04:31
>>495氏のお父さんの「ピザ=西洋のお好み焼き」・・・実に名言ですね。
小麦粉をベースに、いろいろな具を載せて焼く・・・どっちかといえば広島風ですな(苦笑)。

私は子供のころは、なぜかお好み焼きは関西風のものしか食べた記憶がありません。
育った施設では、なぜかお好み焼きはほとんどメニューに出ませんでした。
ところがどういうわけか、大学卒業後勤めた塾の隣も、一度自分で出した塾の隣も、ともに広島風のお好み焼きでした。
学生時代は、近くのスーパーに出ていたお好み焼きのおばさんご夫妻のところでよく買ってましたが、あれも広島風でした。
おかげさまで、今では広島風のほうが好きです。

そういえば、実母に再会したとき(18歳の大学入学直後)も、今年のつい先日実父に連絡が取れたときも、どちらも本籍地のお好み焼きのおばさんが一枚かんでくれました。
どうしてこんなにお好み焼きと縁があるのだろう(それも18歳よりあとで・・・)


500 :もぐもぐ名無しさん:03/11/13 09:07
>>499
さりげなく凄い話だね。

501 :酒=メチル以外:03/11/13 22:24
はあ、自分でも不思議ですわ・・・

そうそう、塾に勤めていたころ、特に冬場の冬期講習の時期などは、昼休みが短いので、朝の授業が終わる15分ぐらい前にひそかに塾を脱出し(個人塾だからまあ、大丈夫)、注文を出しておくのです。
そして、授業が終われば、一目散に隣のお好み焼きにいき、もそもそと食べて戻るという按配でした。
しかしなんといっても塾の隣。ということは・・・
生徒とバッティングする危険は大。一度バッティングして、危うくおごらされそうになったが、金欠を理由にうまく逃げた・・・
でも、その中(4人)のうちの一人が、現役で愛媛大学に行ったのはいいが、その年の7月、七夕の日に友人とバイクの二人乗りで星を見に行った帰り、トラックに接触して、後ろに乗っていた彼は跳ね飛ばされて即死した。
翌日通夜に行き、その翌日の本葬にも行った。教えた生徒その他が、前列2列をずらっと占拠していた。
彼の叔父さんがそのとき「星を見に行って星になった」という冗談が、冗談じゃないだけに、よそ者の塾講師に過ぎない私まで辛かった。

ああ、こんなことになるんだったら、あの時おごっておけば良かった・・・(スレチガイですけど、勘弁して)

502 :もぐもぐ名無しさん:03/11/14 07:36
>>501
そう思う気持ちは分かるけど、あまり自分を責めないでね。
多くの人があなたの立場だったら、いちいちおごることはしないだろうし、
何より人がどんな理由で死ぬなんて事は、誰にもわからないんだから。

503 :酒=メチル以外:03/11/14 20:03
>>502
ありがとうです。
家族でなくて困難だから、まして家族、となると・・・
でも、あんまりかんがえてもしょうがないよね。

504 :もぐもぐ名無しさん:03/11/14 23:20
コーナーゲット

505 :もぐもぐ名無しさん:03/11/14 23:48
日本海中部地震の時に何週間も水道が止まって
毎日缶詰生活。

美味しかったし楽しかったなあ・・

506 :もぐもぐ名無しさん:03/11/15 08:21
>>505
確かに楽しそうだけど、それはたまたま缶詰が大量にあったおかげでは‥
水はどうしてたの? 買えた?

507 :もぐもぐ名無しさん:03/11/15 15:59
小学校2年生の頃の話。
ある夏の日、曾祖母の家のある地区で夏祭りがありました。
祖母づてにおいでと告げられ、嬉しかった私。
しかし当日になって両親が、神社へ行くなんてとんでもないと約束をキャンセル。
実はうちの両親、新興宗教に入信していたのです。
子供ながらに理不尽だと思いながら、その宗教のお参りに参加しに県外へ行かされてしまいました。

帰ってきてから曾祖母の家に、私が無理を言ってお詫びをしにいきました。
曾祖母は皺くちゃの手で私の手を握り、別に良いんだよ、と言ってくれました。
その時に渡されたごちそうの重箱。
家に帰ってから食べている時、祖母が言いました。
「おばあちゃん、ごちそうを作って●●が来るのをとても楽しみにしていたんだよ。」と。
皺くちゃの手と、皺くちゃの曾祖母の顔を思い出しました。
私はなんて酷いことをしたのだろう。
私は昆布巻きを食べながらぼろぼろと涙を流して泣きました。
昆布巻きの味は、腰の立たない曾祖母が一生懸命作ったものでした。

あれから10年。
私にとって、昆布巻きは決して一番おいしい物とは言えません。
けれどこの世で一番大好きな食べ物は、今はもういない曾祖母の魚の煮干入りの昆布巻きです。
今でも思い出しては泣いてます。
長文スマソ

508 :もぐもぐ名無しさん:03/11/15 17:49
>>507
あなたのせいじゃないんだよ。
小学生の子どもが、どうして親に逆らえる?
あなたのおばあちゃんだってそれをわかってるはず。
むしろお詫びに行ったときは、あなたの愛情を感じられて嬉しかったんじゃないかな。

509 :もぐもぐ名無しさん:03/11/19 23:01
>>507
私も508さんに同意。
昆布巻きを食べながら泣いていたあなたを見ておばあちゃんは全てを察したと思うよ。
その味に少しでも近づけて、いずれ孫に食べさせてあげられたらいいね。
子供って普通昆布巻きなんて大嫌いなのに(私はだめでした)それが好きだったってことも
すごく感動した。感動とか言っちゃ失礼かもしれないけど感動しました。

510 :もぐもぐ名無しさん:03/11/21 00:14
癒されたい時、このスレに来る事にしよう。

511 :もぐもぐ名無しさん:03/11/21 00:15
ひろゆきの本は全然売れないけど 当然か
人殺しだkらナ

512 :酒=メチル以外:03/11/21 03:51
>>510
癒せるようなねたを私自身かいてるわけではないと思うが、まあ、時々覗いて下さいな!

513 :彦乃:03/11/21 04:19
>>507
あなたはやさしい人だと思いました。私も泣きそうになりましたよ。

514 :もぐもぐ名無しさん:03/11/21 05:43
 大した話じゃないんだけど。
大学に落ちた日、家でぼーっとしてたら兄が部屋に来た。
結果を聞いてきたので、落ちたと答えた。
「そうか‥じゃあ、激励だ」
と言って、コンビニのケーキを差し出してきた。
それを黙々と食べながら、(おそらくこの時を忘れないだろうな)と思った。

515 :もぐもぐ名無しさん:03/11/21 09:50
>>514
なんか(・∀・)イイ!兄ちゃんだねえ。

516 :酒=メチル以外:03/11/21 12:20
>>514
勝てば祝勝会、負ければ残念会。そのお兄さん、機転が効く人だね。
そのケーキも、そういう使い方されて、食いもん冥利に尽きると思う。


517 :もぐもぐ名無しさん:03/11/21 14:51
>>512
まあ、そう絡まないで。
一人々の見方、感じ方があるんだからさ。

518 :酒=メチル以外:03/11/22 14:35
>>517
そうですね。配慮不足でした。ごめんなすって。


519 :もぐもぐ名無しさん:03/11/23 06:49
家族居ない

520 :もぐもぐ名無しさん:03/11/23 08:46
ガーン

521 :もぐもぐ名無しさん:03/11/24 16:53
>>518
>>510です。
ごめんなすってされることはありません。

「癒されたい時」という言葉に反応されたレスだと思います。
言葉が不適切だったと今は思っています。

食べ物板でこのスレを見つけ、一読して全く異質の内容で、
様々な方の書き込みを読みながら、自分の気持ちを振り返って
いる己に気が付き驚きました。

日常の中では頭の片隅にあることも忘れていたような思い出に、
書き込む事で、客観的に自分を見つめる人たちがいる、という
発見がとても嬉しく、私自身掘り起こせばあるかもしれませんが、
書き込むような心境に無い、今の自分を意識する事を忘れては
いけないと思いました。

とても貴重な思いを抱かせてくれたスレで、それを忘れない意味で
時々見ようと思ってした書き込みです。
適切な言葉を使えず、不愉快な反応をさせてしまいました。

スレ違いの長文、お詫びします。








522 :もぐもぐ名無しさん:03/11/25 09:32
このスレ見てると食べるって重要だなって思う。
美味しく感じる物は素材や味付けもそうだけど、食べる相手、その時のシチュエーション、心境全部関わってくるんだなあ。
私もそんな心に残る思い出の味を作っていきたいな。

523 :もぐもぐ名無しさん:03/11/25 10:04
めし、ちゃんと作ろうと思うね。
氏んだら家族が思い出してくれるように。

524 :酒=メチル以外:03/11/25 21:00
>>521さま
いやいや、気にしてまへん。まあ、ちと私も思い出した話があるので、聞いてくだせえ。

私が養護施設で云々と言うのは以前に書いたとおりですけど、そういえば、こんなことがありましたわ。
おやつ代といっても、高校生ぐらいになったら、買うのは結構、インスタントラーメンが多かったのですわ。
後は、空き瓶がお金に変わるコーラ、ファンタの類。
で、できるだけそういうものを買うのですが、当時の幹部職員のKさん(男性、当時30代前半)は、「あんまりインスタントラーメンばっか買うな」とよくおっしゃっていました。
まあ、それは健康のためと言う「大義名分」ですけどね。
〜〜実際、私はその場にいなかったけど、1970年代後半、ある島へキャンプに行ったとき、好きなものを持って行けと言うので、2泊3日分、インスタントラーメンばっかという買い方をして(よせばいいのに)、
最初こそみんなうれしがって食べていたのが、3日もすると飽きて、しまいには体調を崩してタクシーでおくりかえされるものまで
出すしまつだったとか。

しかしあるとき、Kさんが、
「わしも立場上そういうこといってるけど、学生時代なんて、いつもインスタントラーメンで、しまいにゃラーメンライスで・・・」
などと、たまたま私がインスタントラーメンを食べているときにそれとなく言って来られました。
なぜかそのときのKさんの言葉が、印象に残ってます。
家族とはいえませんが、養護施設のようなところで育つと、案外自分と年の差のない職員さんが結構いて、それはそれでお互い楽しくやってましたね。
〜〜現にその後大学に行くと、結構そういう日が私自身もありました(苦笑)。
まあ、だるいのでご飯は炊きませんから、ラーメンライスはなかったですけど・・・


525 :もぐもぐ名無しさん:03/11/26 19:53
>>524
スレ違いなのは判ってますが羨ましくてたまらず書き込みたくなりました。
私どものいた養護施設は「楽しい」という言葉とは無縁の場所でした。
おやつなどほとんどなく、現在では県の予算削減によって
来年度からおやつ代にまわせる費用、全面カット決定です。

養護施設とは強制収用所、職員とはヤクザ、友達とは裏切るもの
人間を信じるな、頼れるのは自分だけ
そういうことを嫌というほど叩き込んでくれた場所でした。
あなたはとても幸運だったと思います。

私の思い出に残る味とは
施設に入ったばかりの頃、亡き母がたまに作ってくれていたけんちん汁がでて
嬉しさと母を思い出した悲しさとせつなさで泣きそうになりながら食べようとしたら
ハエの(大きかった)が入っていたことです。
そういうことに慣れてなかった私は食べるに食べれず
母と同じけんちん汁なのにと思いながら汁を残そうとしました。

けれどその施設では「出されたものは必ず食べる」という好き嫌いを許さない不文律がありました。
虫が入っているものを好き嫌いも何もないと思いますが「残さず食べろ」といわれ
嫌々ハエだけを残して食べました。吐きそうな思いでしたが1人がいいました。
「あ〜まだ残してる!」 以前にそうやって食べさせられたことのある子どもからの嫌がらせでしたが
職員はいいました。「残さず食べなさい」

残されている部分がハエだということはその職員もわかっていたはずでした。
残すことは許されなかったのです。私は泣きながら食べました。
大好きだった母の味、けんちん汁は見るだけで吐き気を催す嫌いなものにかわりました。
母の形見の味を汚された思いでしたが、噛まずに飲み流した私に職員はいいました。
「たんぱく質だと思えばどうってことはない」

526 :もぐもぐ名無しさん:03/11/26 19:57
スレ違いだということはわかっています。
でも524を読んで、施設がいいところだけだと思われたくなくてつい。失礼しました。


527 :酒=メチル以外:03/11/26 22:58
>>525
それは良くわかってますよ。


528 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 02:14
結婚式と葬式の折り詰め。
内側が、銀色の防水加工してあって、
外側は木目がプリントされた、発泡スチロールの入れ物にはいっている。
真っ黒な鯉の甘露煮、、博多押し卵、黄緑色の寒天、渦巻き状の卵料理。
すげ−好きでした。


529 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 04:11
けっこう前の話。
小さい頃、コウセンだったかなぁ…よく覚えてないや…
とにかく、麦を行った粉のようなものでできたお菓子があった。
砂糖を混ぜて、お湯で練って食べるもの。
小さかったからお湯や砂糖を入れるのは婆ちゃんがしてくれた。
香ばしくて、甘くておいしかったな…
それから今現在。そのお菓子は売られていない。
前に売ってた店舗ももうない。
もう一回食べたいなぁ…婆ちゃんも歳だし…
生きてるうちにもう一回食べたいな…


スレ違い&乱文にツキsage

530 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 08:40
明治一桁生まれのお祖母さんだったけど(私の歳もそれでばれるな)
早くに未亡人になり、父親と妹の叔母を一人で育て上げた人で、
相当苦労したみたいだったから、豊かとは縁遠い暮らしなのに、私が物心
ついた頃の記憶に、暇な時、お茶をたてて1人で飲んでる姿が浮かぶんだよね。

で、何故私が覚えてるかというと、飲んだ後にちょこっと食べる甘いお菓子、
あれが目当てで、「お茶たててー」って言うと、
ガキの私に点ててくれる時も、きちんと姿勢を正して点ててくれた。
子供には相当苦いのに一生懸命飲んでお菓子を食べる時、とても嬉しかった
の覚えてる。

あとで父親に
「お茶習う余裕なんか無かった。見よう見まねだよ。」
って聞いたけど、思い出すと感心するんだよね。
明治女の芯の強さみたいなものを感じて、、、。
自分はどんな歳のとり方をするのかなーって思うような歳になってきた。
やれやれ…

531 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 09:04
俺なんか初めて作った料理の時、夫婦ゲンカが始まって
親父が一徹ばりにテーブルひっくり返しやがったよ。
お袋も意地で散らばった料理かたさなかったから、翌日も茶の間はグチャグチャ。
いささか乾いているポテトサラダ見たら悲しかった。
そんな俺も正妻と4人の愛人(19歳〜25歳)を囲うまでの小悪党になりますた。


532 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 09:45
俺はじーちゃん子だった。
幼稚園にあがる前くらいまでは、ほとんど毎日べったり。
町内会でじーさんばーさんにかわいがられ、警察署(じーちゃんが都の防犯
協会?だかの会長してたんで)では婦人警官達に毎日遊んで貰ってた。
このせいで今の俺は妙な性癖の持ち主に・・・恨むぞ!じーちゃん!
それはおいといて、まぁ、じーちゃんが死んだわけよ。

あー、何か書くのしんどくなった。
じーちゃんは生前カキフライが好きで、お通夜だの終わって暫くしてから
初めて食ってみたら(それまでは食わず嫌いだった)美味かった ってだけ。

533 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 11:48
>>529
まだ売ってるよん
多分名前が地方によて違うだけと思われ

534 :もぐもぐ名無しさん:03/11/27 16:42
俺は家族居ないから施設で食べたカレーうまかったな。

535 :酒=メチル以外:03/11/27 21:36
そうですねえ、カレーってのも結構、家庭によって味が違って、よそで呼ばれて食べると結構楽しいものですわ。
今は外食ばかりだけど。
私のいた施設では、まあ、子供が食べられるようにってことで、結構甘口になってて、私はあまり好きじゃなかったけど、それでも結構食べられました。
あるときから、食堂の職員さんが「大人向け」と「子供向け」の二通りを作って出してくれるようになったっけ。


536 :もぐもぐ名無しさん:03/11/28 00:13
施設で年1回だけでるみんなで作るおはぎがおいしかったなぁ。
普段おやつなんてイリコとか煮干みたいなのばっかりで
たまーにチョコレートやガム。

そこへ年間行事の1つで七夕の頃だったかみんなでおはぎ作るんだ。
餡子のと黄な粉のと1人1つずつ。子どもの手にさえ
片手に2つのってしまうくらい小さいサイズだったけど
あの嬉しさは忘れられない甘さだった。おいしかったなぁ〜

537 :酒=メチル以外:03/11/28 03:56
みなさんすまん。養護施設ネタが増えちまってますが、出身者の私が見る限り、どれも事実とみていただいていいと思います。
施設によって、ホントちゃうからね。

でもまあ、ぼち家庭の話しも行きましょうよ!

538 :もぐもぐ名無しさん:03/11/28 09:23
 養護施設で育った方の書き込みを見ると、なんだか家庭で育つことの出来た
自分の書き込みが申し訳ないような気がして。
そう思うのは間違いなのでしょうか。

539 :もぐもぐ名無しさん:03/11/28 10:41
どんな人も、生まれた時から自分で選んで人生を歩む訳ではありません。
思い出になったからこそ、書けるという側面もあるのではないでしょうか。

それぞれの思い出があって、それを書き込める、こういうスレがあるのは
2ちゃんのとても良いところだと思います。

540 :酒=メチル以外:03/11/28 13:52
>>538
そんなことはありませんよ。お気になさらず、どうぞ!
>>539
まさに、おっしゃるとおりです。

541 :もぐもぐ名無しさん:03/11/28 15:05
子供の頃母がよく餃子を作ってくれたんだけど
弟が異常に餃子が好きで、あっという間に食べてしまうので
一度になるべくたくさん焼こうとしたんだと思うが
フライパンにグルリとギッチリ餃子をつめて焼くわけ。
で、それをホイッとお皿にひっくり返すから、餃子とはドーナツ状になってるものだとばっかり思ってたし
餃子とは絶対に隣りの餃子と皮同士がくっついてるのをはがしながら食べるものだと思ってた。

大人になってから外で餃子を頼んで、お皿に一個ずつちゃんと、でもほんの数個だけが
行儀良く並んでいるのを見て「え〜っ!?」
きれいだけどこれっぽっち、って思った。
やっぱ焼ける端から奪い合って食べたドーナツ状の餃子のほうが食べた気するわ。

542 :もぐもぐ名無しさん:03/11/28 15:56
 昔からお菓子作りが好きだった。下手の横好きというヤツで、あまり
美味しくないし、そんなに凝った物も作れないんだなぁ。
最近よく作るのはクッキー。
小麦粉、バター、卵、砂糖を混ぜて焼くだけのシンプル〜なの。
またそれを大量に作ってしまうんだけど、兄弟連中はそれをあっという間に食べてしまう。
どんなに作っても、何度作っても、「ダイエット中なのに!」とか言いながら食べてくれる。

兄ちゃん方、大の男がクッキー見てそんなに嬉しそうにするなよ。
味も形も整っていないのに、一生懸命食べなくていいから。
今、お茶いれてくるからさ。

543 :もぐもぐ名無しさん:03/11/29 05:38
>>533
本当ですか!?
地域によって名前が違う…となると材料で探せば出てきますかね?

544 :もぐもぐ名無しさん:03/11/29 15:17
>543
私の地方では、「はったい粉」といいました。
ちなみにこの言葉でググると結構出てきますよ。作り方も載ってるし。
自然食品店とかにもありそうですし、通販もあるみたい。↓一例
ttp://shop.goo.ne.jp/store/kenko/gds/00204/

思い出の味を一緒に味わえると良いね。


545 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 00:37
先月母がなくなった。急だったから何にも言えなかった。
とても料理のうまい人だった。ありがとう、ごちそうさまでした。


546 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 14:42
このスレの影響か母親の作る弁当が食いたくなり、
たまたま実家のある場所へ出張になって帰った時に頼んで作ってもらった。
母親も何となく漏れの心情を察したのか、わざわざ昔の弁当箱出してきて、
玉子焼きとかウインナーとか中高の6年間食い続けた定番オカズだったやつを作ってくれた。
出先で弁当を食ったんだけど、学生の頃の部活とか好きだった子のこととか、
一挙にいろいろ思い出してきて懐かしくて一人で馬鹿みたいに涙流しながら食ってた。
自分がこんなに感傷的な人間だとは思わなかったのでワロタ。
ママンの料理の力だろうか。


547 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 15:47
>>544
ちょっと味違うかもしれないけどきな粉、お湯、塩少々、砂糖で混ぜ混ぜしたら
はったい粉に似た味になる・・・と自分は思う。

548 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 15:58
漏れが消防の時に母が病気で入院していて、祖母が漏れと兄貴の
身の回りの世話する為に上京していたことがあった。
その時の朝食のメニューは毎日変わらず同じものだった。
皿の上にレタスを敷いて、その上にピンク色した安い魚肉ソーセージ
輪切りを乗っけてマヨネーズをかけた奴にトーストだった。
その時はもう毎日朝はそのメニューだったから嫌な顔して食ってた。
今考えると、おばあちゃんにしてみたら考え抜いた末の都会的な
朝食メニューだったんだろうなと思う。
ばあちゃんそれまでレタスなんて食ったことなかったろうに。
そんな祖母も一昨年の秋に亡くなった。
たまにスーパーで魚肉ソーセージ買って、家でかじってみたりする。
なんかあの時の朝食のメニューを思い出して涙が出ることがある。
漏れも年食ったんだもんだな。

549 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 17:00
>>546
今度は美味い土産でも持っていって一緒に飯食ってこい。

550 :酒=メチル以外:03/11/30 17:05
これまた自分の家族とはいえないが、私は養護施設の職員さんの紹介で、その施設のあった学区のある人のところに、お盆や正月、泊り込みでお世話になってました。
(私の食べ物版での行状をみるとお分かりいただけると思うけど、鉄オタなので)ある子供向けの鉄道の本を読んでいて、「ハチクマライス」というものに出会いました。
その家の人に、「ハチクマライス」を食べてみたい、といったら、昼ごはんに「みようみまね」というか「きこうききまね」というかで、作ってくださいました。
ちなみにそのハチクマライスというのは、その昔、列車の食堂車の従業員のいわゆる「賄い飯」として出されていたもので、ご飯の上にレタスなどを載せ、皿に目玉焼きを載せ、それらを混ぜて食べるというものです。
まあいつも食べている食材を混ぜただけなんだから、うまいとかまずいというものじゃないですが、
デモなんか、食堂車に行った気分だけは味わわせていただきました。
そのときその里親さんの息子さんが、「じゃあ僕のはハチクマトーストにするか」といって、トーストにレタスと目玉焼きを乗せて食べてらっしゃいました。

血のつながった家族というわけではないにしても、家族同然に、大切にしていただきました。
そういえば今は、その人たちの家のあった(今は転居された)近くから、自分のやっている塾に中1の女子生徒が今月から来ています。
その生徒と私は、私と自分の父親ほども年が離れているのですが、そんなところにつくづく年の流れを感じます。


551 :酒=メチル以外:03/11/30 21:00
ああそうそう、記憶違いを少し訂正します。
レタスは取り消し、福神漬でしたわ。まあでも、追加でレタスか何か入れたかもしれないです。

552 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 21:12
もうちょっと推敲して読みやすくしね〜か?
酔っ払ってて大変かもしれねーが、
みんな退くよ、それじゃー。

553 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 21:29
>>552
ここは酔って感傷に浸って書くことが多いからね。
多少は我慢しよう。
そして、自分も飲みながら読むのがいいと思われる。ちょっと泣く→号泣になるぞ(汗)

554 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 21:34
ごめん酔っててあげてしまった

555 :もぐもぐ名無しさん:03/11/30 22:32
>>543
えーとね、もしかして違うものだったらごめんだけど
こっちでは「はったい粉」とか「麦粉」とか「ばっ粉」っていう奴のことじゃないのかなぁ?

濁った茶色みたいな色でかすかに黄な粉味ににていて
砂糖を入れて水で練って食べるものじゃない?

違ったらごめんな。

556 :もぐもぐ名無しさん:03/12/01 00:21
>529
多分、はったい粉だろう。
こっちじゃ、麦こがしとも言うけど。

…何故か、幼稚園で「今日はお釈迦様の誕生日なので、皆ではったい粉を食べます」
と、お湯で練っていない、砂糖と塩を入れただけのはったい粉を、木の葉っぱを
スプーンにして食べさせられた事がある。
幼児だった自分は「そういう習慣があるのだなあ」と疑問も持たず、むせながら食べた。
けど、そんな習慣今になってみると無い様な気がする。
(お釈迦様の生誕日に飲むのは甘茶だよな、確か)
あれは何だったんだろう。先生の趣味だったんだろうか。

557 :もぐもぐ名無しさん:03/12/01 05:46
>>529
麦こがしだの何だのって言ってる奴が居るが、おれにはピーンときたよ。
あなたのおばあちゃんが作ってくれたのは
麦角を子供が食べ易い様に甘く味付けをした物だと思うよ。

あなたのおばあちゃんは、かなりのハイカラさんだね(WWWW

558 :もぐもぐ名無しさん:03/12/01 20:56
>557
…煽っていい事と悪い事があるだろう。コラ。

麦角は幻覚症状などを引き起こす毒物の一種ですので、本気にしないように。

559 :酒=メチル以外:03/12/02 19:47
http://www.asahi-net.or.jp/~pv4r-hsm/poisonHA.html
>>558
これですね。

560 :もぐもぐ名無しさん:03/12/03 16:23
 昔、うちのばーちゃんが糒であられを作ってくれたっけ。
素朴な味‥、素朴すぎる味で、結構すぐに飽きるんだけど、(w
んでもたまに作ってもらうと嬉しかったな。
小学校時代は友達にも評判だった。

 今、ばーちゃんは施設にいる。(要介護認定4)
もう料理どころか、家族もわからなくなってしまった。
まだ生きてるのに、あのあられの作り方はもう教えて貰えないんだなと思うと、
ちょっと寂しいかな、うん。

561 :もぐもぐ名無しさん:03/12/03 21:00
もしかして香煎のことかなぁ…

562 :もぐもぐ名無しさん:03/12/06 12:14
糞オヤジに毎日殴られて体的にも辛いはずなのに、
俺の為にかぁちゃんが笑顔でよくオムライス作ってくれた、うまかったな。
あの味は、忘れられん・・・・。

563 :もぐもぐ名無しさん:03/12/07 02:48
小さい頃、夏休みに家族で帰省したら、その最終日には
必ずデパートに連れてってもらって、おもちゃ買ってもらったり、
デパートでご飯食べて帰ってたりしてた。
家がかなり貧乏で外食なんか滅多に出来なかったし、おもちゃもほとんど
買ってもらえなかったから、ものすごく楽しみだったな。

ご飯を食べるときは、俺はいつも必ずドリアを選んでた。
他のものも食べたら? って言われたら、他のドリアを選んでた。
どの店に入っても、ドリアがあったらドリアを選んでた。
メニューで一番最初に探すのは「○○ドリア」の文字だった。
俺がいつもドリアばっかりなので、外食するときは
絶対に家族全員からネタにされてたな。
「今日はドリアのない店にしよう! ごめんなー××(←俺の名前)!」
なんて言われたりとか。

あの頃は家族みんな仲が良かったんだけど、家が貧乏なのが原因で
父親と姉が何年か前にケンカして、今では2人はほぼ絶縁状態。
だから、家族全員で外食なんて長いことしてない。というか出来ない。

自分でお金を稼げる歳にまで成長した今では、外食自体は
特別なものじゃなくなった。
そんな今では、外でドリアを食べたら、家族の仲が良かった時の
色々な出来事を思い出してちょっと心が和むけど、それ以上に
寂しさがこみ上げてきてしまう。
また家族全員で外食出来たらいいのにな…って思ってしまってね。
だから今では、外食しても気まぐれ程度にしかドリアを選ばなくなった。


また家族全員で仲良く外食することが出来たらいいな。
その時は、ドリアのある店に入って、俺はドリアを食べたいな。

それが、今の俺のささやかな夢。

564 :563:03/12/07 02:53
と。長文&スレ汚しスマソ。
スレ見つけて、読んでるうちについ書きたくなったので…
2ちゃんはROMに徹すると決めてたんだけどなぁ。

失礼しました。

565 :もぐもぐ名無しさん:03/12/07 04:54
夢かなうといいですね。このスレは人に教えたくないほどいいスレです。
またきてくださいね。

566 :もぐもぐ名無しさん:03/12/08 13:20
 私の出身地は東北の雪国で、毎年冬になると、土を掘って中に野菜を保存するのが風習。
大根なんかは平気で冬を越せる。

 幼稚園にも入ってなかった頃。
絵本とかの影響で、「地面の中には宝物が埋まっている」と本気で信じていた。
ある雪解けの朝、何となく庭に出て、当時の趣味である穴掘りを敢行。
そしたら手応えが。
掘り返してみると、大根が出てくるわ出てくるわ。
初めて発掘できた宝物に、幼心は大興奮。
大根を何本も抱えて喜び勇んで家に帰った。その大根が貯蔵しておいた物とも知らずに。
明らかに余計なことをした私を、母は叱ることもなく、
「あらー、凄いねー! 良かったねー!」と、一緒に喜んだ。

 当然、その日からしばらく大根のおかずが続いたけれど、私は得意になって食べてたっけ。
あの時の母に感謝。

567 :もぐもぐ名無しさん:03/12/08 17:07
>>566
いいお母さんですね。

568 :もぐもぐ名無しさん:03/12/09 18:27
私が小学校に入学する時に母が離婚して実家に帰って来た。
母の実家には祖父と祖母と叔父(母の弟)が居た。
母は看護婦の資格を持っていたので、実家に帰ってすぐに働き出した。
ずっと祖母が面倒見てくれていたのだが、その祖母が癌に犯され入退院を
繰り返すようになった。
母は仕事と祖母の看病でほとんど家に居なかった。
そんな時の食事当番は叔父でした。
食事の内容は大抵レトルトのカレーとかラーメンとかなんですが、
(叔父も仕事をしていたのでしょうがない)
叔父がほんの少し手を加えてくれるんですよ、それがとっても美味しかった!
たとえばカレーやハンバーグに半熟の目玉焼きを乗せてくれて
なんかファミレスのメニューみたいで嬉しかったな。
休日にはちゃんと料理を作ってくれたりもしました。
フライパンでお肉を焼いてワインか何かをいれて、フライパンに火柱が
上がると妹達と歓声を上げてました。
考えてみれば叔父は、私達の面倒を見てくれていた為に30過ぎまで
独身でいたのかな?(結構アイドル系で私の同級生が家に押しかけてきたような人でした)
時には厳しく怒られた事も有ったけど、叔父のおかげで寂しい思いをしなくてすみました。

今更だけどありがとう・・・



569 :もぐもぐ名無しさん:03/12/09 18:59
いい話ばっかだな。
さっきアパートのとなりに住んでるばーちゃんが豚汁届けてくれたよ。
この前に庭掃除を手伝ってくれたお礼だそうです。
熱々の作りたてを持ってきてくれたらしく、すごくうまかった。
わざわざ2階の俺の部屋まで届けに来てくれたのが嬉しかったよ。
食い終わってから妙に実家のことを色々思い出した。
今年は早めに帰省しようかと思います。

570 :569:03/12/09 19:11
あ、スレ違いだったか?・・・スマソ。

571 :もぐもぐ名無しさん:03/12/09 19:53
>>569-570
(・∀・)ホノボーノ

572 :もぐもぐ名無しさん:03/12/09 20:40
子供の頃、月に一度くらいのペースで日曜の朝から家族みんなでだご汁を作ってた。
父親と私と弟で小麦粉練って、母親が醤油味の汁を作って。
日曜の朝に父親が「だご汁作るか!」って言うと私と弟は「やったぁ」と喜んでいたけど、母親は少し面倒そうにしてたな。
父親が女作って出ていってしまってからは、一度も食べてない。
母親の手前、食べたいとも言えないし、作るのも悪い気がするし。
小麦粉練るのにも時間がかかってたし、それをねかせたりしてたから、食べる頃は昼近くて。
お腹ペコペコで食べるだご汁はほんとにおいしかったなぁ。

573 :569:03/12/09 21:01
ホノボーノついでにスレにあった話を一つ。
漏れが消防だった頃に母親が子宮筋腫で入院した事があった。
当時はまだガキンチョで母親がしばらく居ないだけ、位にしか思っていなかったが
結構重病だったんだと知ったのは、3,4年ほど前だった。
姉たちが妙に元気が無いので不思議に思ったっけ。
母が入院しているときは親父が料理を作ってくれた。
中でも朝飯のメニューで、キャベツ、玉ねぎ、卵を少量のカレー粉で
炒めた物を食パンに乗っけてトーストしたやつがうまかった。
サクッとしたトーストにカレー炒めはよく合うが、具がこぼれやすいのが難点。
手術は無事に成功して母は無事に戻ってきた。
その後にいつだったか母に、妹か弟が欲しいとねだったことがあった。
母は手術で子宮を摘出していたのだが、当時の漏れには分かるはずも無かった。
その時母は笑って、これ以上養いきれんからダメ!と言って笑っていたが、
今になってその時の母の気持ちを考えると謝りたくて仕方がない。
今でも実家に帰るとまれに朝食にでてくる野菜炒めトーストを食べると、
あの時の事をを思い出す。そして漏れは家族に悟られないようにトーストをほお張る。
ごめんなさい、おかん。

重い話でスマソ。ちなみに今の漏れは妹萌えですが何か?妹欲しいよウワアァァーーーン!(藁

574 :569:03/12/09 21:25
やっぱ 妹欲しいよウワアァーーーン はふざけすぎでした、スイマセン。
また、汚文スマソ。酒のせいにしてみるテスト。
失礼でした。

575 :みかげ:03/12/09 21:41
>>569
なんかカワ(・∀・)イイ!

576 :もぐもぐ名無しさん:03/12/10 00:22
イイヨイイヨー。みんな思い出に残ってて羨ましい。
うちは私が実家にいる間夫婦冷めてて母は義理両親にもいじめられてて(同居だったので)
家でご飯食べるのは母・兄・私→母・私だったなぁ。ジジババはテーブル違って食べる時間も違った。
大学に入って一人暮らしを始めて、年に2-3回実家に帰るたびに私が好きだったカツ丼やらカレーばかりが出てくるようになった。
実は好みが変わって、肉より魚が好きになったんだけど言い出せない。
たまに、母親の作った料理のレシピが知りたくて電話して聞こうとしたらババ(ジジはすでに死去)の世話で
いっぱいいっぱいになってて、辛くて聞きそびれる。想像で色々試すけど同じ味には出来ない。

577 :もぐもぐ名無しさん:03/12/10 02:22
>>576
あんたもいい人だ


578 :もぐもぐ名無しさん:03/12/10 06:04
>576
自分の所にお母さんを呼んだら?(出来れば泊まりがけで)
親子2人だけになれれば、レシピも含め言いたいことを言えると思うんだけど。
そこで義両親に関しての話(愚痴)が出来たなら、お母さんもいいガス抜きになるのでは?
ちなみに、ウチがまさにそう。
時たま辛くなるけど、でも家庭を支えてるのは実質母だし、
言いたいこといろいろ溜まってんだろーなと思いつつ聞いてます。

579 :もぐもぐ名無しさん:03/12/10 19:51
おふくろの味?
味噌汁だな。

580 :もぐもぐ名無しさん:03/12/11 02:37
母が入院してました。私が小学生の4年生くらいです。
その時に父親が用意してくれた食事です。

トースターの火加減の調整が分からなくて焦がすことが多かったトーストは、魚焼きグリルで焼いてた。
生ワカメを切らずに入れて作ったので、麺類のように啜って食べた味噌汁。
「うまいだろ?」と笑顔で聞かれて「美味しいね」とウソを言うしかなかった混ぜご飯のお茶漬け。
大きなお皿3枚(3人兄弟だったので)に様々なお菓子を一口ずつ盛ってラップをかけたおやつ。

人生の中で父親の作る料理は全体の1%にも満たないくらいしか食べてないのに、このスレを見ると
当時の食生活を思い出します。


581 :もぐもぐ名無しさん:03/12/11 14:17
>大きなお皿3枚(3人兄弟だったので)に様々なお菓子を一口ずつ盛って
>ラップをかけたおやつ。

↑この1項目だけでも、親父さんの一生懸命っぷりが伝わるなぁ・・・(涙

ウチも漏れが消房の低学年の頃、母親が入退院を繰り返していから
何かよく解る。ただウチの場合、親父がそこそこ料理できる上に
近所にばーちゃんとか親戚いたから不自由は感じなかったけど、
親父がおやつにまで気を配ってくれることは無かったな。
まぁ、それはそれで良いんだけどね。

582 :もぐもぐ名無しさん:03/12/14 17:39
妹が中学生の時に登校拒否になった。
もともと小さい子で、あんまりご飯食べない子だったんだけど
さらに食べなくなって、入院する手前までいった程だった。
ある日曜日に、妹がお菓子の本を見て、「チーズケーキが食べたい」って
言った。私は急いで材料を買いに行って作った。
妹はおいしいおいしいって食べてくれて、すごくほっとした。
それから色んなお菓子を作っては妹に食べさせた。作ったものは残さず
食べてくれて、その度に「お姉ちゃんのお菓子は本当においしい」って言ってくれた。

今、妹は毎日学校に元気に行っている。今でもお菓子を作るけど、
失敗したなってお菓子もおいしいって言って食べてくれる。
私はそんな妹が大好きだ。
スレ違い&長文乱文スマソ。


583 :もぐもぐ名無しさん:03/12/20 21:06
 我が家ではコンビニのデザートやケーキを買ってきたとき、
必ずジャンケンで分け合うようにしている。
それを始めたのは母。
私らが小さい頃から現在に至るまで、それをやめようとしない。
「よーし、ジャンケンで決めるぞ!」こういう時の母はとても輝いている。
母さん、貴女の子供はもう全員20超えてるのよ。私は学生だけど、
あとの2人は社会人なのよ。(w
時々、帰省するときにケーキを買うのだけど、おかげでホールを1つ買うよりも
ピースをバラバラに買う癖がついてしまった。
子供の頃は「ウゼェ」とか思ってたあの儀式も、今は楽しいんだもの。
おそらく兄弟もそう思ってるだろうな。

584 :もぐもぐ名無しさん:03/12/23 06:37
ウチは貧乏では無かったが「標準価格米」+麦のご飯。
弁当もそのご飯で、麦飯知らない友人に「玄米?身体にいいよね!」と言われた。
でも母はおかず作るのが上手く、中高六年間完食。( ゚Д゚)ウマーでした。
麦飯ってサラサラしているから、最後は弁当箱傾けて喰うのだわ。

その後、一人暮らしするようになってからはうどん、パスタ等小麦系ばかり…
別に米嫌いになった訳でなく、麺好きで全然飽きないから。
コンビニのオニギリで初めて「コシヒカリ100%」なる飯を食して
確かに美味しいと思った。

でも自分にはアルミの味がする麦飯が思い出の味。


585 :もぐもぐ名無しさん:03/12/23 11:33
>>572さんの「たご汁」で思い出したのだけど。

子供の頃「だんご汁」なるオリジナル?料理が我が家にあって、
粉なんか練らなくて、固めに溶いた小麦粉をお玉でしょうゆ汁の中に落として
浮いてきたら食べるって言う、要は手抜き料理。具は切った南瓜と豚ばら肉。

土曜日の学校は昼迄で、冬は帰ったら大概だんご汁。
でもそれが美味しくて、嫌いなカボチャもこれだと食べられた。

九州の郷土料理にだんご汁なるものが有って、極太の麺みたいなのを
煮込むと最近知りました。で、母親は大分出身…

お母ーーーん!お玉で作るだんご汁って、やっぱ手抜きだったの?


586 :もぐもぐ名無しさん:03/12/24 19:16
保守

587 :酒=メチル以外:03/12/24 19:48
私が養護施設に預けられた1976年ごろ。毎食ごとに、肝油ドロップとビオフェルミンとかいう錠剤を食後に必ず食べさせられていた。
おそらくは、不足するであろう栄養分の補給という意味のほかに、その手の業者と施設との間の付き合いもあったのかもしれません。
それはしかし、1980年ごろにはどういうわけかなくなりました。
食べ物とはいえないけど、その周辺のお話ですません。

でも先日、ふと思うところあってパソコンで見たら、どちらもいまだに販売されているとか・・・
なんだか、懐かしかったです。


588 :もぐもぐ名無しさん:03/12/24 21:14
肝油ドロップおいしいよねw
http://tmp2.2ch.net/test/read.cgi/ihou/1066833769/

589 :もぐもぐ名無しさん:03/12/24 22:04
>>258
「だご汁」と思えば手抜きだが、「すいとん」と思えば手抜きでもないな。
俺は福岡だが、うちの母親は市販の餃子の皮でだご汁のようなものを作ってた。
手抜き料理だったのだろうがうまかった。

590 :もぐもぐ名無しさん:03/12/24 22:06

間違えた。
>>585ダタヨ。

591 :もぐもぐ名無しさん:03/12/24 23:10
>>587
肝油ドロップ、幼稚園の頃大好きで親が隠してたのに缶探し出して
1日で一缶分喰って蕁麻疹出して禁止令出されました。
25年ほど昔の話です。

592 :酒=メチル以外:03/12/25 05:27
>>591
そこまではしたことないけど、少し多めに食べたことはあります。
結構うまかったなあ・・・
ビオフェルミンは、さして味がしなかったけど、なんか少し、微妙な甘みが好きでした。
〜〜なんだか酒飲みの言い方ですけど、決して当時酒を飲んでたわけではありません。

593 :もぐもぐ名無しさん:03/12/25 16:33
>>592
私も何故か親からビオフェルミン飲まされてましたね。少しお菓子のような感じで
薬っぽく無くて嫌いではありませんでした。「わかもと」を毎朝飲まされていた
友人もいました。

父親はアンプルタイプの栄養剤とかリポビタンをケース買いしてましたね。
それも時々「飲め!」とか言われてました(不味い)

594 :もぐもぐ名無しさん:03/12/25 19:49
>589の>590さん…

「粉」を煮込んで食べるとお腹一杯になりますよね…
でも、俺、現在もう歳なのか胃がちっちゃくなったのか
あまり腹イパーイに食べられません…懐かしい味ですが…

次の方、ビオフェルミンの話題でどうぞ…



595 :age:03/12/26 11:16
age

596 :もぐもぐ名無しさん:03/12/26 21:16
>>594のせいでレスがとまったな・・・


597 :もぐもぐ名無しさん:03/12/26 22:03
>>594
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
 |  次でボケて!!!   |
 |________|
    ∧∧ ||
    ( ゚д゚) ||
    / づΦ

598 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 05:18
ビオフェルミンだかわかもとだったか忘れましたが
私も親に飲まされていました。
でも、パン風味で(酵母だから当たり前?)
結構好きでもぐもぐ食べていました。大量の水がないと
飲み込めないのですが…
ウンコもパンの匂いでした……これはウソです。



599 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 08:26
誰かネタを見抜く方法を教えてください・・・

600 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 13:51
>>599
考えるんじゃない、感じるんだ!!

601 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 14:27
ビオフェルミンはお菓子代わりにボリボリ食ってたなぁ。

あのチョット粉っぽくも甘くて栗っぽい味がウマーかった。

602 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 14:29
ビオフェルミンはお腹が痛い時に飲まされたような??
10年以上前なのでよく覚えてないですが・・・

603 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 19:44
何だか子供の頃食が細くて、しかも寝起き…
何にも喰う気がしなくて父と母はよく喧嘩。

「こんなに食わすな」の父。「でも食べないと…」の母…
でもやっぱり食べられなくての俺はしぶしぶ幼稚園。
その時、父に「これ飲め!」と無理矢理のビオフェルミン…

それが良かったのか、元気に通園。
大人になっても身体にいいのかな…ビオフェルミン。

604 :もぐもぐ名無しさん:03/12/27 21:58
ビオフェルミンというと、整腸剤のビオフェルミンS錠が思い浮かぶのですがそれですか?
漏れはガキの頃デブってて(今でもだけど)、ばあちゃんがぬかを水で練って団子にした奴を
毎食後食わされていた。大変不味い代物だった。

ばあちゃん、なんであんなの食わなきゃならんかったんだよう……

605 :もぐもぐ名無しさん:03/12/31 01:07
>>604
漏れは炒ったぬかを飲まされていたよ。
食えない程まずくはなかったが、決してうまいものでもなかった。

606 :もぐもぐ名無しさん:03/12/31 12:08
>>601
同志よ!俺もそうだったぞ!w

607 :もぐもぐ名無しさん:03/12/31 12:43
よく、お婆ちゃんの手料理っていう書き込みを見るけど、私のおばあちゃんは
ホントに笑えるほど料理が下手でした。子供の頃、母親がよく入院を繰り返して
いたので自然とお婆ちゃんか父親が家事をやってくれていたのですが、お婆ちゃんが
作れるのは、さしすせその順番を一切無視した煮物っぽいおかずと、
お砂糖の入ったいり卵。(卵焼きの成型は出来ないため)
でも、おばあちゃん子だった私はそれでも美味しい美味しいってたべてました。
しかし、小学校はじめての運動会でお弁当が必要になって、田舎の学校だから
地域ごとに家族でお弁当を食べるしきたりになってました。
その時も母親は入院してて父親は仕事休めないし、お婆ちゃんが私と兄の分
のお弁当を作って来てくれたんです。
お正月用のお重に、俵型のおにぎり(握れてはいない)と甘い炒り卵。
ウサギにしようと試みた形跡のあるリンゴ。お隣の家はサンドイッチとか唐揚げが。
羨ましいなって思うのと、お婆ちゃんに悪いって思う気持ちでせっかく作って
くれたのに兄は友達のトコに行ってしまい、私は俯いて食べてた記憶があります。
その時からとにかく料理だけは早く覚えようと思い、早いうちから家事が出来るように
なりました。
あのときのお弁当は今ではとても恋しいんですが、当時は切なかったです。
おばあちゃ〜ん。


608 :みかげ:03/12/31 14:38
>>607
おばあちゃん一所懸命だったんだろうね。
それをわかってあげられるって、すごく温かいね。

料理だけじゃない、何か大切なものを一緒に味わったんだね。
かけがえのない思い出だと思います。

609 :607:03/12/31 15:34
>>608
ありがトン。

610 :563:04/01/02 02:13
両親が離婚する可能性が高くなってきた…。

無理かなぁ、家族全員で外食…。

611 :もぐもぐ名無しさん:04/01/02 14:19
>>610
(´・ω・`)
最後に思い出作らせてくれって自分で企画してみたらどうだろ?

612 :酒=メチル以外:04/01/02 16:53
>>610
611氏に同感です。私の場合はものごころつかぬときだったからそれどころじゃなかったが、ぜひ、家族全員で、できれば貧相なところじゃなくて(どういうところがそうか、なんてのは言及を避けますけど)、ホテルや高級レストランのようなところでなさるといいんじゃ・・・
まあ。予算の問題もあるから、軽々しくはいえませんけどね・・・

613 :もぐもぐ名無しさん:04/01/02 21:21
>>610

ただなあ、最後の食事が気まずい雰囲気のまま終わっちまう可能性は
考えておけよ。あるいは憧れだけにしておいた方が傷が少なくて済むかも
しれない。
あんまり、考えたくないことだけどな。

そんな我が家も両親離婚の可能性あり。子供(成人)が冷ややかに
見守ってるから、それほどシリアスじゃないけどね。

614 :563:04/01/03 03:32
>>611
>>613のような状態になるのは間違いないので、とうてい望めない。
姉と父親の仲はもう修復できないかもしれないくらいになってるから。
お互いがお互いのことを「憎い」とはっきり言ってる。
この前2人がケンカしたんだけど、そのとき父親は姉に向かって唾を吐くわ、
ビール瓶持って脅すわ。そんな状態。
そのケンカがあってから、姉はずっと彼氏の家に泊まり続けてる。
もう父親の顔も見たくないらしい。

漏れは、家族の仲が良かったころの外食をもう一度したいんだけど、
あのドリアを食べるのは、今後ずっと憧れで終わるんだろうな…。

おそらく今月中に両親は別居しまつ。

スレ違い気味スマソ。

615 :もぐもぐ名無しさん:04/01/03 03:42
>>614
修復出来ないものは、無理に修復しようとしてはいけないと思う。
あなたの心の中に「楽しい思い出」として残した方がいいのでは?

家族全員で一度に、にこだわらず、それぞれの人と一緒にドリアを
食べてみたらどうかな。みんなの本当の気持ちが分かるかも。

616 :酒=メチル以外:04/01/03 14:19
>>610
私の揉め事を抑える秘訣?〜〜当事者と個別に話す機会を持ち、思う存分相手に語らせる。そのあと、自分なりの意見を少しだけ言う。
これを応用したほうがよさそうですね。
まあ、それなら「戦術変更?」で、個別にめしでも食いに行って(ドリアにこだわらなくてもいいけど、こだわってもいいと思います)、あなた自身と他の家族の方との接点だけは最低でも残すようになさるといいのでは。
〜〜私自身が、現在そういう方法を取ってます(詳しくは500前後のレスをご覧あれ)。
余談ですが私はどういうわけか、同世代の同趣味(鉄道)のものから、「偉大なる中和剤」とまでいわれたことあり・・・

まあ、勝手なこと申してごめんなさい。

617 :もぐもぐ名無しさん:04/01/04 17:31
不真面目なレスだが、

山岡さんと栗田さんに任せれば、どんなごたごたも円満解決

618 :もぐもぐ名無しさん:04/01/04 23:22
>>617
自分の親とのゴタゴタは(ry

619 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 08:02
兄が高校までは母はよく心のこもった料理をしてくれた。
一番多いのはチャーハンとかお好み焼き。
いつもおいしかった。
兄がでていくと、作らなくなった。わたしは自分で適当に食べる毎日。
なんで兄のためなら、みんな一生懸命作ってくれるんだろう。
わたしはそんなに意味のない妹ですかね。男万セーの実家大嫌い。

620 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 08:50
甘い!
うちの実家なら姉弟が揃っていても弟の分しか作らない。
もしくは弟だけ連れて外食に行く。
そして私が台所に立つと怒る。
男まんせー恐るべし。

621 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 09:56
スレ違いになって申し訳ないが、
>619,>620
は、そういう親の価値観をどう思う?
自分はそれを踏襲していくつもりか?
周囲の環境もあるだろうけど、凄く興味ある。
大変だろうな、としか言えない・・スマソ

622 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 11:12
ただ女親は娘より息子の方が可愛いだけなんじゃないの?


623 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 11:44
>>622
親も人間だから子供との相性は否定しないけれど、
いくら可愛くてもきょうだいにあからさまな差をつけるのは最悪だよ。
きょうだいの仲にまで影を落とす結果となる。

うちの父は、本当は息子しか欲しくなかったらしいのに娘しか出来なくて、
私ら姉妹は揃っていらない子扱いだったよ(涙
最上級の褒め言葉は「女にしておくのは勿体無い」さ。
父は今でも甥達に何かと目をかけたり、飲食店で隣り合った若者に奢ったり、
自転車で旅をしている若者を拾ってきてはご馳走を振舞ったり泊めたりしている。
おとん、そんなに男がいいかい?男はそんなにいいもんかい?かわいいかい?

家族との思い出の味も書いておこう…あまり思い浮かばないけどw
母の作ったコロッケかな。小ぶりで食べやすく、揚げたては本当に美味しかった。
父のいない食卓は楽しかったなぁ…思いもよらず早い時間に帰宅されるとそれだけで空気が凍りついた
家庭内での父は暴君だったから。
(会社内でも暴君だったらしいけどw 古いタイプのモーレツ社員(死語)だったから)

624 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 15:32
>>622
あっさり言うけど、今現在、どういう立場で言っているんだ?
女親は、どうして息子の方が可愛いんだ?
全く個人的嗜好を言っているのかな。
カッコつけて言っているだけに思えるけど。

625 :622:04/01/05 16:35
>>624
うちはたいそうな家柄でもなく、長男に継がすものも何もないのに、弟マンセーな母親を持つ姉ですがなにか?
ついでに未婚で子供もいないので、個人的嗜好でもない。
女親が息子の方を可愛がるってよくある話じゃないの?
カッコつけてるんじゃなくて、諦めた方が(自分は)楽だと知ってるだけ。
楽になったら優しい気持ちで母親を見れるようになったよ。
完璧な親を望むから悲しくなるんだよ。

626 :ぱくぱく名無しさん:04/01/05 17:10
>>622
うちもそうだよ。弟のこと皇太子とか言ってるし。
私のことは昔から“ あんた ”って呼ぶね。
たまぁに名前で呼ばれるとドキッとするもの。
そんな母も今では飼い犬命で、弟のこと間違えて犬の名前で
呼んだりしてるよ。
「シャルロット!今日バイト何時から?」とか。

女親→息子かわいい
男親→娘かわいい
程度の差こそあるにせよ、どこの家も同じじゃないの?

627 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 17:13
ウチの父親は兄の方がかわいいんだと思う、話が合うから。
私との話題なんて、飼い犬のことくらいだもん。
母は当然兄。

628 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 18:43
姉妹でも扱いに違いがあったりすることもあるから、男マンセーとか
長子マンセーの他にもやっぱり「手がかからなくて思い通りに動いて
くれる子供以外は要らない」という人もいると思われ。

ねーちゃんの弁当:
大学になってからも弁当があった。
煮物が煮きってある(水気がないって事ね)。基本的に好物を入れる。
彩りも綺麗で、肉・魚が二品。

私の弁当:
つゆだくの煮物(ご飯は当然べちゃべちゃ)。嫌いなものはないけど、
あまり好きではないものを入れて「食べなさい」。おかずはMax2品。
予備校に行った時点で小遣い・弁当無し、親父からせしめた昼飯代は
一月千円。食パン一斤を一週間食いつないだ。

629 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 22:44
父親、癇癪持ちで漏れ子供の頃から脳しんとう起こす位に殴られることもしばしば。
でもこの人とはじめて二人で外出した時の事、今でも覚えてる。
自転車の補助席に乗せられてデパート行って、母親じゃ買ってくれないような
玩具(二段ベッドに寝てる人形)買って貰って、お子様ランチ食べた。
あのケチャップご飯と乳酸飲料の味を時々思い出す。
仕事が忙しくて、それまであんまり相手してもらった事が無かったせいか、
自分はその時かなり緊張してたと思う。

630 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 22:49
昔から両親の仲は良くなかったのだが
幼稚園の頃、すき焼きやってる最中に二人がケンカを始め、
食卓に生タマゴが飛んだ記憶がある
それ以来、すき焼きを食べるとちょっともの悲しい。


631 :もぐもぐ名無しさん:04/01/05 22:53
>>622
ウチの場合は兄、私、弟の3人。母親が一番気にかけてるのは弟です。
以前母親に直接聞いたことあるんだけど、ぶっちゃけ末っ子って愛情のかけ方が
違うんだって。ウチの母の子育て経験談によると
1人目の子(長男:兄)…初めての実子、自らも緊張するし躾も完璧にこなそうと母親としての
            使命に燃えつつ子育てにはげむ
2人目の子(長女:私)…1人目の子育ての時の反省点を踏まえつつ、今度こそと
            新たな意欲を奮い立たせて子育てにはげむ
3人目(次男:弟)…なんかもーどーでもよくなる。とにかく丈夫に育てばいいやと。
          どー育てたってあまり代わり映えしないんだからとにかく可愛く
          育てばよいと思うようになる。
…だそうです。この話を母から聞いてからなんか色々考え方が改まりました。
いままで育てる側の立場になって考えたことなんて一度もなかったから、お母さんも
「母親」として成長(というか変貌?)しながら生きてたんだなあとw
激しくスレ違いでごめん。

632 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 07:59
>>621
今でもトラウマだよ。結局絶縁したよ。兄びいきがまたーりとえぐいから。
わたしは利用されて捨てられた。わたしがかいがいしく家事をしている
時だけ、兄のようにかわいがられたけど、あくまでもわたしが親をやっているから
親が甘えてくる形の関係。財産も兄にうまくぶんどられますた。偽善者の
恐ろしさをねっから教えてくれた実家には、冷めた人生をありがとうです。
何も感動しません。どんな親切も実家とだぶって、最後は駆け引きか計算だと
しか考えられないし、実際そうです。心が枯れてしまって、もう駄目だ。
あれだけ尽くしたのに、最後はぽい。女の子だからって理由で利用され
女だからと甘えるなといって男よりきつい状況に掘り出される。あぁいやだ。
かとおもいきや、夫の家は逆だ。女がいばってる家だ。いろいろあるんだね。
食い物で一番嫌なのが鍋とかみんなで分け合うやつ。人より少なく食べないと
同じだけ食べたら1・5倍食べたみたいに袋たたきにあう。性格が優しいと
人はとても攻撃してくるものだね。どんなやさしそうな人でも、それより
馬鹿でやさしそうだと、とたんに牙をむく。もう誰も信じないよ。
せめて、自分は人生に絶望してるから子供はつくらない。一生、絶望を感じながら
一生を終わる宿命。夫との愛だけしか得るものはなく、最後は孤独死です。
それでも、母が作ってくれたチャーハンとかお好み焼きの味が懐かしくて
ときどき涙がでる。兄のためだけに作ってくれた味だけど。兄はとくだなー。
子供二人うんで財産全部もらって、親は適当に放置して死ぬだろうから世話も
しなくていいし。人生って理不尽だ。

633 :621:04/01/06 08:53
・・・そうか
私も子供いないからその為の飯はつくらない
だから思い出も残せない

634 :623:04/01/06 09:33
私もどうしても子供を持ちたいと思えない。
親になることって、自分と別の人格にとっての唯一無二の存在になって
あんなにも愛を乞われることなのかと思うと怖すぎる。
こんな歪んだ自分が親だなんて子供に申し訳なさすぎだ。

私、出来合いのものを一人で食べるの大好き。すごく落ち着く。
車にガソリンを入れるみたいに、減ったから足すという感覚。
実家は金銭的にはとても裕福だったけど、とっても貧しい家でもあったと思う。


635 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 16:50
>>633
これからは子供いない人多いと思うよ。

>>634
わたしも同じ。自分じゃ愛を与えられない。
それに一人が気楽になってきてるかも。夫はいるけど。
金があっても家の中を貧乏にする親って最悪だよね。
湯水みたいに自分の欲に消費して家族には不自由をかける。
事故中心的な親の子は金持ちでも貧乏でも不幸。

さて、今日はカレーにしよ。ばあちゃんのカレーには林檎は
はいってておいしかったなー。

636 :622:04/01/06 19:41
なんか皆悲観的だね。
私は子供はいないのだけど、いてもおかしくない年(28歳)になっても人間としてまだまだいたらない。
親だってそうだったんじゃないの?
そうできた親なんて実際少ないと思うし。
友達の子育てみてて思うけど赤ちゃん育てるのってほんと大変だと思うよ。
弟より愛されてなくても、それをやってのけてくれたことには感謝してる。
無二の愛をそそいでくれなきゃ親として失格とも思わない。
自分が大人になってみて、自分に置き換えてみてそう思うようになった。
禿しくスレ違いでスマソ。

637 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 19:58
>>636
たとえ同じ体験をしたとしても、受け止め方は人それぞれ。
ましてやそれぞれ違う体験をしたのだからもっと違って当たり前でしょう。
私にはわからない世界があるように、あなたにはわからない世界もきっとある。
そういうことを察する心も大切じゃないかな?
正解はひとつではないのだから。

638 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 20:01
さぁさぁ、そろそろ話題を戻しますよっと

639 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 20:51
みんなそれぞれ言いたいことがあるだろうに
自分が満足したからって無理に話を戻さんでもいいだろ
何か書き込めば反応してやるよ。おもろければね

640 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 23:11
他人の振り見て我が身を直せ。
昔の人は良い事を言ったもんですな。

641 :もぐもぐ名無しさん:04/01/06 23:45
許せるレベルと完全に逸脱した差別があるんだよ。
怒ってるのは、完全に逸脱した差別をした親のことだよ。
ちょっとくらいの差別だったら許してる。
例えば兄は大学4年で妹のわたしは2年の短大しか駄目だっていっても
深刻でありながら許せたよ。だけど、もっと違うものがある。
食い物の話になると、泣けてくる。
あー、だれか飯つくってくれよ。うめーの腹いっぱいくいて。

642 :もぐもぐ名無しさん:04/01/07 00:13
そんなあなたには、ちょっと違うかもしれませんがここがお勧めです。

【神様】手料理神光臨Off 2【おながいします】
http://off.2ch.net/test/read.cgi/offevent/1069086038/

643 :もぐもぐ名無しさん:04/01/07 09:55
私は幸い料理が出来るので、教えてもらわなくても祖母の味を再現できるし、それ以上の物も作れる。
滅多に褒めない父も絶賛する位だ。
ただ、どうやってもカレーは再現出来ない。
何が違うんだろうって位別物になってしまう。
色んな店でカレー食べるけど、また食べたいという気になるのは祖母のカレーだけだ。
実家帰ったら作ってもらおう。



644 :もぐもぐ名無しさん:04/01/07 14:51
>>643
隠し味に糠とか味噌とか入れてたらそりゃ真似できないわ。
おいしい原因だったりして。おそらく想像の息を越えてるw

645 :もぐもぐ名無しさん:04/01/07 20:48
「おばあちゃん、お風呂に入ってたの?」
「うんにゃ、ダシとっとった」
「?」

その日の夕食はカレーだった



646 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 09:02
何でネタスレになってんの?
がびーん。

647 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 09:13
親が低脳だと思ったら、自分にもその遺伝子が伝わってることと、
そいつに教育をされてきたことを頭に入れて、
自分も将来そうなる危険性を考えとく方がいい。
子供のためにも、配偶者のためにもね。

代々バカを続けてしまっては子孫がたまらない。

ちうわけで、おれはそうしてる。
実際親になってからそうなれるかどうかはわからんけど。

すれ違いスマソ。

648 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 11:05
まあ、ヒトの親に対するコンプレックスというのは凄いもんだね。
漏れも親元を離れるまでは親に対する不満と憎しみをバネにして
生きていた面がおおきかったなー。
離れたらやっと自分の人生を生きられたけど。親孝行もしたくなった。

ヒトによってはつらいよなー・・・家のことは。
漏れの友達は家族で1人だけ台所で寝泊りさせられてたよ。
一軒家なのに。一番権力があるバァさんに好かれてなかったんだと。

あーまたスレ違いになってしまった

649 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 11:35
かにかまと大葉がたっぷり入った卵焼き
これ食べる度に運動会とか遠足とか思い出す。
家族が恋しくなる味です

650 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 12:07
食べ物の思い出っていうと、その時の状況を全部思い出してしまう。
そーすると、結構辛い事も多いというのが判った。
思い出したくないものまで思い出してしまうから…

651 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 12:40
辛いこととかせつない思い出って気を抜いた時に思い出さない?
懐かしい料理とか食べると気がゆるむのか一気にこみあげてくる。
郷愁もそうだよね。

652 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 13:49
だから、このスレも、見たいのに、見るのが怖い。
予期しない事まで振り返ってしまう

653 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 14:02
【クレジットカードのショッピング枠を現金化!】

クレジットカードで買い物をすると、商品代金の80〜90%のキャッシュバック!!
10万円の買い物をすれば8〜9万円の現金がお手元に!!

■■朝日カード■■
http://www2.pekori.to/~ryu/asahi/


654 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 14:31
↑ うんざり・・

655 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 16:42
>>651、652

解る解る。俺も大根の葉っぱの油炒め作って
食べてたら、貧乏だった幼少期を思い出して
泣きそうになった。大根の葉っぱの油炒めが
大根の煮物と一緒に食卓によく出てきたもので・・。

656 :酒=メチル以外:04/01/08 17:18
>>652
そういうのを、フラッシュバックと申します。ご用心ご用心。

657 :もぐもぐ名無しさん:04/01/08 18:12
>>655
家の父親は「かぼちゃとサツマイモはガキの頃に一生分
食べたので嫌い」と言います。
戦後の食糧難の時代の主食だったモヨウ。
多分思い出したくないからってのもあるんだと思う。

658 :もぐもぐ名無しさん:04/01/09 04:01
お雑煮作ったら母親の味になって驚いたよ。

母はもういないけれど、母が生きた証がここにもうひとつ。

659 :もぐもぐ名無しさん:04/01/09 17:38
>こんな歪んだ自分が親だなんて子供に申し訳なさすぎだ。

俺も相当歪んでるけど一応親だし子供は大好きですよ。少し位間違う事も
あるかもしれないし完璧な親なんて絶対無理ですよ。私も親の良い思い出
ばかりでは無いしね。そんなの当たり前だと思わないと子育てなんかやって
られない。

但し死ぬまで虐待する親が増えてるのは嘆かわしいですね。そのニュース見る
と玄関なんかに子供の自転車やオモチャが必ず置いてあるでしょう?あれを
買ってやる時の親の気持ちって子供より嬉しい時があるんですよ。なのに何故・・
スレ違いスマン

660 :もぐもぐ名無しさん:04/01/09 17:58
>>659
前半特に同意かな。
思い返してみれば(語弊のある言い方だけど)「親もこの程度なんだな」と
「親もただの人間」ってことを悟った時が、実質的な親離れの時期
だったんだろうなと思う。自分では丁度大学入った直後位か。
なんかそれ以降いい意味で一歩引いて自分の親兄弟を見られるように
なった感じ。

所でそろそろこの時期だと、正月残りの干からびてきた草もちを
水で戻して油引いたフライパンで焼いてきな粉かけたヤツが
食べたくなります。子供の頃の定番のオヤツだった。

661 :もぐもぐ名無しさん:04/01/09 23:41
うちの母親は弟妹の沢山いる長女で家が貧しかったせいか、食べ物に異常に
執着するんだよね。自分の子供(漏れ達)を押しのけても食いたいっていうか…。
しかも執着の仕方が屈折してる。
例えば、魚の切り身なんかわざわざ家族の人数分より少なく買ってくる。
金がないわけでも魚の数が無いわけでもないのに。
それで漏れらが魚に手つけようとすると「他のおかずも食べなさい」って言うんだ。
ギャグ漫画みたいに魚に手出すと必ず。
何回もそれ言われると漏れは嫌気がさして、魚を母親に譲る。
すると母親は「もう食べないの?」とか言いながら魚にかぶりつく。
育ちが悪いって言うか、衣食足りて礼節を知るってこの事かと思ったね。

662 :もぐもぐ名無しさん:04/01/10 02:20
>660
>正月残りの干からびてきた草餅

草餅じゃないですが、うちのばーちゃんは毎年、海苔餅(細かい海苔が入っている)
昆布餅(細かく刻んだ昆布が入っている)豆餅(黒豆入り)、それに食紅で色を付けた
赤い餅、お供え餅、切り餅を正月用に送ってくれたんですが・・・・・・
このばーちゃんの餅も、やっぱり最後は干からびたりカビたりしてました。

ばーちゃんは亡くなって久しいですが、ばーちゃんの昆布餅が懐かしくなることがあります。
ただし、かびて赤や緑や黄色のデコレーションがついた奴はいらね(毒じゃないんだからと
洗って焼いて食わせられました)。

663 :もぐもぐ名無しさん :04/01/10 22:50
>>659 >>660
そうそう、親にはもっと尊敬できる存在でいてほしい、とか
こんな人間にはなりたくないから半面教師にするぞ、とか
親(特に母)には複雑な思いを持ったりしたけど
今となっては、娘の私にありのままの姿をみせてくれて
ここまで鍛えさせてくれたと思ってる。


664 :もぐもぐ名無しさん:04/01/11 02:24
ものすごく暑い夏のある日。
祖母が朝から鍋で何かを煮ていました。
台所は湯気でもくもくしていた。
祖母はものすごく集中して取り組んでいました。
祖母が何かに夢中になっているのを見たのは
それが最初で最後です。
お昼にテーブルに出されたのはラーメンでした。
すきとおったきれいなスープでした。
いとこと兄と、夢中で食べました。

祖母はラーメン屋を開いていた人で、
市販の素を使ったものはよく作ってくれましたが
スープを自分でとって作ってくれたのは
この時だけです。
ちょっと殺気立ったような祖母の後姿を時々思い出します。

665 :もぐもぐ名無しさん:04/01/11 13:07
>>661
自分がされたことを子供のそのまま返してるんだよ。
かあちゃんもそういうことされたんだよ。だから、同じこと
子供にしないと気がすまないのさ。ひどいかあちゃんだな。
魚くらいくわなくても大丈夫だよ。ベジタリアンのわたしが保証する。


666 :もぐもぐ名無しさん:04/01/11 13:10
我侭な人って唯我独尊で楽しそうに食事するけどさ。
こっちが同じペースで箸をすすめると、とたんに
人の食べるものを、食いすぎだよ!っていう目でみるんだよね。
そんで自分は好きなペースで好きなものを好きなだけ食べてる。
人がすると許せない。そんなムードに敏感すぎるわたしもわたしだけど。
でも、>>661みたいに苦労させられると
敏感になるよ。

667 :もぐもぐ名無しさん:04/01/11 21:27
家族でケーキを食べようとして母親が弟をお使いに出した。
弟は人数分のケーキを買ってきたが、そのうち2個だけが美味そうなエクレア、
あとはカステラの上にゼリーが乗ったケーキ、あんまり美味そうな感じじゃなかった。
漏れはエクレアが食いたかったけど、母親が「お母さんはどうしてもエクレアが食べたい、
一つは弟にあげなきゃならないから、お前が我慢してくれ」って言ってきた。
漏れは仕方なくエクレアを諦めた。その時小学校の2年ぐらいだったと思う。
エクレアを美味そうに食べる母親を前に、ものすごく複雑な気持ちになったよ。

668 :もぐもぐ名無しさん:04/01/11 23:05
>>667
あんたち好きなのとりなさい。お母さんは残ったのもらうよ
というような親じゃないけど そんな子供と同じ次元の親をもつと
大人になれるね。いじけたいとは思うけど、
俺もたべてーんだよって強いコになるといいね。
きっとやさしい人だから、そういう扱いをうけるんだ。

669 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 12:06
こんなコトいうべきじゃないのかもしれないが、ネタだよな?

世の中にこんなに低能な親どもがのさばってるわけないよな?

なあ、そうだよな?

670 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 14:09
忘れてたが、今思い出した。
昔、電子レンジで蒸しパン作って父母に一緒に食べようと言った時、
大喜びで食べる父(甘党)の一方で「要らない」と言う母に、
私は「じゃ、いいや」と父と二人で蒸しパンを山分けして食べた。

…ら、無くなった蒸しパンの皿を前に「何で私の分残しておかないの!」と
母が激怒。

「だって要らないって言ったでしょ」というと、「気は心って言うでしょ!!」
と訳の分からない事を喚きまくり、その後半日怒りのオーラを漂わせていた。
仕方ないので、小遣いで100円位のケーキ買って「食え」と渡してようやく機嫌が直ったが、
今にして思うと、何故子供(12才位)がいい年(50才)の母親の機嫌をとらなきゃあかんのだ。
上の行動を私→母、母→私で置き換えれば、何とか納得できるエピソードになるのだが…

671 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 14:20
>>669
ネタならどんなによかったことか。
腹痛めて生んだ子、平気で殺す親だっている。
食い物の上前はねるぐらいならまだましな方だ。

672 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 14:22
低脳な親っていくらでもいるよ。いないと思いこんでるの人は
恵まれてるだけだよ。
>>670
他の部分でいいところがあるなら、許せるレベルだけどね。
そういう性格だって考えて、いらないといってもいると
いう前提で対処すべし。そういう親とか祖母とか多いよね。
ガキといっしょだよ。親なんて。

673 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 16:24
 昨日は山芋のグラタンを作った。
手製のホワイトソースと山芋の淡泊な味が良く合い、
家族みんなで美味い美味いと食べてくれた。
その後に母がホワイトソースの作り方を聞いてきた。
いつもは面倒だからと生協のルウで済ませていたのに。
そういえば先日も焼きうどんの作り方も聞いてきた。
料理を教え合えるようになったのかな。
でも、私はもう少し母の下にいたい。

こんな私は幸せなんだろうなぁ。

674 :670:04/01/12 20:28
>672
悪いが、どうも670のエピソードが引き金になったのか、昔のエピソードが
芋づる式に頭から引き出されてきた。

…ある小さい店でリンゴを買って来て、それがすごく美味しかった。
ので、残った三個は父、母、私の分として好きな時に各自剥いて食べる事に。
次の日学校から帰ってきてお腹空いてたし、咽も乾いていたので早速昨日のリンゴを
剥いて食べようとすると、無い。一個も。
…父は朝剥いて食べていたが、ならば残りは二個か一個の筈。

母が朝一個食い、更に昼に一個食べてました…

「一人一個ずつって言ったじゃん!」とすっかりリンゴが食えると思っていた胃をもてあましつつ騒ぐ私に
「なんだリンゴ位の事で!そもそも美味しいものがあったら親にまず食べさせたいと思うのが筋だ、この鬼娘!」
と、逆キレの上、人を鬼扱いする母。
…結局この件で又怒りのオーラをみなぎらす母をなだめる為に、雪の中件の店に改めてリンゴを買いに行きました。
思うに、母は五人兄弟の長女で、教師だった祖母に甘える事もあまり出来ずに育った為に、我侭が言えずに生きた
その人生の復讐を私で済ませていたように思う。


675 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 22:11
>>674
最低だな。決めたことなのに破るなんて。
甘えさせてくれるような親じゃないな。いつも
イライラしそう。これじゃあ、子供も優しい表情になるはずもない。
いつも苦痛に顔をゆがめているだろう。
きっと結婚のときに良い相手に恵まれるだろう。

676 :もぐもぐ名無しさん:04/01/12 22:30
最低な母親が多いようだけど(DQNかな
その子供も親になると同じことをするようになる。

お願いだからDQN家族は外食しないでくれ

677 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 00:15
思い出の「味」とは違うんだけど
小さい頃家には明治生まれのひい婆さんがいて
お好み焼きを食べるたびに「美味しい魚じゃ。なんていう魚え?」
と聞いていた。

今でもお好み焼きを食べるたびに「どこが魚なんだろう」と思い出す。

678 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 07:55
>>677
ワロタw ひいジイかい。じいさんにとっては香ばしいものは皆
魚なんだろうなw 冥土っていう魚だよっていってやったらよかったのにw

679 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 08:33
母親が昔作ってくれた鶏肉のコーラ煮。
こないだリクエストしたら作り方忘れたと・・・。
本当に母作だったのかしら。


680 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 10:05
>678
おまいさんはひとんちの年寄りに随分な物言いをするのう。
ついでに言うと「婆さん」は「バアさん」と読むのだよ。

681 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 14:24
>>680
しまった。すまそ。

682 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 21:11
>>678
「婆さん」は「バアさん」と読むのだよ。わかる?



683 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 22:03
>>682
しつこいでつね(・∀・)

684 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 22:45
>>678
「婆さん」は「バアさん」とry


685 :もぐもぐ名無しさん:04/01/13 23:17
(・∀・)ババサン!!

686 :もぐもぐ名無しさん:04/01/19 13:52
hosyu

687 :677:04/01/20 00:48
ああーー。なんかすさんでる。
責任感じつつもまたひいバアさんネタを投下しに来たw

スキヤキを食べてるときにいっつも
「ほっちの赤い肉も食べてみたいんじゃ」と言ってた。

ばーちゃん、それは生です。
加熱して色がくすんだのじゃなくて、赤くて美味しそうなのが良かったらしいが。

688 :もぐもぐ名無しさん:04/01/20 01:09
>>687
ボケてるバアさんを大事にしてるね記念age

689 :酒=メチル以外:04/01/20 01:12
>>687
ステーキのレアでも、一切れ食べさせてあげてたら・・・

690 :もぐもぐ名無しさん:04/01/20 01:36
あの・・変かもしれないけど
海辺に落ちてる赤い分厚い海草
知ってる?
母がアレを拾って豚肉と炒めた料理を
作ってくれたのが忘れられない。
歯ごたえと旨味が・・子供心にロックオン!
今海がキレイじゃないからもう難しいけど。
お陰で無類の海草好きになりますた。




691 :もぐもぐ名無しさん:04/01/20 09:32
ばあちゃん肉なんてあんまり食ったことなかったのかもね。
昔の人は割とそういうのありそうだ。

692 :もぐもぐ名無しさん:04/01/20 11:39
>>951のカキコを見て、そういえば私の祖母もフルーチェを
「こんなハイカラな食い物初めてだ」とか言いながら食べていたことを
思い出した。

ヨーグルトを豆腐と間違えて醤油をかけてしまったり。
もっとも、こちらは痴呆に罹患してのことだったが。
ばーちゃん、もう私の事もわかんないの。あんなに可愛がってくれたのになぁ。

693 :酒=メチル以外:04/01/20 14:10
>>692
フルーチェがハイカラ、ねえ・・・。
確かに、昔の人には(上流階級や特殊な人は別として)そうでしょうね。
私なんぞは、中学・高校時代、あの一袋を丼に入れて牛乳をぶっ掛け、カレー用のスプーンで豪快にいってたクチですから、ハイカラも何もあったもんじゃなかったけどね。
ていうのも、私のいた養護施設では、牛乳はなぜか毎日おやつ代とは別に配られてたから、それを大いに活用させてもらえて大助かりでした。


694 :もぐもぐ名無しさん:04/01/20 14:54
牛乳だって一般的に飲まれてたわけじゃないし
フルーチェは尚更だろ

695 :もぐもぐ名無しさん:04/01/21 10:08
私は父親も母親も仕事をしていて接する時間が短かったせいか、母方のばあさんが大好きだった。
ばあさんが作ったもので良く覚えているのが
風邪引いたときの「ニラと卵のおじや」(ニラ好きだったから)と、
毎朝出てくる「具沢山味噌汁」と「蜂蜜と酢をかけた大根おろし」です。
具沢山は、残り物のキャベツ、白菜、人参とか、シラス干しとか色々入ってました。

おばあちゃんのご飯がまた食べたいけど、もう亡くなっちゃって食べられません。
最近ようやく悲しみのどん底から抜け出せたけど、一緒にご飯を食べた時の事を
思い出すと涙が止まりません。・゚・(ノд`)・゚・。

696 :もぐもぐ名無しさん:04/01/21 18:52
>>695
婆ちゃんって最後はどうやってなくなったの?
あっけなく?長患い?

697 :もぐもぐ名無しさん:04/01/21 20:06
>>696
無粋なレスを入れるなや。

698 :もぐもぐ名無しさん:04/01/21 23:55
父は何故か料理が妙に上手く、幼い私にホットケーキミックスとバターと卵で
パウンドケーキやらクッキーやらつくってくれた。
私はその味に歓喜し『お父さん、料理上手ねえ』と賞賛の声を惜しまなかった。

…そんな事のあったある日、朝目覚めると母と姉(<当時中学生)が私に
『食べろ』と丸くでかいクッキーをくれた。
食べると妙にじっとりしてサクサク感がまるで無い。
『…このクッキー、しけってる』

それを言った瞬間、短気な姉の平手が私の後頭部を張り倒した。
どうやら、膨らみそこねたパウンドケーキだったらしい(母と姉の合作)。
父に対して対抗意識を燃やしての事だったようだが…

そんな母も既に無く、姉は遠方で家庭を持ち、父も再婚して田舎暮らしを始め、もう三年会っていない。
もう一度ホットケーキミックスでつくったパウンドケーキが食べたい。
ワインで香りをつけた父作のでも、丸ボーロの出来損ないみたいな母と姉のでもいいから。

699 :もぐもぐ名無しさん:04/01/24 22:10
うちも父親の方が料理上手かったなあ。
でもやっぱり道楽でやってる感じだった。
日曜の朝、遅く起きてきて親子丼や素麺使った焼きそばやら作ってた。
私達もお相伴して食べてたけど、美味しかった。
んで日曜の夕食は父親が張り切って、コロッケとか餃子とか
ちょっと手の込んだ料理作ってくれた。
台所に炭持ち込んで鰻焼いてくれた事もあったなあ。
うちももう1年以上会ってないよ。

700 :もぐもぐ名無しさん:04/01/24 22:15
思い出の味とは少し違うかもしれないけど、
子供の頃、夕食がいなり寿司と汁物のみの日がたまにあった。
なんとも思わず普通に食べてたけど、自分も大人になって結婚した今になって考えると、
いなり寿司って作る手間はともかく、材料費が極端に安い料理だよね?
家計が苦しい時のお助けメニューだったのかなあ…

家族全員(両親+子供5人)おなかいっぱい食べても余るほど大量のいなり寿司を、
ひとりで黙々と作っていた母を想うと涙が出る今日この頃。

701 :もぐもぐ名無しさん:04/01/25 23:32
>>700
あんた、別に質素じゃないよ。戦争前の世代なんか
稲荷っつったら、そりゃぁご馳走で、普段は麦御飯にタクアンに
具なし味噌汁が2食続いたんだよ。3食目に一品増えるくらい。
今の人は食べ過ぎ美食が原因で病気するんだから、
けっして貧乏食だと思わないこったね。そんな考えじゃ
これからの年金生活は耐えられないよ。

702 :もぐもぐ名無しさん:04/01/25 23:49
>>701
いや、700のはそれはそれでいい話だったと思われ

うちはそんな時フライだったなぁ
コーンフリーの
それはそれで腹一杯になった

コロモ食ってるようなモンだったけど


703 :もぐもぐ名無しさん:04/01/26 00:23
戦争前の世代といきなり比較するのも乱暴な話だと思われ。

704 :もぐもぐ名無しさん:04/01/26 07:47
>>703
これからは戦前戦後の田舎暮らしくらい質素な食事に
感謝しなきゃ とても生きていけないよ。
食べられるだけでもありがたいのに、まして稲荷なんていったら
どれだけご馳走か。そういう感覚がない人は
これからは生き抜けない。これはまじだよ。
今までの高度経済成長時の食事は贅沢すぎたんだよ。
だから、デクノ坊ばかり増えたのさ。

705 :もぐもぐ名無しさん:04/01/26 10:33
>704
ソースプリーズ。脳内とか言うなよ。
それ以前にスレタイ読んでる?家族との思い出の味を書き込むところであって、
他人の思い出に文句つけるところじゃないよ。
自説を披露したいんなら他の適切なスレに行きなよ。

706 :もぐもぐ名無しさん:04/01/26 10:53
アレな人はスルーでいいよ。

707 :もぐもぐ名無しさん:04/01/26 18:58
興奮気味の戦争体験者が居る模様。

708 :もぐもぐ名無しさん:04/01/26 23:58
うちは田舎だったせいか、戦時中も食料不足ってほどじゃなかったみたい。
でも以前、祖母の妹が家に来て「戦時中食べた鯉の旨煮がものすごく美味しかった〜」
って話してたら、祖母が「何言ってんだ? あれは鯉じゃなくて雷魚だよ」
その人は50年以上経って初めて知った真実に絶句してたなあ。
スレ違いスマソ

709 :もぐもぐ名無しさん:04/01/27 07:12
 鯉の旨煮だったら山形に来れば食べられたけどね。
雷魚の旨煮はどこで食べられるんだろう?

710 :もぐもぐ名無しさん:04/01/27 22:28
ペットショップで雷魚買って、自分で作るのが早そうだね。

711 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 17:51
 大学のとき、田舎から親父が仕事で出てきたが、僕はなんだか
親父と歩くのが嫌で、終始不機嫌に離れて歩きアパートへ。
 ほとんど会話もなく、お互い缶ビール1本だけので就寝。
 翌朝、「何食う?」と尋ねたらたら「生卵」。僕は、フライパンで
入り卵を作って食べ、、親父はごはんと生卵だけ。そして仕事へ。僕は道案内。
親父は途中、体調悪そうだった。上野駅で、その後の乗り換えが不安そうな
親父を見送った。この1日半、ほとんど会話はなかった。

 2ヶ月後、親父はくも膜下出血で倒れた。半日ががりで駆けつけた。
涙が吹き出た。「何も泣くことはないだろう?」と親父が言ったが、その
まま意識不明に。僕と認識していただろうか?
 そのまま意識はもどらず2週間後、心臓が停止した。

 あれから十数年、いまならもっとうまいもの食わせて、酒も飲ませて
やれるのにと思う。なぜあの時、老いた父に、もっと明るく優しくでき
なかっただろうかと思う。家は貧乏で、親父が大事な田ぼを売った金で大学に
行けていたのに。
 卵かけごはんは、僕にとって悲しい食べ物になった。


712 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 17:58
>>711
まじで泣いた。やべぇ。

713 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 18:14
>>711
かわいそ。親父・・・

714 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 18:17
>>711
。・゚・(ノД`)・゚・。
会話はなくとも息子とビールが飲めて嬉しかったかも。

715 :昔、親不孝だったオッサン:04/01/28 19:17
>711
君は一生懸命に育ててくれた親父さんに凄く残酷な態度を取ってしまったな。
そりゃ、取り返しがつかない。君もそれを感じているんだろう。
君がこれから結婚し、親となり、親父さんの歳に近づくにつれ、その気持ちは
どんどん重く圧し掛かるだろう。
だけどね、それが人間ってもんだ。気にし過ぎるな。

無機質な都会が作り出す流行だの馬鹿げた価値観なんぞに流されるな、若者達。
本当の幸せなんて、ただの欲望の中になんて絶対に有り得無い。
何がダサくて何がイケているなんて絶対に無い筈なんだ。
いくら時代が移り代わろうとも、本当に本当に大切な物は絶対に変わらないんだと思う。
それは、自分がどうあろうとも、自分以外の人間をどれだけ愛せるか?だろう。
それが家族、ってもんだ。

と、俺は想う。
2児の父親をやっていて、最近俺はそれを痛感する。
だから、最近の我が子を虐待したり殺したりするニュースを見る度、鬱になる。
俺の仕事は、家族との楽しい思い出をより沢山、我が子に与える事だと想っている。
出来るだけ良い思い出を多く与えられる様、頑張っている。俺なりに。

716 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 22:30
たずねてくれた親父に 料理は下手でも
なんか愛想ふってやったらよかったのに。
土地うってまで、息子に大学入れてやろうって
親の愛情は、他人からはもらえないよ。
あー、かわいそうなおやじ。
ま、安楽死だったのがせめてもの幸運だとは思うけど。

717 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 22:57
>>716
私はそんなあなたこそかわいそうだと思う。
ここは匿名掲示板だから誰にも気づかれないと思っているかもしれないけど、
あなたのしたことはあなた自身が見ているよ。
卑しい人。


718 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 23:24
>>717
はぁ?別に誰にでも真顔でいうけど。
このくらいのこと。
なんでも悪くとりすぎなあんたこそ卑しいわ。

719 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 23:29
>>717
じゃああんたは、かわいそうじゃなかったよ。
お父さんは傷ついてないよ。安心しなっていえば
よかったのかよ。
本当のこといって何がわるいのさ。
あんたみたいな似非偽善者にえらそーにいわれたくないね。

720 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 23:36
本当の気持ちは本人にしかわかりません。

721 :717:04/01/28 23:46
意地悪してやろうと思っての書き込みならまだ救いようがあったのにね。
残念だけどあなたにはつける薬がないみたい。
おめでたい>>716>>718-719さん、お幸せにね。

722 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 23:50
>>711
お父さん、息子と一緒に居られて良い一夜だったって思ったから何を泣くことがあるって言葉が出てきたんじゃないの?いいやん、お父さんは会いたい息子に会えて満足して帰ってったんやんか?
私は、お父さん安心して逝ったと思うよ。卵ごはんも、お父さんなりに味わって食べてはったと思う。

723 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 23:52
>>711
お父さん、息子と一緒に居られて良い一夜だったって思ったから何を泣くことがあるって言葉が出てきたんじゃないの?いいやん、お父さんは会いたい息子に会えて満足して帰ってったんやんか?
私は、お父さん安心して逝ったと思うよ。卵ごはんも、お父さんなりに味わって食べてはったと思う。

724 :もぐもぐ名無しさん:04/01/28 23:57
>>721
あんたに侮辱されるいわれはないね。
本当にそう思ったから書いただけ。
それとも、ここは絶対に彼を慰めてお父さんは幸せだったと
完結することしかいっちゃいけないんだね。
そんな考えのあんたの方が怖いよ。馬鹿ドラマに影響される奴って
あんたみたいなタイプさ。w

725 :724:04/01/29 00:00
大丈夫だったからとまた同じ罪を犯すのかい?
一生背負う十字架だと思った方がいいんじゃないの?
そしたら、今度こそしなくていい失敗がある。
これからの家庭でね。
でも、ここで大丈夫って言葉聞いて鵜呑みにしたら
また同じ過ちを犯すよ。
それは、わたしの経験からいってんだよ。馬鹿だね。
あんたって。>>721

726 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 00:09
711本人が、一番その十字架なるモンを抱えてるのは間違いないのだから外野がとやかく言う権利は無いと思う。
供養ってモノは残された人間の為にあるものだと思います。
どうかこの先711の人生が、辛い事や悲しい事ができるだけ少ないものでありますように。


727 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 00:17
やっぱスレた人間っていうのはやなもんだね

728 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 00:19
>>727
スレたって言うより・・・ズレてるね

人間として


729 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 00:21
>>727
禿同

730 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 00:23
縦読みでも何でもないのか……
まあ、どっちもいい加減にしる。

個人的には、自分の経験を踏まえるのは悪かないと思うが
他人が自分と全く同じ過ちを繰り返すと思い込むのは極端すぎると思う。

731 :717:04/01/29 00:31
>>724
自分の後悔を>>711に投影してぶつけないでね。
自分では気づいていないようだけど、
あなたの苛立ちや酷い言葉は当時の自分に向けたものだよ。

その人の苦しみはその人にしかわからないのだから、
あなたがそうだからといって他人もそうだとは限らない。
「こう思ったからこう書いた」これではあまりにも幼稚だよ。
そうやって普段から感情のままに周りの人に言葉を投げつけているの?

>>711を無理に慰める必要なんて無いけど、最低限言葉は選びなさい。
自分にはそれはできないと思ったなら、レスしないことも選択肢の一つ。
これだけ苦しんでいる人が、どうして同じ過ちを繰り返すと断言できるの?
人間はそんなに単純ではない。

スレ汚し申し訳ないです>ALL この件についてはこれで最後にします。

732 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 08:13
>>711
うちの父親が死にそうになった時に「親不孝でごめんね」って言ったら
「子供は三歳までに、一生分の親孝行を済ませるって言うからおつりがくる」って答えてくれた。


733 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 08:51
。・゚・(ノД`)・゚・。

734 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 09:14
725がまた同じ過ちを犯す気がするw
このスレで。

735 :711です。:04/01/29 11:18
 多くの貴重な御意見、本当にありがとうございます。
 当事者である僕は、716の御意見を素直に受け入れることができます。
安楽死ではありませんでしたが・・。一方、717以降の御指摘も優しい
お気持ちからのもので、どうか両者ともお気を悪くしないでください。

 あらためていろいろと思い出し、悲しくなりました。それは、面会の後、
僕は病室を出て今度は母が入り「今、○○(僕の名前)が来たでしょ?」と父
に話しかけると、父は「○○は東京にいるんだから、来れるわけないだろ」と
言ったことです。意識はもうろうとしていたのでしょう。あと、僕の冬休みの
終わり、上京直前に父が作ってくれた料理(シチュー)にケチをつけ、それが
自宅での最後の会話になったことや、結局、父の死によるわずかな生命保険金
で卒業まで大学に通えたことなどです。
 父の人生は幸せだったろうか?うまいものなど食ったことなかっただろうか?
 一生の後悔を教訓にしなければいけませんが、母への親孝行も不十分な状態
です。

736 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 11:23
>>735
(・∀・)ノゲンキダセ

親孝行なんてのは「これやったから十分」ってのはないんだから
あんまり気にしすぎるなYO!
アンタがこうやって毎日元気で過ごしてるのが両親にとっては
一番の親孝行だ。

737 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 11:25
>>735
人生ってそんなものだと思う。
似たような思いを持って生きている人多いよ。きっと。

738 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 12:09
>735
もうそろそろ親父さんを解放してやれよ
このままじゃ息子に親孝行させられずに早死にしてしまったと、
親父さんに後悔させることになる
お前さんが今元気ならそれで十分なんだぞ

739 :716:04/01/29 13:46
>>735
そりゃひでーや。あんた、シチューにまでケチつけたのかい。
あーあ。こりゃひで・・・
せめて生きてるかあちゃんには親切にしてやれよ。
金がなくても 電話で声をきいてやるとかくらいできるだろ?
本当に後悔してるならね。\\\\\
てか、あなたは、なぜお父さんにそんなにいじわるだったのよ。
いじめられたの?だったらわかるけど。

740 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 14:00
20年一人暮らし・・・・・

741 :昔、親不孝だったオッサン :04/01/29 17:16
>>735
俺は前出のレスで君を責めた訳ではないので、気に障ったらゴメンよ。
>>736-738
良い事言うねぇ。そうだよね、多少なりとも誰しもが似た経験はしていると
思うしね。全く貴方達の言う通りだと思います。

>>736
>本当に後悔してるならね。
後悔しているからここに書いているんだろうよ。
あんたもしつこいね、あんまり絡むなよ。
君が良い子で育ったのはそれで良い事だろうけど、
その様な物言いで他人を非難する資格は絶対に無い。

742 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 18:16
>>741
ケケケ。口が悪いみたいですみませんね。
それよりあんた、736さんに怒ってどうするよ。
温かい言葉で励ますのが好きな人間ですぜ。わたしも。
でも、ときどき、きつい言葉を書きたくなるんすよ。
なんででしょうね。2chやってると、ついつい。
いけませんかね。みんなが温かいときって、きつめのこと
いいたいときってありませんか?

743 :742:04/01/29 18:25
なくなったお父さんのために墓参りいきなされ。きっと
わかってくれるよ。
死んだ人に話すときは、墓参り。これ常識。
死んだ人に伝えることができる場所。
わたしはそう信じてるぜ。やってみなー。あーばよ。

744 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 22:22
>>742
>なんででしょうね。2chやってると、ついつい

そりゃお前、匿名だからだよ


745 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 22:34
すごいのが来ちゃったな、このスレw

746 :もぐもぐ名無しさん:04/01/29 23:24
いや、この手のスレにはあの手の輩は住み着きやすいぞ。
スルーしておくのが一番いい方法だ。

747 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 00:31
何か聞いた風な口を聞くのが来てるなあ。>716
こういうヤツって、毒吐くのはネットだから!リアルでは完全に毒隠してるよ〜ん!
周りからも自分はいいヤツだって思われているはず!と思ってても、
そんな偽善は本当はモロバレで、いいようにあしらわれてるのが現実なんだよなあ。
頭悪そう。

思い出の味って事で思い出したけど、昔母ちゃんのつくるお粥が苦手だったわけよ。
お粥っても今思うとカツオ出汁で煮たおじや風で卵入れた奴なんだけど、風邪の時とかに食べると
何か生臭くて嫌で、でも喰わないと怒られるからイヤイヤほんの少し喰う。
今自分は実家とは本州の端と端に離れてるんで、このお粥は喰おうっても喰えないんだが、
この間計らずもその味を再現しちまった。

…母ちゃん、いくらカツオぶしが勿体無いからって、出汁は煮込んじゃだめだ。
二番出汁も取れるから一煮立ちしたら火を止めてくれ。

748 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 06:39
>>747
けっ。こうるさいガキだね。何が二番だしだよ。
めんどくせーことガキのくせにいってんじゃね。


749 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 09:19
(´д`)まあ落ち着こうや

↓家族との思い出の味 〜再開〜

750 :749:04/01/30 09:26
俺の思い出の味は、ばあちゃんが作るサッポ○一番の味噌ラーメン。
祖父母の家にはいつも山のように味噌ラーメンの買い置きがしてありました。
遊び疲れた俺を笑顔と共に迎えてくれるその味は、本当に「特別」でした。
優しかった祖父母と、夕暮れ時。
思い出すたびにちと切なくなります。

751 :昔、親不孝だったオッサン:04/01/30 09:28
>>742
>それよりあんた、736さんに怒ってどうするよ。
あぁ、しまった。>>736さんごめんね。>>739の間違いでした。
脱線するきっかけはなんか俺が作ってしまったみたいで申し訳ありません。m(__)m

↓家族との思い出の味 〜再開〜


752 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 13:46
>>750
簡単でおいしいお袋の味だね。
今でも自分で再現できるのがコンビニ食のいいところ。ップ

753 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 13:58
つか、たかだかインスタントラーメン(一個30円ップ)
で、調理時間5分で、そんな感動されて、
今でも孫にこうやって思い出されるなんて、
安いしらくだねぇ〜〜
こんな孫だったら、気楽でいいや。
今のガキはあれが駄目これがいいと我侭で金と時間のかかる
ガキばっかり。

754 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 14:03
ま、二番だしだの炒ってるガキはみならうこっちゃな
ぷぷぷぷぷぷ

755 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 14:47
ププププうるせえんだよっ
      ,〜'⌒彡
  (⌒\彡ミノ^ヽ ミ
   \ヽ彡 ´∀`)
    (m   ⌒\
      ノ    / /
     (  ∧,,,∧
   ヘ丿 ∩∀・ ) ←>>752-754
   (ヽ_ノゝ  ノ


756 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 19:58
>>755

まあまあ、思い出の味が何一つない人の妬みなんだから
あんまり怒りなさんな。放置推奨。

# 依然存在した類似スレでも、752-754と同じタイプの香具師が
降臨した時期があった。思い出がない奴なんだ、と言う事が良く
分かる書き込みしかしてなかったよ。

俺の「安い」思い出の味といえば、ばあちゃんちのスイカだな。
じいちゃんとばあちゃんは農業をやっていたから、畑(自家用)から
取って来たスイカなんてタダみたいなもんだった。らしい。
風呂おけにドンブラコと浮いてる奴を見ると、おやつが楽しみだった。
店で買ったスイカと何か違いがあったわけじゃないんだが、あれが一番
美味いスイカだったな。

757 :751:04/01/30 22:21
実は今日は葬式帰りです。
女房のおばあちゃん(女房の母親の母親)の葬式でした。
俺、今の家に婿に入ったんだけど、姑が厳しい人な上に
老人性鬱病って病気でね。毎日罵声を浴びせられていて。
「お前なんか来てもらいたくなかった、今すぐ出て行け、でも金だけは毎月入れろ」
とか、「死んで金だけ残してもらった方が良い」なんて言われてました。

だけど、その姑の母親であるばぁちゃんは凄く俺を可愛がっていてくれて。
「○○ちゃん(カミさんの名前)は男を見る眼があるよ!」って言ってくれていて。
「○○ちゃん(俺の名前)、ごめんね。私の育て方が悪かったのかなぁ。」なんて
言ってくれてました。そんな事は全然無い筈なんだけど。

そんな婆ちゃんが作ってくれた煮物とか蕨の炒め物とか、すっごい美味しくって。
俺は煮物とか駄目な人だったんだけど、煮物の美味さに気付かせてくれたのが、この
婆ちゃんの煮物だったんです。
血も繋がっていない上に10年位の付き合いしか無かった婆ちゃんだったけど、凄い
沢山の思い出と含蓄を貰いました。

婆ちゃん、短い間だったけど本当に本当に今まで有難う。
あんなに体格の良かった婆ちゃんなのに、あんなに小さくなっちまって。
でも、最後のお化粧の口紅の色が良く似合っていて可愛かったよ。
ゆっくり眠って下さい。当家は俺が命に掛けても守り抜くから安心してね。

PS:ばぁちゃん得意の田舎料理の数々だけどさ、微妙〜に味は落ちるかもしれないけど、
しっかり孫娘に伝わってた。すごく美味しかった。婆ちゃんのにはかなわないかもしれないけど。
だけど楽勝で合格点の美味しさでした。安心してね。
婆ちゃんおやすみ!


758 :もぐもぐ名無しさん:04/01/30 22:29
>>757
あんた、えー人やのぉ。
ぷぷぷ。まじで、ええ人やわ。ぷぷぷ。

759 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 01:14
>>757
お義母さんの病気治るといいねぇ。
お婆ちゃんも孫娘が素敵なだんなさんを見つけて
安心しているでしょうね。

760 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 02:39
716はまだ粘着してるようだの

マジで痛い

761 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 03:04
>>760
スルーしる。

762 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 06:50
可哀相な奴はほっとくしかない。
同情求めてるわけでもないだろうし。

763 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 08:40
皆さん脊髄反射はやめましょう。
放置が原則です。
レベルの低い人に言葉を費やすことは無駄です。

764 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 12:19
自分は父子家庭だったんだけど、父ちゃんに育てられた人で、忘れられない食べ物ある人いますか?

今はもう親父はいないけど、運動会の時作ってくれた、大きなグローブみたいな
うんこにぎりが忘れれない。
新聞紙で包んで、おかずは前の晩から作ってくれたイカ臭いティッシュとかだった。
俺はジャングルジムの上で一人、その大きなうんこにぎりをほおばってた。
すげぇ美味かった。

765 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 13:10
母親の身体が弱くていつも寝ているような人だった
小学校の頃には家に帰るとお腹が空いて
おやつを探すが何もない。
戸袋を開けるとそこにはおぼろこんぶ。
姉と二人で、寝ている母親を起こさないように食べました。
口に入れるとすぐ溶けるし
お腹はいっぱいにならなかったけど
おいしかったなあ〜。

あとは家族で囲む鍋
父親が鍋奉行で、奉行というよりも将軍様?
ポン酢で食べる場合は、一人一人の取り皿に
ポン酢・ねぎ・大根おろし・だしなどを取り分け
すき焼きだと入れる順番から味付けまで全部父親の役
たまに父不在のときに母親が味付けした鍋を食べると
なんでか味が違う。

また昔のように食べたいなあ。


766 :ぷぷぷ:04/01/31 14:51
漏れはすき焼きのときには、父がしきった。
砂糖がんがんいれてはじめはおいしいけど、あとからからかった。
つい肉をどかーんと取ったりしたら、
兄と父に一斉にせめられた。お前は自分勝手だとかいって。
そんでも一番よくくってたのは、兄と父だ。
鍋関係は苦手だ。みんなに取りすぎだって責められそうで
安心してくえないぷー。ぷぷぷ。

767 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 14:54
どっちの料理ショー特選素材&十四代定価販売
http://plaza.rakuten.co.jp/moriizou/

768 :もぐもぐ名無しさん:04/01/31 23:17
ある夜、大量のお刺身が夕飯のテーブルに並んだ。
普段よりもずっとずっと多くて、「なんじゃこりゃ」って思った。
母が「お父さんが買ってきたのよ」って言って、食事ははじまった。
そのころは父とご飯を食べるなんて、もうなかった。
自分でも、もううちの両親はだめだろうって思ってたころだったし。
案の定、両親は離婚して。
でもさ、父ちゃん。いなくなるならいなくなるって、そう言ってよ。
お刺身の次の日、父の荷物が根こそぎなかった。
何も言わずにいなくなるなんてずるい。
お刺身買って来てくれてありがとう、だって伝えてないのに。
その日の夕飯は、私の忘れられない食事になった。
 

769 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 02:58
。・゚・(ノД`)・゚・。

770 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 11:53
小学生の頃家族で出かけた時に食べた「皿うどん」
うどんが平べったくつぶれて幅広になったような変わった麺だった。
「お皿みたいにぺちゃんこだから皿うどんて言うのよ」
と母親に言われた気がする。
でも今、普通に検索してみても「皿うどん」ていうのは揚げた麺にあんかけを
かけたものみたいだ。
自分もその時以来そんなうどんを見た事ないから勘違いなのかもと思う。
母親に聞いても覚えてないというし。

でもあの時食べた「皿うどん」はおいしかったなぁ。
あれは一体何だったんだろう。何と勘違いしてたんだろう。
もう一度食べたい思い出の味です。


771 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 13:02
>>770
「皿うどん」でいいんじゃないかな。うどんを醤油かソースで焼きそば風に調理したやつでしょ?
揚げ麺にあんをかけたのは俺的には「揚げ焼きそば」だけどなあ。

772 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 13:04
ああ、間違えた。771で俺が書いたのは「焼きうどん」だったね。
「皿うどん」謎だw

773 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 13:18
>>770
普通にスーパーにうってますが何か。
きしめん というんでしょ。

774 :770:04/02/01 13:50
きしめんもわかるんですけど幅広さがもっとあったというか。
口に入れるのに苦労したような。説明下手ですみません。
だいたい何で「皿うどん」として売ってたのかなと不思議だったんです。
どんぶりに入ってたし。
子供の頃の記憶なんで間違ってるんでしょうね。ごめんなさい。


775 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 14:23
もしかしたらお母さんが間違って「皿うどんよ」って言ってしまっただけでは?
今より幅が広く感じたのも、幼い頃の小さい口だったからじゃぁ・・・と思いますた。チガウカナ(・∀・`)

776 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 14:25
↑間違いました。
幅が広く→幅が狭く

777 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 15:24
>774
もしかすっとほうとうじゃないかね。山梨の郷土料理なんだが、
きしめんよりも幅広で厚みのある麺(結構まちまちみたいだけど)を野菜とともに味噌で煮込むやつ。

778 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 17:26
皿うどんというと、ちゃんぽんの汁があんかけになったようなものだった(九州の北)。
揚げてある麺に同じくあんかけがかかっているのは長崎の方だったか。
皿うどんという名称でいくつもの料理が点在しているのでは…

779 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 19:57
稲庭うどんなんかは平べったくてきしめんよりも幅が狭いけど。
でも焼きうどんには合わないよね。
生協とかでも平べったいうどんが売っていたりする。

でもあんまり追求すると、子供の頃の思い出が消えるような気もする。

780 :もぐもぐ名無しさん:04/02/01 20:11
自分も「皿うどん」という名称で
野菜のあんかけが乗ってるひらべったいうどんを食べた記憶がある。

高校生になるまで、あの揚げたバリバリの麺は見たこと無かった。
ものすごくびっくりしたなあ… だってどう見ても「うどん」じゃないもんw
最初に食べた一般的な「皿うどん」は
だちの母(九州出身)が作ってくれたものでした。

781 :770:04/02/01 20:48
自分と同じようなひらべったいうどんを
食べた事がある人がいて驚きました。
幅広で口に入れる時ベロベロってなるようなとこだけ覚えてるんです。

あの皿うどんが何だったのかはいまだに気になるけど
もしかしたら今食べると普通のうどんだったりするのかもですね。
思い出としてとっておくことにします。レスありがとうございました。


782 :もぐもぐ名無しさん:04/02/02 00:48
家族とは縁を切りました。
思い出がたくさんあります。

でも、今はもう、どうでもいいことです。

783 :もぐもぐ名無しさん:04/02/02 01:50
それも又人生。

784 :563:04/02/02 03:24
以前は温かいレス、ありがとうございました。
あの後結局、両親は離婚決定。母親と子ども全員で家を出ました。

今後どうなるかは分かりませんが、諦めはしません。
いつか家族全員で外食行けるようにしたいと思います。

785 :もぐもぐ名無しさん:04/02/02 03:57
>>784
ドリアの味を忘れないようにね。
味って、食べ物そのものの味だけじゃないから、また同じ味を
食べられるようになるといいね。
それを実現するのは、あなた自身のこれからの生き方。

きっといい事があるよ。

786 :むに ◆O818ziVd42 :04/02/02 09:41
泣かせるにゃ

787 :酒=メチル以外:04/02/02 18:19
そうですか。
でもま、またいいこともありますよ。
はなれてお互いに冷静になれたら、何かいい進展もあるでしょうから。


788 :もぐもぐ名無しさん:04/02/02 21:15
>>784
ttp://www.wheatnoodles.com/x/mt-comments.cgi?entry_id=540
皿うどんには、揚げた細麺と、ちゃんぽん玉(うどんのような麺)の太麺の
2種類ありますよー


789 :酒=メチル以外:04/02/02 23:01
>>788
そのこころは?

790 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 00:33
>>789
レス先間違えたのでは

791 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 02:07
>>788
>>781さんへ、ですね
ttp://www.wheatnoodles.com/x/mt-comments.cgi?entry_id=540
皿うどんには、揚げた細麺と、ちゃんぽん玉(うどんのような麺)の太麺の
2種類ありますよー



792 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 15:38
スレ違いかもしれないけど
父親が高2の夏に逝きました。自転車と車との衝突事故でした。
それ以来母親はきがぬけているようにおもえ、無口になってしまいました。


高2の春
「お父さん、おれ塾いきてえよ!」といったら
「だめだだめだうちは家計がギリギリなんだ」といわれたものだから
「ふざけんじゃねーよ!」と内心思いました。
しかし、自分は公立高校におちて私立にかよっているのでしかたないかな、とも思いました
しかし次の日の朝
「昨日お母さんと相談した。お父さん今の倍くらい仕事するつもりでがんばるから、オマエもがんばって勉強してくれよ
塾にいくのなら、いっただけの効果はだしてくれよ!」といわれました
あの時はうれしかったなぁ…
けどその暫くしてから塾の特待生試験をうけたら受かっちゃて、塾に行くのにお金がいらなくって、
それをいちばんよろこんでくれたのも父親でした



お父さん、ボクは今第一志望だった京都大学にいます。
入学式にお父さんの姿がなかったのが悔しいです。
お父さんとの約束は守れて、京都大学に入れました。

お父さんには敵わないだろうけど、立派な大人になりたいとおもいます
今でも尊敬しています

息子より


793 :792:04/02/03 15:39
これ食べ物板でしたか、本当にスレ違いをやってしまいました
スミマセンでした

794 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 16:23
>>792
スレ違いだががんがれ。
父ちゃんが見守ってくれてるはず。

795 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 16:30
>>792-793

どっちかってーと板違いな気も…。
でもホロリと来たよ。
そういう風に思ってくれる息子さんを持って,お父さんも幸せじゃないか。
お父さんにできなかったことをお母さんに,そして将来子どもにしてあげて下さい。

796 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 16:32
>>792
。・゚・(ノД`)・゚・。
いい子に育ったんだね・・・

797 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 16:33
>>792
ゲラゲラ
板違いもいいとこじゃんか ぎゃはは
でも、あんたすごい優秀なガキだな。親も泣いて喜んでるそ。
ついでだから、飯の思い出もかけや。

798 :792:04/02/03 17:01
すみません「なける2ちゃんねる」からきたもので

料理の話といえば
父親は料理好きでした
よく単身赴任などでひとりでしたから

最後に一緒にすごした大晦日につくってくれた
年越しソバがわすれられません

母親がそれ様にカップ蕎麦を大量にかったものの
父親が「インスタントなんかじゃだめだ」といってつくったそば…
蕎麦より具(卵や、しいたけなど)の方が多くてボリューム満天でとてもおいしかったです

あと父が作るものといえば
スパゲッティ、親子丼で、レパートリーは少ないものの、どの味も忘れることはできません

799 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 18:30
>>798
お父さんが亡くなっても、そうやって思い出とか味はあなたの心に残っているんですね。
人が本当に死ぬのは、忘れ去られてしまった時だ…ってのを小説だったか漫画だったかで読んだことがあります。
つきなみですが、あなたが忘れないかぎり、お父さんはあなたの心の中で生きてると思います。
あなたが頑張ったことは、きっとお父さんには分かっていると思いますよ。
そして喜んでいると思います。

800 :792:04/02/03 18:51
みなさん暖かいレスありがとうございます

非常にうれしいです

きょうは父を思い出して久しぶりにないてしまいました。

父のぶんも長生きしようとおもいます

それでは

801 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 20:37
 家族一同、喫茶店で食事をしたときに「これ美味しいよ、食べてみ」みたいな感じで
みんなで一口ずつ回し食いした。
そしたらウェイトレスのお姉ちゃんが私らを見ながら
「なんであんなことしてるんだろうね?見てるこっちが恥ずかしいよ〜!」
とか言ってた。調理場で言ってるので聞こえないと思ったのかもしれないけど
バリバリ聞こえててイヤな気分に。
てか、家族内で回し食いするのは恥ずかしいことなんでしょうか?
いろんな料理が味わえるし、家族と会話が弾むしで良いことだと思うんですが。

802 :もぐもぐ名無しさん:04/02/03 21:21
>801
その姉ちゃんは肉親とも友人とも、美味しいものを分け合って食べるような
そういうくだけた暖かい関係を持てなかった人なんだろう。


803 :もぐもぐ名無しさん:04/02/04 05:05
>>801
一流レストランでアラカルトで好きなものを頼んで、それがおいしかったら
一緒に食べている人にプレートを回すのは、別に恥ずかしい事じゃない。
くだけたマナーでもないよ。
和食ではダメみたいだけれど。

804 :801:04/02/04 10:59
>802-803
どうもありがとうございます。やっぱり、おかしい事じゃありませんよね。
兄でもはその時以来、食べ回しをしようとしません。
寂しい‥。

805 :もぐもぐ名無しさん:04/02/04 20:57
みんな仲良しの家族でいいですね・・・。


806 :もぐもぐ名無しさん:04/02/05 01:25
自分が小学生のころ、けっして裕福な家じゃなかったのに2ヵ月に1回くらい
家族4人で寿司屋にいった。父と母はふだん喧嘩が絶えなく、姉と私(弟)も
よく喧嘩してた。あんまり仲がいい家族とはいえないのに一緒に出かけた。
もちろん並を注文するんだけど、うまい店だったと思う。その後、屋台のそば屋
に寄るのが恒例だった。そのそばのうまかったこと・・・。

両親とも健在だが、父76歳で要介護状態、母72歳ですっかり年老いてしまった。
姉も嫁いだ先でいろいろと苦労が絶えないよう。
自分は1人はなれて東京で暮らし20年になる。
もうあの頃のように、みんなで外食することなくなったなぁ。

807 :もぐもぐ名無しさん:04/02/07 01:00
>>806
ずいぶんお年のようですけど
家族が喧嘩するのは今も昔も変わらなかったんだなぁ〜(変な感想でゴメンナサイ)
我が家でも僕と僕の弟、両親も喧嘩が多かったんですけど、よく家族4人で食事に行っていましたよ。
寿司屋じゃなくてイタ飯屋なんですけれど。
今は僕が東京に出てきているので食事を共にすることはなかなかありませんが。
親孝行できるのも今のうちですよね。

808 :もぐもぐ名無しさん:04/02/10 13:58
昔、小さい時に児童書で「こまったさんの○○」ってタイトルの本があった。
グリとグラみたいな感じの本で花屋を営んでる料理上手のこまったさんが機転をきかせて料理をするって話だったと思う
(20年以上前の話だから、そこら辺うろ覚えなんだけど)
で、そのシリーズの中でこまったさんがカーネーションを使ってハンバーグを作る話があったのよ。
挿絵もパステルカラーで、ピンクのカーネーションが挽肉になって美味しそうなハンバーグになるの。
そのおかげで、暫くはオカンと一緒に近所のスーパーに行くと、その隣が花屋なもんだから
カーネーションを指さしては
「お母さん、ハンバーグ作って!こまったさんが作ったカーネーションで作るハンバーグ食べたい」
と、さんざん強請って困らせた記憶がある。

今思い出すとフィクションにもほどがあるだろう!と思わずつっこみを入れたくなるが
一番突っ込みを入れたかったのは、その本の存在を知らなかった(学校の本だったし)うえに娘のよく分らない我侭に振り回されたオカンだろうなぁ(笑)

809 :もぐもぐ名無しさん:04/02/10 19:22
>>808
おまえはガキの頃から馬鹿だったんだなWWW


810 :もぐもぐ名無しさん:04/02/10 19:37
>>808わかったさんじゃなかった?

811 :もぐもぐ名無しさん:04/02/10 20:55
>>808
持ってたよw
カレーとかオムレツとか美味そうだったね。

>>810
わかったさんはお菓子の方のシリーズですよ。

812 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 11:32
今、お金がありません。実家も相当の貧乏で頼ることは勿論不可能です。
ここ一週間食べたものは、「スイトン・もやし・キャベツ・ニンジン・みそ・食パン」のみ。
肉魚などのいわゆる動物系たんぱく質は買えず長いこと食べていません。
卵を時々食べれるくらい・・・。体壊したらもっとお金掛かる・・と思いつつ、
どうすることもできません。だって食材買うお金が無いのだから!

いつか、あんな時期もあったなぁ〜って懐かしむ時が来るのかな・・・

813 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 12:02
>>812
よければこちらにもどうぞ。なんかアドバイスあるかも試練。
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/recipe/1032511649/

814 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 12:28
>>812
ここらへんも覗いてみ
【心に】貧乏のどん底料理 Mark.XXI【栄養】
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/cook/1075952933/
一日300〜500円で今日も乗切る 18日目
http://food3.2ch.net/test/read.cgi/jfoods/1075684003/


815 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 13:28
>>812
わたしわざとそんな食事してまつがなにか?
むしろ健康になりますた。

816 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 14:00
>>812
納豆と豆腐もクエ
動物性蛋白は食わなくても死なない。

スレ違いにつきsage

817 :obi:04/02/11 14:04
20年くらい前の正月のこと。うちのじーさんとばあさんは齢80にもなって
なぜだか家庭内別居状態だった。お互い無関心で助け合いも何もなかった。
ちち・ははと行った年始もそんな状態で、おせちも2ヶ所で食べた。
そんなときじーさんが小さい片手鍋を私に向けて「これも食え」と言う。
そこには真っ黒に煮込まれた大正えびがあった。私の生まれた地方では
これをぱちぱちえびと呼んでいる。「あんた好きだったろー、ぱちぱちえび」
出汁も味も何もないただの塩辛い物体でとても食べれたものではなかったが、
じーさんの作った料理は初めてだったので、・・食べた。
帰りの車の中で、母はあの人が料理するなんて・・とつぶやいた。
その年の秋にじーさんは亡くなった。最初で最後の手作り料理だった。
今でも、スーパーでぱちぱちえびを見て涙が出る私がいる。

818 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 16:12
⇒とんでもないスレみつけました。(これって、イトーヨーカ堂とかでやってるやつ??)

募集要項に街頭する人材が全員辞めちまってぺんぺん草も生えない食品レジクーポンの
募集詐欺会社カタリナマーケティングの要項を紹介しよう。現在労働争議発生中
http://www.catmktg.co.jp 同社代表は政府審議委員を務める荒井好民。まさに詐欺師
大手食品・消費財メーカー企業またはGMS/スーパーマーケットチェーンに対し、レジ・クーポン及びロイヤリティマーケティングのコンサルテーションを含む営業(クライアントへのプレゼンテーションや、企画立案、分析、報告などを含む)


求められるスキル・経験等:
食品・消費財メーカー関連企業での法人営業経験、あるいは小売チェーンでの法人営業経験が5年以上ある方
4年制大学卒業以上。MBA取得者尚可
本当に営業が好きで実績のある方
企業家精神に富み自分の判断で行動し責任を持てる方、プレゼンテーションの準備などをご自身で行なうことができる方
個人での業務、チームワークなど、様々な形で業務を遂行できる方
過去に2社程度の勤務経験、あるいは複数部署での勤務経験がある方
マーケティングに関して深い理解がある方(本社での勤務経験)
データに関しての深い理解ができる、あるいは分析力のある方
Concept Selling(コンセプト営業)ができる方
どのような部門・ポジションの方に対しても、プレゼンテーションができる方
財務的な知識がある方尚可
英語に対してアレルギーの無い方、英語力ある方は尚可

>⇒どーでもいーけどよー。「企業家」は「起業家」の間違いじゃねーか?
>レベル低いわねー。これじゃあみんないなくなるよ。
>人材会社も回転いいからまさに草刈場だね。
>PS
>カネがなくて冬の某ナス 5月に払うとか嘘のクチ約束だそうな。
>そういいつつ1月にクビきりするのは完全な詐欺
>しかも全社員の30%を即日解雇するという完全な違法行為。
>当局が強制捜査に乗り出した模様。絶対取引したらいかん。


819 :もぐもぐ名無しさん:04/02/11 19:39
コピペうっざ

820 :もぐもぐ名無しさん:04/02/14 03:22
 

821 :もぐもぐ名無しさん:04/02/24 10:54
age

822 :もぐもぐ名無しさん:04/03/01 19:02
我が家では、エビとコーンが贅沢品。
エビはブラックタイガーとかならまだしも、冷凍むきエビも奢侈品に入る。
母が故意にそう決めてる。
飽食のこのご時世、何か「贅沢〜!」って言えるような物を設定しておくと、
食べ物の有難味が増すんだって。
最初はなんじゃそりゃって思ったけど、私がコーンサラダを作るたびに
大喜びする兄を見ると、そういう方針も間違いではないのかなと。
エビの入ってない我が家の天丼。でも十分美味しいです。
里帰りしたいです、母さん‥‥

823 :もぐもぐ名無しさん:04/03/02 12:11
厚揚げの煮物。
甘辛く煮付けた味が最高だった。

824 :もぐもぐ名無しさん:04/03/07 13:42
思い出の食いもんは、もう二度と食わない。
猫ももう二度と飼わない。
記憶が上書きされるのが厭だから。

825 :もぐもぐ名無しさん:04/03/14 03:22
去年死んだじいちゃんが、料理が得意でよくいろいろ作ってくれた。
喫茶店や、食堂みたいなとこを経営していたこともあったのだが
男子厨房に入らず、なんて言葉とは無縁のじいちゃんだった。
小学校2年ぐらいの頃、家に帰るとじいちゃんが天ぷらを揚げていた。
おかんが「お父さん(じいちゃん)の作る天ぷらはおいしいんだから」と
得意そうに言っていた。
他に、カレーとかも調味料からいろいろ調合して作ったりしていた。
おいしくて、何度もおかわりした。
フレンチトーストなんかもおやつに作ってくれた。
今思えばいろんな物事に詳しくて、シャレた格好したじいちゃんだったなw
いい思い出ばかりではないけど、じいちゃんのことを思う時は、料理の
思い出も一緒によみがえって来る。

826 :825:04/03/14 03:27
言い残した。
最後の方は、自慢の腕を振るう事も出来なくなっちゃって
自分もはっきりと味を思い出す事は出来ないけど
いろんなものを、作ってくれた思い出だけはしっかり覚えていたい。
連投スマソ

827 :もぐもぐ名無しさん:04/03/25 20:29
合掌

828 :もぐもぐ名無しさん:04/04/05 13:33
は!

829 :もぐもぐ名無しさん:04/04/10 10:03
あげ

830 :もぐもぐ名無しさん:04/04/11 20:34
家族との思い出の味というと、数年前氏んだ親父を思い出す。
お酒タバコが大好きで、酔っぱらっては凄い創作料理を作って漏れに食べさせてくれた。
特に凄かったのは、タマゴ料理。
食べた瞬間に違和感に襲われ、
「何入れたの?」って聞いたら
「タマゴとうどん粉と砂糖と塩と醤油とコショウ〜〜」
ものすごい組み合わせに悶絶したけど、
そんなに楽しそうに言われたら全部食べるしかないじゃん。

あの時はもう勘弁なんて思ったけど
もう食べれないと思うとなんか寂しい…。

831 :もぐもぐ名無しさん:04/04/12 19:35
消防の頃の話。
俺の実家は店をやっていて、両親は休日も仕事。
じーちゃんが俺達3人兄弟を連れて外食というのが、毎日曜のパターンだった。
いつも同じ店でランチを食ってたんだけど、じーちゃんが他に必ず人数分注文
するものがあった。
それがクリーム・ソーダ。
でも、じーちゃんには妙なこだわりがあって、「クリーム・ソーダはこうやって飲む
んじゃ!」と、アイスを全部ソーダに溶かしてたんだ。
それもご丁寧に、俺達の分までw
アイスはそのまま食べたいなぁ、と、子供心に思ってたよ。

そのじーちゃんが逝ってから、そろそろ10年。
今でも時々そのことを思い出し、女房に呆れられながら、ガキと一緒にクリーム
ソーダすすってたりします。
じーちゃんには悪いけど、アイスは溶かさずにねw

832 :もぐもぐ名無しさん:04/04/13 06:30
そーいやウチのばーちゃんもイヤにクリームソーダにこだわる人だった。
(まだ生きてるけど)
ソーダ水の上にアイスという組み合わせは、ばーちゃんには贅沢な食い物らしい。

833 :もぐもぐ名無しさん:04/04/14 15:15
ばあちゃんと一緒に外出するとお昼はいっつも
クリームソーダにナポリタンだったなあ。
この前、伯母さん(ばあちゃんの娘)とその孫と一緒に出かけたら
やっぱりお昼はソーダとナポリタンだった。
我が家の伝統らしい。

834 :もぐもぐ名無しさん:04/04/14 17:30
娘が3人いるんだけど
上の娘がまだ小さい頃、
外出した時に、喫茶店やレストランで必ず注文するのが
クリームソーダだった、
「どこでも飲めるでしょ?」って言ったところで
「これがいいの!」と一人満足そうに柄の長いスプーンでアイスを食べるのを
私と旦那はいつも笑いながら見ていた。
2番目の娘もやっぱりクリームソーダが好き。
同じように嬉しそうにアイスをなめて、ちょっとにごったソーダを嬉しそうに飲んでた。
少し年の離れた妹だけ、連れて出ることも多くなった今、
何故だろうか、彼女も同じように「クリームソーダ!」と嬉しそうに注文して
満足そうな顔をしては飲んでいる。
でも思い出した。
私も小さい頃、同じようにクリームソーダが大好きで、
弟と一緒に柄の長いスプーンで懸命にアイスをすくって食べていました。
娘達の子も、いつの日にか同じように注文してるんでしょうか?

835 :もぐもぐ名無しさん:04/04/14 18:02
私もそういやクリームソーダーばっかりだったなあ。
妹や弟がオレンジフロートだのコーラフロートだのを頼んでも
頑なに「クリームソーダー」を頼んでいた。

836 :もぐもぐ名無しさん:04/04/14 19:33
クリームソーダに使われるソーダって、店では見ないよね。
まずスーパーでは見た試しがない。
ファミレスのドリンクバーで『ファンタメロン』だというのを知ったけど、
なんであれは市販されてないのかなぁ。
自分の家でもクリームソーダを作りたいよ。

837 :もぐもぐ名無しさん:04/04/14 19:46
>836
中華レストランでウェイトレスのバイトしていたとき、
ソフトドリンク類の喫茶メニューはウェイトレスが作っていたんだけど、
クリームソーダのソーダがどうだったか思い出せない・・・
アイスクリームをすくって乗っけていたことはよく覚えているんだけど。

838 :もぐもぐ名無しさん:04/04/14 21:19
クリームソーダのソーダは
メロンシロップにふつうのソーダ水で
作れるのではないでしょうか?

839 :もぐもぐ名無しさん:04/04/15 23:20
>836
以前バイトしていた茶店では、メロン香料水(無味)と炭酸水・ガムシロップで
ソーダを作っていましたよ。
メロン香料は業務用で、かき氷用に売ってるメロンシロップより濃いものでした。
自宅では838さんの様に作れば出来ると思います。

840 :もぐもぐ名無しさん:04/04/16 00:05
やっぱりクリームソーダは外で食べたい。
自宅ではあの思い出の味は出せますまい。

841 :もぐもぐ名無しさん:04/04/18 13:20
>>831で書き込みした者だけど、クリーム・ソーダの話題が続いててビクーリ。
これってやっぱり、ノスタルジックな一品なんだなぁ……
離れた場所にいる顔も知らない同士が、同じ食べ物に同じような思い入れが
あるって、なんかいいね。

842 : :04/04/25 21:54
オレンジソーダのクリソ飲んだっけ。

843 :もぐもぐ名無しさん:04/04/28 22:26
思い出の味といえば、私は「ごましお」。
まぁふりかけなんだけど。

小さい頃から両親が共働きで、いつも一つ年下の弟と二人で留守番。
給食のある平日はいいけど、休日や長期休暇は、お昼時に母が帰ってきてくれて
ご飯の支度をし、また出かけていく姿を見送りながらハシを握る姉弟。

ある日、母はなかなか帰ってこず、私も何か作れるような歳でもなく。
戸棚にあった「ごましおふりかけ」だけでご飯を食べていた。(弟は醤油で食べていたような記憶が…)
食べ終わった頃だろうか、母が帰ってきた。
私たちが食べているものを見て、母は床に座り込んで泣き出した。
私には母がなぜ泣いているのか、わからなかった。

昼の忙しいときに仕事を抜けていく母は、
職場のオーナーから少々冷たい当たり方をされていたようだった。
何か言われながら帰ってきたら、子供たちがふりかけだけでご飯を食べている姿を見て
何かがあふれ出したんだろうと、今更ちょっと思う。

今でもふりかけだけでご飯とか食べてる。(ふりかけが好きなのよ)
でもごましおだけは、あの日以来食べてない。もう味も忘れちゃったな…

844 :もぐもぐ名無しさん:04/05/09 21:30
うちは母子家庭で超貧乏だったけど、
毎日ちゃんとしたもの食わせてもろてた。
(多分、献立は全く覚えていない)
おこづかいも言えばも1らえてた。
実はその生活は借金で成り立っていたものらしい。
中学のとき、借金があることなんて知らなかったから
小遣いせびってココイチ行ったり、コンビニ弁当食ってた自分が情けない。
家事もほとんど手伝わなかった。バカ娘だ・・自分。

働くようになって、結婚して、お金にも余裕があるから
借金返済の手伝いをしてあげたいが頑に断られ続けている。
今、オカンが死んだら絶対後悔する・・。
ちょっとスレ違いスマソ

845 :もぐもぐ名無しさん:04/05/10 06:55
エライ遅レスだが家も>>541
漏れの妹の話
母と祖母が同時に入院して居た時姉兄ゎ付き添いと仕事で忙しく
漏れが家事全般を担当してた。
で、ある日妹が漏れだけに飯作ってくれた。

846 :もぐもぐ名無しさん:04/05/10 07:15
良スレ発見!仕事終わったらマッタリみまつ・・・( ´Д⊂ヽ

847 :もぐもぐ名無しさん:04/05/10 07:21
「お兄チャン有難う」って味はオソロシク不味いし台所ゎ凄い事になってた自分でも一口食べて
「残しても良いよ」って申し訳なさそうにして居たけれど
あの時ゎ(工&厨)毎日学校バイト家事で凄い辛かったから
妹の優しさに感激して涙流して貪り喰いますた
そんな漏れ達も今でゎ母と祖母の負担を少しゎ減らせて…居るだろうか?!
長文スマソ

848 :もぐもぐ名無しさん:04/05/10 08:47
いい話なんだが、「ゎ」が読み辛い……
あと、別に長くないよ。時間はかかってるようだけども、それだけ
言葉にするのが大変だったのかな。ママンとばーちゃんを大事にね。

849 :845:04/05/10 10:33
>>848
有難う母と祖母そしてキョーダイ's大事にするね
妹の恋愛相談〜子供の頃の話になり合間合間にカキコしてますた
何かのAAみたいだな俺らw
因みに【ゎ】は妹とメールやり取りする時に何故か使う掟が存在しるらしいのでつw
読み辛くてゴメンナサイ

850 :もぐもぐ名無しさん:04/05/10 23:32
母親の手料理はたいてい記憶に残ってます。
大家族だったからそんなに手はかけられなかったと思うんだけど、
鮭ときゅうりのちらし寿司、ひつまぶし風うなぎの混ぜご飯、
ミートローフ、牛タンの塩釜焼き、野菜と魚介類のマリネ、
お弁当だけでも、小学生の頃塾で食べる用に作ってくれた茶色一色(笑)のお弁当、
中高時代はうってかわって多種多彩になったけどほとんどが冷凍食品だった(汗)お弁当、
遠足や運動会では友達の間でも評判になるぐらい凝ったお弁当・・・

母親は2年前に脳出血で倒れて体が不自由になっちゃったから今は料理はできないけど、
それでもたまに兄や私に材料を切らせて煮物やふりかけなんかを作ってくれる。
お弁当ほんとにおいしかった。
私もお袋の味をいつまでも覚えてもらえるようなお母さんになりたいと思う(予定はないが)

851 :もぐもぐ名無しさん:04/05/11 05:50
ママンの味と言って思い出すのは野菜炒め。
仕事で忙しかったママンは時間のかかる料理は作れないと言って
よく野菜炒めが食卓に上った。
その野菜炒めには肉の代わりに竹輪と鰹節が入ってた。
一風変わった野菜炒めだけど、あれが凄くうまかった。

以前実家に帰った時、ママンに「何が食べたい?」と聞かれて、
「野菜炒め」と答えたら、普通の野菜炒めが出てきた。
あれ?と思って聞いてみると、「うちは昔貧乏だったから肉なんて買えなかったのよ」と…
オレその日まで貧乏だったなんて知らなかったよ…
GW帰れなかったけど、少し遅れたママンの日のプレゼント持って今日帰るから
竹輪と鰹節の野菜炒め作ってね。

852 :もぐもぐ名無しさん:04/05/11 06:00
>>851
竹輪と鰹節入り野菜炒めってすごくうまそー
あなたのママンきっと生活の知恵をたくさん持った人ですよ。
親孝行してくださいね。

853 :もぐもぐ名無しさん:04/05/11 20:12
思い出ねぇ。

今日俺の誕生日なんだけど、家には誰もいない。
PCの前に座って冷凍の唐揚げチンして、楊枝で食ってる。
毎年こんなモン。ちなみに実家住まい。両親弟健在です。

まぁこの歳でケーキでもないしね。
冷凍の唐揚げの思い出が、一つできました。(家族との思い出ではないな)

854 :もぐもぐ名無しさん:04/05/12 04:29
>>850
お誕生日おめでとう!

自分やご家族へのクールな見方を感じます。
詳しい事情は分からないけど、ご両親や弟さんの誕生日や、
そうでなくても何かの記念日にみんなでお祝いするようにしてみては?
家族で食事をするのも、楽しいものですよ。

855 :もぐもぐ名無しさん:04/05/12 17:19
独立して自営をはじめたが忙しくて
子供と一緒に飯を食えるのは週に数度
それも、慌ただしく怒鳴りながら
菓子パンと牛乳とかコンビニのおにぎりとか

今度時間ができたら
子供と一緒にホットケーキを焼こうと思っている。

856 :もぐもぐ名無しさん:04/05/13 03:10
小さい頃にポテトチップスがとても好きだったのだが、体に悪いからと一袋
全部一人で食べさせてもらえなかった。
姉がいたので、姉と2人で一袋。姉もポテトチップスが好きだったので、争う
ようにして食べていた。
今は大きくなって、いくらでもポテトチップスを食べられるようになったが、
そして、もうあの頃のように一番の大好物というわけでもなくなったのだが、
どうしてもポテトチップスを見ると姉を思い出す。
なんで何も言わず一人で死んじゃったかなあとたまに思う。


857 :もぐもぐ名無しさん:04/05/13 22:03
きっと、ポテチ食べる時はそばにいるよ。

858 :851:04/05/13 23:46
>>852
竹輪と鰹節の野菜炒め食ってきたよ。やっぱ(゚Д゚)ウマー
親孝行はできたかどうか…

ママンの日のプレゼントはお湯を注ぐと花が咲く花茶っちゅうのを持ってった。
ママン大喜びでバッチャンと一緒に飲むと言ってオレを引き連れてバッチャン家(実家から100m)へ
バッチャンも久しぶりに帰ったオレ見て大喜び。
3人バッチャン家の縁側でベラベラしゃべりながら花茶をすする…

バッチャンの味といえばポン菓子かな?
母方の親戚は実家の周辺に集まってるからオレの兄弟、従兄弟を合わせるとバッチャンの孫は8人
昔は軽トラでポン菓子屋が回ってたから、バッチャンに米と砂糖と500円玉渡されて
8人のガキ共が興奮状態でポン菓子屋に群がる。
程よく米が炒られた所でオッチャンがボン!
それに合わせてオレを含むガキンチョ軍団大歓声w
砂糖で作った飴を絡めて、青いゴミ袋の中にポン菓子を詰め込んでもらう。
その後が戦場
誰が大きな塊を取るかで大喧嘩、バッチャン激怒で一人づつゲンコツ食らう。
8人にゲンコツ食らわせたバッチャンの手、痛かっただろうなw
バッチャン…最近嫁にいびられてるんだってなぁ。
オレにはいつもニコニコして一言も言わないけど、近くで守ってやれなくてゴメンな…

859 :もぐもぐ名無しさん:04/05/14 07:04
>>857
>>856のポテチを狙ってるんだな。

860 :852:04/05/14 14:22
>>858
目に浮かぶようです。
ママンもバッチャンもあなたとおしゃべりしながら花茶飲めてすごーく
嬉しかったと思う。
お湯を注ぐと花(桜?)が開くお茶って喜ばしい時によく飲むあれかな?
センスも良いし素敵な贈り物ですよ!
ボン菓子というのはよく判らないけれど、子供だったら胸が弾むようなものだった
というのがとても良く想像できる。

バッチャンにはそういうあなたの気持ち伝わってると思うし、そういう
バッチャンだから好きなんでしょ?
親孝行出来たと思うわ。良かったですね。



861 :もぐもぐ名無しさん:04/05/27 10:43
うちは母親が働いていて、私は祖母に育てられたようなものだった。
大正生まれのばーちゃんだったけど、料理上手で研究熱心。
年寄り料理だけじゃなく、色々とハイカラな料理も作ってくれてた。
自慢は、誕生日やお祭りの日に必ず作るばら寿司(ちらし寿司)。
仕込に丸一日かかる手の込んだもの。
甘くてつやつやの錦糸玉子を一面にたっぷり乗せて、
彩りのきれいなさやえんどう、真っ赤な海老、酢締めした鰆。
まるでお花畑のような、そりゃあキレイなできばえだった。

成人して実家を出ていた私だが、ばーちゃんの調子が悪いと母に聞いた。
早速週末に実家に帰ったけど、私には普段通りのばーちゃんに見えた。
ところが、出してくれたご飯を食べて驚いた。
飲めないほど塩辛いお味噌汁。甘すぎる煮物。おかゆ寸前のご飯。
どうしちゃったんだろう、と思ったけれど、何も言わずに食べた。
年とっちゃったせいかな、と思ってなんだか悲しかった。

数ヵ月後、ばーちゃんは死んだ。
心筋梗塞で倒れたその日のうちに。
あの日のご飯が、私の食べた最後のばーちゃんの料理になった。

でも、今でも私の思い出の中では、ばーちゃんの料理は世界一だ。

862 :もぐもぐ名無しさん:04/05/27 13:11
ageとく

863 :もぐもぐ名無しさん:04/05/29 00:21
年取ると歯が弱くなったり、いろいろあって嗜好とか変わっちゃうのかもね。
漏れのばあちゃんもお粥寸前のご飯炊いては、
「こういうご飯が美味しいんだよね」って漏れに同意求めてたけど、
漏れはちょっと固めに炊いたのが好きだったからな。

864 :もぐもぐ名無しさん:04/05/29 04:15
(゜∀゜)良スレだね
>>1000めざしてがんがれ

865 :もぐもぐ名無しさん:04/05/29 07:00
子供の頃母さんが作ってくれたドーナツ。サータアンダギーみたいな物で母の田舎の家庭おやつだったらしく、よく作ってくれたなぁ。

866 :もぐもぐ名無しさん:04/05/29 07:25
>>865
(゜∀゜)イイッ!!

867 :もぐもぐ名無しさん:04/05/29 22:26
僕がまだ小さかった頃家は貧乏で
市販のおやつなんて買えなかった。
そこで母は僕達兄弟にふなやきを作ってくれました。
ただ小麦粉をといて焼くだけのものなのですが嬉しかったものです。

868 :もぐもぐ名無しさん:04/05/29 23:31
食ってないから微妙にスレちがいかもしれんが。
父方の祖母が健在だった頃、
田舎へ帰省したときに当時エラい偏食だった弟が
食事はパンでなければ嫌だ、
しかも「ヌテラ」のついたのでなければ嫌だとダダこねた。
ヌテラっていうのはパンに付けるホイップチョコみたいなもので、
当時は普通のスーパーには置いてないようなものだった。
パンにぬるチョコのようなもの、と祖母に聞かれて多分弟が説明したのか、
その弟と自分を連れて祖母は田舎のお店までそれを買いに出かけた。
が、当然そんな物は置いてなくて、代わりにチョコレートパンを買ったんだか
それともほかのチョコスプレッドを買ったか憶えてないのだが、
妙に祖母と弟と自分の三人でとぼとぼ歩いていた記憶だけは鮮明にある。

869 :もぐもぐ名無しさん:04/05/30 00:27
私の場合おばあちゃんの朝食だなぁ。
お豆腐のお味噌汁とサニーレタスとキュウリに青しそドレッシングをかけたサラダ。の横に3切れ程のバナナ。
それとこれはちょっと変わってるんだけど、薄い食パン(何枚切りかは忘れたけど多分一番薄いやつ)
をトーストして、それを生卵に砂糖と醤油を混ぜたものにつけて食べるというものだった。
すんごいまずそうなんだけど、これが案外おいしくて一緒に泊まってた仲良しのイトコとモリモリ食べてたなぁ。

うちの母はハイカラな料理しか作らない人で、当時私はお味噌汁なんて学校の給食でしか飲んだことない+イトコもアメリカ育ちのハーフの子だったから
掘りごたつに入って食べるおばあちゃんの朝ご飯はすごーく新鮮だった。
お豆腐嫌いだったのに何故かおばあちゃんのお味噌汁のやたらツルツルしてる豆腐だけはおいしくておかわりしたなぁ。
そんなに広くもない和室でやたら多い親戚みんなあつまって、ぎゅうぎゅうに詰めながら堀ごたつ入って、でも入れない人の方が多かったから大変だったんだよなぁ。
ホーント懐かしい・・・。

870 :もぐもぐ名無しさん:04/05/31 12:56
にらせんべい
牛乳カンテン

871 :もぐもぐ名無しさん:04/06/04 06:26
おばあちゃんの作ったおにぎりは
三角でも丸でもなくて、楕円形っぽい大きいかたまり
って感じのおにぎりだった。
おっきいのりをぐるっと巻いてハイッって渡してくれたな・・。
できることならもう一度食べたいよ・・・。

872 :もぐもぐ名無しさん:04/06/05 00:45
ああ、何か急におにぎり食いたくなったよ。
コンビニで売ってるのじゃなくてシンプルな塩だけのやつ。

873 :もぐもぐ名無しさん:04/06/05 01:56
おにぎりって自分で作ってもだめなんだよね〜。

874 :もぐもぐ名無しさん:04/06/05 06:27
こんなにマターリしたスレに鬱な長文を書いたら殴られますか?

875 :もぐもぐ名無しさん:04/06/05 08:39
殴らないけど生暖かく脳内あぼーんする

876 :もぐもぐ名無しさん:04/06/05 10:27
>>874
書いた後の反応が気になるなら書かないほうが良いのでは
鬱な内容なら反応によってはもっと鬱になりかねないしね。

877 :もぐもぐ名無しさん:04/06/05 12:17

           (⌒\  _、_
            \ヽ(;:.@u@)
             (m=  ⌒\
              ノ    / /
              (   ∧_∧
           ミヘ丿 ∩(     )←>>874
            (ヽ_ノゝ ___ノ




878 :酒=メチル以外:04/06/10 01:20
>>499でも書込みしましたが、最近ふと、「ホルモン焼」の暖簾がどういうわけか、目に浮かぶのです。
最近30年近くぶりに音信のあった父親に電話で話をしてみると、どうやら子供のころ、何度か私を連れて行ったことがあるとのこと。
焼肉屋でホルモンを見るたびに、その暖簾を思い出すのだが、当時の味とか、店の雰囲気とかは思い出せない。


879 :味皇:04/06/10 04:55
私が覚えている母との食事の思い出・・・。

働く気が無い父とパートで懸命に生活を支えていた母。
家の中では言い争い(&父による母への一方的な暴力)が絶えませんでした。

そんなある日、いつものように父に暴力を振るわれた後、父が出かけた隙に
母が「B(私のこと)、こっちにおいで。お母さんとお出かけしよう。」といって
私を外に連れ出しました。

そのころは、夕方になると幼稚園に通っていた兄を、母と二人で迎えに行っていたので、
何の疑問も無く、ついて行きました。
兄を迎えに行く時だけが、優しい母を独占できるときでもあり、
当時の私はいつも楽しみにしていました。

ただ、この時はいつもと違って、幼稚園の方角ではなく、
まだ幼かった私が行ったことも無い方へ、二人で手をつないで歩いていきました。

880 :味皇:04/06/10 04:57
(つづき)
向かった先には商店街がありました。商店街の中を行ったりきたりして
幾つかある食べ物屋さんの前を通るたびにちょっと止まったり、
通り過ぎては引き返したりしていたのを覚えています。

「お母さんは何をしているのだろう?」と少し不思議に思ったりもしましたが、
大好きな母を独り占めしていられるのが嬉しくて、文句も言わずに一緒に歩いていました。

あるお店の前を行きつ戻りつした後で、母は「B、美味しいもの食べたい?」と聞いてきました。
私が「うん」と答えると、母は「じゃあ、お寿司たべよう。」といって、
目の前のお店に私を連れて入りました。そのお店はお寿司屋さんでした。

881 :味皇:04/06/10 04:59
(つづき)
カウンターに二人で並んで座ると、カウンターの向こうから職人さんが
「何にしましょうか?」と声をかけてきました。
母は職人さんにネタの値段を色々尋ねた後で、ちょっと哀しそうな声で
「じゃあ、かっぱ巻きと鉄火巻きを一本ずつください。わさびを抜いて。」と注文しました。

私は初めての外食、初めてのお寿司で興奮していたと思います。
母と二人でかっぱ巻きと鉄火巻きを食べました。初めてのお寿司はとても美味しく、
「ああ、なんて美味しいものがあるんだろう。」と思いました。
「お母さん、美味しいね。」と言うと、母も嬉しそうに「美味しいね。」と言ってくれました。
「Bはどっちが好き?」「きゅうり」「じゃあ、かっぱ巻きをもう一本下さいな。」
「B、沢山おあがり。」本当に美味しくて、嬉しくて、幸せな時間でした。

882 :味皇:04/06/10 05:01
(つづき)
お寿司屋さんを出ると、外はすっかり暗くなっていました。
しばらく歩いて、ふと母の顔を覗き込むと暗い顔をしていました。
周りの暗さも相まって、怖くなった私は
「Aちゃん(兄のこと)のお迎えにいかんと?暗いって泣いとるよ。」と話しかけました。
母は突然しゃがみこんで私を抱きしめ、声を上げずに泣き出しました。
状況が理解できず、訳も分からず、私も泣きました。
しばらくして母はいつもの明るくて優しい顔に戻って「B、ごめんね。」と言いました。
そして、キョトンとしている私に「今日、お寿司食べたのは二人だけの秘密ね。」といって
優しく微笑みかけてくれました。私は母と秘密を共有できたことが嬉しくて
「うん、秘密にする。」と答えました。

それから二人で手をつないで童謡(からす、何故鳴くの、からすは山に〜の歌。タイトルは知りません。)
を歌いながら家に帰りました。兄は幼稚園の先生が家まで送ってくれていました。
このときのお寿司の味は覚えていませんが、今でもかっぱ巻きは私の中では特別な食べ物です。


883 :味皇:04/06/10 05:02
(つづき)
後年、私が大学生になって、母にこのときのことを話してみたところ、
母は笑いながら「あんたも物覚えがいいねぇ。」と言って、当時のことを話してくれました。

母は田舎の農家の末娘で高校卒業と同時に集団就職で父の実家のある街へ出てきたそうです。
父とはお見合いで結婚したそうです。旧家の息子である父は甘やかされて育っており、
働くということを全く考えない人間であったことを知ったのは結婚した後のことでした。
父の実家は旧家とはいっても特に財産があるわけでもない家柄だったのですが、
なかなか大変な親戚が多かったようです(今でもそうですけど)。
そんな中で父方の祖母(父の母親)だけは私の母に何かと親身になってくれていたそうです。
ところが、父は自分の生まれ育った街でトラブルを起こして、街に居られなくなり、
私の生まれ故郷である町へ逃げるようにして引っ越したそうです。
その為、義母の助力もなくなってしまい、辛い毎日が続いたようです。

884 :味皇:04/06/10 05:03
(つづき)
全く働く気がない上に暴力をふるう父親。
財産や社会的地位はなく、経済的な援助も全くないのにプライドだけは公爵級の父方の親戚。
その日を暮らしていくだけで精一杯の毎日。

そんな生活に疲れ果てた母は、あの日、私を連れて、心中しようと思ったそうです。

私たちの世代(私の兄弟、および従兄弟たち)では男は私達兄弟だけでした。
父方の親戚の間では私の兄は将来の惣領として大切に扱われていましたので、
義母への恩もあり、兄はあっちの家に残していこうと思ったそうです。

せめて美味しいものをお腹いっぱい食べてから死のうと、父親と兄の当面の生活費を除いた
全財産を持って、私を連れて家を出たのそうです。

885 :味皇:04/06/10 05:06
(つづき)
しかし、田舎育ちの母は、贅沢な食べ物など全く知らず、何が幾らくらいするものなのか分からない。
商店街にあった幾つかの飲食店(これも決して贅沢ではないと思うのですが、当時の母にすれば
精一杯の贅沢だったようです)で何を食べたらよいものやら、また、持ち合わせのお金で
間に合うものやら分からずに、うろうろと店の様子を伺っていたそうです。

集団就職で故郷を発つときに、母の実家で皆で食べたお寿司を思い出して、
もう一度食べてみたいと思って寿司屋に決めたと言っておりました。

886 :味皇:04/06/10 05:07
(つづき)
ところが、お店に入ってみるとお品書きもなく、値段もはっきりしておりませんでしたので、
お店の人に、一つ一つ値段を聞いてみたそうです。
まだ幼稚園に上がる前の私と母、二人だけの食事なら十分に贅沢できると思っていた手持ちのお金では、
かっぱ巻きと鉄火巻き数本分の値段にしかならなかったそうです。
「私はこの子に、こんなものしか食べさせてやれない。」そう思うと無性に哀しくなったそうですが、
それでも美味しそうに食べる私を見て、救われる気持ちがしたそうです。

お店を出るときに、お店の人から「馬鹿なことを考えちゃいけないよ。」と言われ、
外に出て、私の顔を見て「あぁ、もっと強く生きなくちゃいけないんだ。」と思い、
「この子たちと頑張って生きていこう。」と思い直したそうです。

887 :味皇:04/06/10 05:09
(ラスト)
その後、母は死に物狂いで働いて、様々な資格をとり、事業を起こして
今では人並みの生活が送れるようになっています。

母曰く、
「あの時死ななくて本当に良かったよ(笑)。」だそうです。



だらだらと書いてしまいました。
長文でのスレ汚し、申し訳ありませんでした。

888 :もぐもぐ名無しさん:04/06/10 05:48
家族じゃないけど数年前高校の頃友達と学校帰りに畑でスイカ盗んで
近くの神社の手洗うとこで素手で割って食べてたのが懐かしい。
次の日になると西瓜の残骸が綺麗に片付いてた。

889 :もぐもぐ名無しさん:04/06/10 07:56
唐突に「人は強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない」
というハードボイルド小説の1節を思い出した。
レイモンドチャンドラーの「長いお別れ」だったかな…

890 :もぐもぐ名無しさん:04/06/10 12:21
age

891 :もぐもぐ名無しさん:04/06/10 12:23
ageてなかった・・・

orz

892 :もぐもぐ名無しさん:04/06/11 00:05
>>879
昨日から目にゴミが入ったままゴロゴロしてたんだけど、おかげでゴミも流れたよ。アリガト
ママンに親孝行してあげてね。

893 :もぐもぐ名無しさん:04/06/11 01:33
・゚・(ノД`)・゚・

894 :もぐもぐ名無しさん:04/06/11 18:29
>>879-887のお母さん、あんた、よく頑張った。
30子持ちのリーマン♂だけど、ちょっと背筋張り直されたよ。

895 :味皇:04/06/12 01:07
>>889,892,894
初めての書き込みであり、
読みにくい長文であったにもかかわらず、
最後まで読んでいただいて有難うございます。

これから母には沢山親孝行したいと思っています。

また名無しに戻ってROMします。
思い出の味は、まだ幾つかあるのですが、
別の機会にご紹介したいと思います。

失礼しました。

896 :もぐもぐ名無しさん:04/06/18 00:46
ryousure no yokan

897 :もぐもぐ名無しさん:04/06/18 04:36
10数年前オレが小学生低学年だった頃、普段喧嘩をしない両親が珍しく言い争ってた。
結局何が原因でこうなったか忘れてしまったが、最終的に母さんが座り込んで「もう口も聞きたくありません」状態になった。
父さんはママチャリの後ろにオレを乗せ、家を飛び出した。
これからどこへ行くのかとチャリの後ろで不安がるオレだったけど、着いたその先は近所のお菓子屋さんだった。
父さんは苺が1つちょこんと乗ったショートケーキを買って、そのまま家に帰った。
まだ座ってむすっとしている母さんに向かってケーキの箱を見せ、皆で食べようと言った。
したら、あれ程むっつりしていた母さんは急〜に笑顔になった、そりゃあもうニコーっと。
あの頃はまだ子供だったけどその時は「そんな単純な・・・」と思った。
結局何事もなかったかのように皆でその買ってきたケーキを美味しく食べました。
今でも時々ふとあの時のことを思い出し、本人の前でそんな出来事あったっけとからかう。
食欲には勝てないという教訓、母さんにとっては消し去りたい恥ずかしい思い出らしい。

898 :もぐもぐ名無しさん:04/06/18 09:52
>>897
ケーキで仲直りできるご両親(・∀・)イイ!

899 :もぐもぐ名無しさん:04/06/18 11:27
>>897の母ちゃん可愛い(w

900 :もぐもぐ名無しさん:04/06/18 23:57
何でもいいから仲直りするきっかけが欲しかったんじゃないかな。

901 :もぐもぐ名無しさん:04/06/20 00:08
上げるよ

902 :もぐもぐ名無しさん:04/06/20 07:42
初デートで食べたとか秘密の思い出があるのかも。
いや、ほんとに条件反射だったとしてもまたそれがいいね。

子供の頃、風邪ひいて寝込んだのがクリスマスで、ケーキでも何でも食べられるならば…
ってわけで1ホール丸ごと食いをさしてもらったですよ。
3人兄弟だったけど、誰にもあげなかった。
案の定直後にもどしてしまい…
ブツを(食事中の人スマソ)見ながらぼけーっとしゃがみこんで、憧れだったのに
美味しくなかったなあ、って思った。ケーキって一人で食べるもんじゃない。

903 :もぐもぐ名無しさん:04/06/24 22:58
ガキの頃、ウチは無茶苦茶貧乏って訳でもなかったけど、
普通よりはちっと貧しかった、なんせ親父が全部使っちゃうからね。
それでもお袋は、俺ら兄妹を少しでも楽しませようと、
なるべくお金の掛からない方法で色々工夫して、俺らを楽しませてくれてたっけ。

ある日のこと、お袋が急に「外で焼肉を食べよう」って言い出した。
タッパに安い豚肉を詰めて、お袋お手製の「焼肉のたれ」を瓶に詰め、
カセットコンロと鉄板を自転車に載せて、近所の河原に向かった。
今で言うBBQだねw
良く晴れた日曜日の午後、何もない誰もいない、石ころだらけの河原で
お袋と俺と妹と3人だけで、豚肉を焼いて食べた。
もう何を話したかも覚えてないけど、でもなんでだろう・・・
家で食べる焼肉より美味しくて、楽しくて、嬉しかったのは、
今でも覚えてる。
あの頃は貧しいなりにも、幸せだったんだなぁ。

時々、会社の集まりとかでBBQに行ったりするけど、
あの日の焼肉の味に敵うものは無いような気がするよ。
お袋が作る「焼肉のたれ」は、市販のどんなたれより美味しいのだ。

904 :もぐもぐ名無しさん:04/06/24 23:05
お袋は、俺ら兄妹も成人して、それぞれ独立してからは
すっかり、その「焼肉のたれ」も作らなくなった。
んで、ある時、あのたれをどうやって作っていたのか聞いてみた。

「あー、あれねぇ、もう忘れちゃったわw」

って、をいをい・・汗
まぁ、いつもそんな風にノンキなあなただから、
今まで色んな障害を乗り越えて来れたんだけどね。
感謝してますよ、ホントに。

905 :もぐもぐ名無しさん:04/06/25 01:23
18歳の夏、母が初めて2週間も家を空けた時の事。
その初日に私は初めて父親の手料理を食べた。
辛い味付けの肉と野菜の炒め物と、母のよりも堅いご飯。
母を欠く食卓に集まった家族はみんな、笑顔だった。

昔、その食卓は父親が私を虐待する場所だった。
そして今、笑顔を振りまく家族が集まるその食卓に父親はいない。

最近あの日の事をよく思い出す。
あの笑顔が毎日の食卓にあったなら、私は父を憎まないですんだのだろうか、と…。

369 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)